第38話 追跡
数日前、悠希と変異者を倒した日の夜、俺が自宅にていつものように過ごしていると、ふとガーディアンズ用の携帯電話が鳴った。
『今日の話だけどよぉ』
通話が繋がると、電話の主である悠希は「もしもし?」や「お疲れ様です」とかの前ふりもなく、いきなり本題に入った。
なんとも機械の苦手な悠希らしい。彼女と付き合いのない人間からすると、なんとも不思議な感覚だろう。
『お前、アイツの居場所を知ってる人間と接触してるんだよな?』
「あぁ」
昼間と違い、あまり怒気や威圧ない声で悠希は訊き、俺は素直に頷いた。
『今度、ソイツと会ったら俺に連絡入れろ。いいな?』
いや、良くねぇーよ。
「何する気だ?」
『オレがアイツの居場所を吐かせる』
拷問でもする気か?
『良いから、次接触したら知らせろ。じゃあな!』
突然プツッと切れた通話に、俺は反射的に携帯を耳から離す。
連絡入れて、どうするんだ?
まさか来るのか?
「…………はぁ、メンドくさ」
俺は考えるをやめて携帯をその辺に置く。
そして身体に張り付いた疲労感を取るべく、ベットにダイブして眠りについた。
***
そんなやり取りをした後、状況は今に戻る。
俺がヒューニの気配を察知して悠希に連絡を入れてから屋上に上がるまで、時間にして十五分くらい経っている。多分、近場で待機していたんだろうが……。
「お前、ここ数日、ずっと待ってたのか?」
「当然」
当然、なのか? まぁ、見張られてないだけマシだけど。
ヒューニに、秋月に、悠希に……モテ期かね。
あー、やだやだ。
「ヒューニだな。お前にはあの野郎……雪井彰人について聞きたいことが山ほどある。大人しく吐け」
俺の冷めた表情などに目を向けることなく、悠希……ファングは銃口をヒューニに向けたまま指先で引き金を撫でる。
銃口を向けらえたヒューニは怯むことなく、まっすぐファングを見据えていた。白虎デザインのマスクをしたファングの表情や視線は読めないが、おそらく今、二人の視線はかち合い、アニメや漫画で表現したなら火花が散っていることだろう。対して、周辺の空気は気温が2、3度は下がっているかと思うほど張り詰めている。
「……フフッ」
やがてヒューニが嘲笑ったような微笑を浮かべると、影が彼女の身体を包んでいく。
ヒューニが魔法を使って逃走を図っている。零れた水が床に広がるように影が身体を伝っていく光景は、俺にとってはもはや見慣れた光景だ。
その不審な行動に、ファングは迷うことなく発砲してみせたが、彼女が使っているガーディアンズ本部特製の銃でも彼女の影を捉えることができず、影の塊をすり抜けた。
「ちっ!」
ベルトの後ろについている専用ガンフォルダーに銃を仕舞い、ファングは腕づくで捕まえようとしたが、ファングが間合いに入った頃にはヒューニの姿と影は跡形もなくなった。
「逃がすかよ」
姿をくらましたヒューニに、ファングは焦ることなく次の行動に移った。
彼女は先日変異者を探知するのに使っていたトランシーバーのような端末を取り出した。
「……えぇっと、これを……こうか? いや違うな……こっちだな。ここのディテクション設定を発信機に変更して…………」
「なんだか、しまらねぇな」
「うるせぇ…………よし、できた。絶対に逃がさねぇぞ!」
俺が半笑いで呟くと、ファングは気恥ずかしそうに端末を操作し終えた。
ガーディアンズではエージェント達は事件の犯人を追跡するために、特製の超小型発信機を使うことがある。察するに、ファングの持つ変異者を検知する端末でその発信機も追えるようになっているらしい。レーダー上には発信機の場所を現していると思われる赤いポイントが点滅している。
どうやらその場所がヒューニに居所のようだ。
「けど、いつの間に発信機を?」
