第37話 不穏分子
数日後。夏休みも目前となって来た頃。
「ねぇねぇ、優人」
「ん、なに?」
「なんか最近の麻里奈、変じゃない?」
昼休み、教室で机に座っていると、ふと沙織が訊ねてきた。
「ん? んーー、まぁ言われてみればそうかもな」
俺は言われてみて初めて気が付いたような反応をしながらも、内心で違うことを考えていた。
沙織に言われる前から秋月の様子が変なのは気がついていた。先日の一件以来、端から見て分かるほど彼女は落ち込んでいる。
事件の前は暇さえあれば俺のことを厳しい顔で睨んでいたけど、今は前ほど視線を感じない。それは観察される俺からすれば、煩わしさが無くなって良いことなのだけど、正直、今の状況はあまり良い予感はしない。
なまじ頭の良い奴は、考え込むと他がおろそかになりがちだ。秋月の様子からして、今ノーライフが出てきたら戦いの時に何かミスをやらかしそうに思えてならない。
何とかした方が良いのだろうけど、どうしたものか……。特に案も浮かばない。
秋月が先日の戦いで何を感じて、何を悩んでいるのか、詳細は本人にしか分からないことだ。
「なにか落ち込んでるみたいだよな」
「そうそう、なんだか思い詰めてるような……」
沙織は顎に手を当てて考える仕草をする。
「何かあったのかな。訊いても『なんでもない』って言うだけで教えてくれないし……」
友達思いの沙織も、どうして秋月の元気がないのか気になるようだ。
秋月も心配かけたくないのか、沙織たちにも自身の悩みを打ち明けていないようだ。
「うー-ん…………ひょっとして、恋?」
「そんなロマンチックな感じじゃないと思うぞ。それより……」
俺は目の前に座っている沙織のノートをシャーペンでつついた。
「今は勉強に集中しろよ。夏休みが補習漬けになっても知らないぞ?」
「うっ! わ、わかってるよぉ!」
そう言って、沙織はむくれた顔になってノートに目を戻した。そのノートには今度の試験に出ると思われる英作文の問題が書かれている。
期末テストもすぐそこだ。今、クラスの中では俺たちと同じく、熱心に勉強している生徒が何人もいる。
魔法少女が夏休み中は補習でノーライフと戦えないとか、笑い話にもならない。
そう玲さんから釘を刺されたのか、珍しく自分から勉強を教えて欲しいとお願いしてきた沙織に、俺は勉強を教えるのだった。
***
放課後になった。
テスト前とあって部活動もしばらく停止期間だ。生徒は大人しく下校するか、校内に残って勉強するかとなる。沙織達三人も図書室で勉強しようとしていたが、図書室は夏の追い込みの3年生でいっぱいになっていたようで、駅前の喫茶店キャロルで勉強することにしたらしい。
駅前なら街中でノーライフが出ても、すぐに向かうことができるだろう。
そして俺はというと……。
「試験前でも来るのか、お前は」
「敵が相手の事情を考えて動くと思う?」
「……そりゃそうだ」
俺は自分で訊いた質問のバカバカしさを鼻で笑いながら顔を上げる。
屋上から見える空は、昨日の梅雨空が嘘に見えるほど青かった。澄んだ青空というのは、見ているとだんだん気分が軽くなる。俺も好きな天気だ。
だが反対に、雨空の日と違って周辺に水がないため、水を武器とするハイドロードにとっては戦いには向かない日だ。
そのあたりも狙って、コイツはここに来たのかもしれない。
家へ帰ろうとした俺は、ヒューニの気配を感じ取り、辟易しながら校舎の中へと戻った。そして屋上の扉を開けると、案の定いたヒューニに、先ほどのセリフを吐いた。
「お前には、試験もなんにもないのか?」
「人を妖怪みたいに言わないでくれないかしら」
俺を見るヒューニの眼が細くなった。秋月に俺への不信感を抱かせたあの日から、コイツは顔を出さなくなっていた。
それが今日になって、また姿を現すとは何か狙いがあるのか?
「何の用だよ?」
「別にぃ、先日の一件で貴方も雪井彰人の居場所を知りたくなったんじゃないかと思ってねぇ」
つまり、手を組む件について、俺の気が変わったかどうか確かめに来たってか……。
コイツ、あの現場近くにいたのか……いや、確かあの一件については、極小規模ながら地元紙のメディアにも取り上げられたから、それから知ったのかもしれない。
いずれにしても、俺の答えは決まっている。
「お前もしつこいな。何回来ても俺はお前とは組まねぇーよ」
「そう? あの男は今も怪人を増やしてるわ。ガーディアンズとしては早く捕まえたいところなんじゃない?」
確かに、雪井彰人の事件を解決することについてはガーディアンズ内でも急務だ。プラントの会社を取り押さえたとはいえ、いまだに雪井がマージセルを所持していると分かった今、変異者の事件はまだ終わっていない。
ストックがどれくらいあるのかは定かでないが、今後も変異者の暴走事件は続くだろう。
急ぎ解決を目指すなら、情報をもらうために交渉するのもひとつの手段……と、単独で動けるヤツなら考えるかもな。
しかし、残念かな。俺は組織に属してる人間だ。
俺はヒューニから目をそらし、わざとらしく俯いて大きなため息をつく。
「……お前、俺たちの組織の中でどういう扱いになってるか知ってる?」
「何よ唐突に?」
俺の問いに、ヒューニは怪訝な顔を返す。
「……まさか私が改心してあのガキ達の仲間になるとか思ってるんじゃないでしょうね?」
あぁ、魔法少女ものの定番だな。
そんな可愛い扱いなら、どれだけ楽なことか……。
「お前……あと雪井彰人もだけど、ガーディアンズや公安の中での扱いは“準テロリスト”だ。国家をターゲットにした声明を出していないこともあって、まだ準のレベルにとどまってはいるが、今までさんざん民間人を巻き込んで暴れてりゃあ、そんなレッテルが貼られても仕方ないよな?」
俺が問うと、ヒューニの怪訝な顔のまま目をそらす。
光の加減か、一瞬、彼女の瞳が濁っていたように見えた。
「そしてテロリストと交渉しないのが、この国では鉄則だ。だからあやふやな条件で交渉に来られちゃあ応じることはできないし、俺の一存でお前との取引を決めることもできない」
「…………チッ!」
少しの間の後、ヒューニが舌打ちをする。
魔法少女扱いしても怒るし、テロリスト扱いしてもキレるのか……ったく、どう扱って欲しいんだか。
ちなみに、キューティズが相手しているハデスやノーライフは、ガーディアンズをはじめとした組織では“害獣”として扱われている。
なんでも、色々な根回し上、立場的に民間人に位置付けられるキューティズが奴等を相手するには、その方が都合が良いらしい。
詳細は、いつか語れるときが来たら語るとしよう。
「まっ、そんなこんなで、組織で動くっていうのは色々なしがらみがあるんでねぇ。交渉したいなら俺じゃなくて上に言うんだな」
「あなた、それでもガーディアンズの四神なの?」
「四神だからって、なんでもかんでも好き勝手できるわけないからな?」
「……これだから組織ってヤツは!」
組織に恨みでもあるのかコイツ?
「まぁ、そういうわけだから、いくら揺さぶりを掛けたり取引材料を持ってこようと、お前とは交渉の余地は無いってことだ」
正直、このことはあまりバラしたく無かった。
なぜなら、これでヒューニが俺との交渉を諦めたら、こうして彼女が姿を現す機会もなくなり、接触する機会がひとつなくなる。
では、なぜ俺がこうして組織の事情を話したか。
その理由は3つ。
1つは、こっちにその気がないことを伝えることで、ヒューニにより大きな取引の材料を引き出させること。2つ目は、交渉相手を明智長官に変えることでヒューニをガーディアンズ本部に誘い出すこと。
そして3つ目は…………。
瞬間、低い銃声が轟いた。
「グっ!」
そして、すぐにヒューニがうめき声をこぼす。とはいえ、彼女が痛みを感じている様子はない。
少し体勢を崩しはしたが、着弾したと思われる左肩にも傷らしきものはなかった。
もちろん、発砲したのは俺ではない。なにせ俺はヒューニの前にいるのに対して、弾はヒューニの後ろから飛んできたからだ。
「痛いわね、いったい誰よ?」
不愉快な顔をしながら、ヒューニが振り返る。すると何かの影が上方へと過った。その何者かは屋上に立つヒューニを飛び越えて俺の前に着地する。
片手には見慣れない形の銃を持っている。いつもは両手をついて猫のような体勢で着地を決めることの多い彼女だが、その銃を持っているせいで三点着地の体勢になっている。
この高さまで跳躍したら着地にもそれ相応の反動があるのだろうが、そこは彼女自身の頑丈さとコスチュームの足部と脚部の特殊素材と実装された機械のおかげで無事なのだろう。
「ファング!」
ヒューニが彼女のコードネームを口にする。
変身した悠希は、目の前にいるヒューニに向かって銃を構えた。
そう、俺が組織の事情を話した3つ目の理由は、ファングがこの場に現れることを知っていたからだ。
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