そんな素振り全然……いや、あったな。
「さっきの射撃か」
ここに来た時、ファングがヒューニに撃った弾。アレが発信機のついた弾丸だったのだろう。
本来、人に発信機をつけるなら直接相手の衣服に触れるかポケットに滑り込ませるのが普通だ。弾丸を使う場合は、逃走車に取り付けることが多い。
けど物理攻撃が効かないヒューニになら、不意打ち射撃に見せかけて取り付けることができたってわけか……。
「行くぞ」
そう言って、ファングは跳躍して、すぐに発信機の反応を追う。
バッテリーの関係上、発信機の有効時間はおよそ30分。ヒューニが発信機に気が付かなくても追跡できる時間は限られてる。すぐに追うのは当然だ。
屋上から周辺の建物の屋根へと跳んで、数十メートル以上ある距離を屋根伝いに進んでいくファングの姿は、まるで忍者か何かのようだ。
「まったく、気軽に言うなよなぁ。俺は変身しても跳躍力は大して上がらないってのに」
スーツのおかげもあり、ファングの跳躍力は一回の跳躍でおよそ30メートル。対して、俺の跳躍力はおよそ15メートル。スーツにパワード機能もない。なのでメカニックなスーツを身に付けているファングのように跳びながら屋根伝いに移動するのは難しい。
まぁ、できないわけじゃないけど……。
俺は装着システムの腕時計を起動して、特殊素材でできたアーマーやマスクを身に纏う。スーツが全身を包み終えると、俺はコスチュームを馴染ませるように体を適当に動かす。マスクで顔全体が覆われているのに、あまり閉塞感が無いのが相変わらず不思議なものだ。
こうしてハイドロードとなった俺は、助走をつけた後、ファング同様その場から跳躍した。
ファングの半分ほどしかない跳躍力では、一気に距離を移動することはできないけど、地面に触れる回数が多い分、俺の方が足が速い。着地時、足場が無いときはその辺の水溜まりから水を操って足場にもできる。
よって俺は出遅れながらも、すぐに端末を見ながら発信機の出所を追っているファングに追いついた。
「おい! ヒューニを追うのは良いけど、こんな目立つことして大丈夫か?」
「大丈夫だろ。
チラリと周りを見れば、皆スマホを持って俯きがちに歩いている。
確かに、運転手は愚か通行人すら誰もこちらに目を向けていない。これならいくらヒーローが空を跳んでいても誰も気が付かないだろう。
「……嘆かわしいねぇ」
別に見て欲しいわけでもないが、俯きがちに歩く世間の人々に、俺はその行く末を案じた。
***
「着いたぞ。ここだ」
しばらく高宮町の住宅やビルを跳びながら移動していると、とある立体駐車場に辿り着いた。
高さにして五フロアあるその駐車場は、駅近とあって周辺のオフィスや店舗に用のあるドライバーがよく利用している場所だ。平日の昼間でもいくつかの車が停まっているが、人通りはほとんどない。
「発信機の反応はこの中で止まってやがる」
ファングはレーダーの座標を確認して、もう端末は必要ないと判断すると電源を切ってその辺に放った。
後で回収に来るのだろうけど、機械を投げるなって前にも……いや、今はどうでもいいな。
「ここがアジトってわけじゃないよな。追跡がバレたか?」
「かもな。どうする? 一度引き上げるか?」
「バカ言え。ここでみすみすヤツの手掛かりを逃がしてたまっかよ!」
「だろうな。けど念のため用心しておこう」
なにせヒューニやキューティズが使う魔法は、物理法則完全無視のなんでもアリな能力だ。
実は目の前の駐車場に亜空間があって奴等のアジトや罠だった、なんてこともあり得る。
「……よし、じゃあ行くか」
そう言って、俺……ハイドロードは、ファングと共に立体駐車場へ跳び込んだ。
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