第41話 変異ノーライフ






 突然どこからともなく現れた雪井彰人に、俺とファングはそれぞれのマスクの下で目を見開いていた。


「あの人どこから、うおぉと!」


 俺が目を逸らすと間髪入れずアサルトホーネットが攻撃してくる。残念ながら俺にはあまりリアクションを取る余裕はなかった。

 特に命の危機を感じることもないが、しぶとさと数の多さも相まって手こずっている。先ほどからスネークロッドを振り回して周りにいるアサルトホーネットを突いたり殴打したりしているが、もぐらたたきでもしているような感覚になってきた。


「このクズ野郎、何しに来やがった!」

「何しに来たとは随分な御挨拶だな。君は私を探していたのではないのかね?」


 ファングの感情を刺激するように、雪井は演技染みた口調で返した。

 最初あった時もそうだったが、この紳士ぶった口調は本性を悟られぬようわざとやっているのか、それとも素なのか……。

 以前はスーツだったこともあって身なりに合っていたけど、今は紳士というより道化師のようだ。


「あぁそうだな。テメェから来たなら話が早ぇ!」


 そうして、殺気立ったファングは雪井の方へ体を向けて構えを取る。その隙にヒューニは彼女の間合いから出て体勢を立て直していた。

 普通なら、ここからファングと雪井、ヒューニとで1対2の戦闘になるのだろうが、過去の因縁から、もはやファングに、ヒューニの存在は眼中にない。


「今ここでとっ捕まえてやる!」

「やれやれ、貴女もしつこいですね」

「黙れ! お前がオレの親友ダチに何をしたのか、忘れたとは言わせねぇぞ!」

「えぇ、忘れていませんよ。ですがあれは大義のための尊い犠牲です」

「ざけんな! テメェがけしかけなけりゃあアイツはあんな目に……変異者になんてならなかった!」

「……えぇ、そして“貴女に殺されること”もなかったかもしれませんね」


 雪井のその言葉に、ファングの殺気が膨れ上がるのを感じた。

 握りしめる拳からギリギリと音が鳴っているのが聴こえる。近くにいたヒューニには、ただそこにいるだけなのに手に負えない獣から威嚇されているような感覚を覚えていた。

 マスクで隠れているがファングが今どんな顔をしているのか想像に難くない。怒りから奥歯を噛みしめ、その眼光は憎しみから獰猛な虎のように鋭くなっていることだろう。


「テェメェェー-ッ!」


 咆哮の如く怒声を響かせて、ファングは雪井に向かって飛び掛かった。

 それは武術の達人であるファングにしては、あまりに荒々しく、そして単純な攻撃だった。それでも一般人の生身に当たろうものなら、ただでは済まないが、雪井は臆することなくファングの攻撃をいなす。

 激高して攻撃しているファングに対して、雪井は冷静に淡々と対処している。はためくトレンチコートが妙に様になっていた。

 2撃目、3撃目と、ファングのパンチやキックが次々と空振りに終わっていく中で、やがて雪井が軸足を払い、ファングを転倒させた。

 この時、受け身すら取れず転げるファングを、俺は初めて見た。


 雪井はファングとすれ違うように体を動かし、ヒューニに近づいた。


「……大丈夫か?」

「ふん、余計なお世話よ。助けに来なくたって私一人でどうにかできたわ」

「別に助けに来たわけじゃないさ。私にも目的があってね」


 そう言って、雪井はコートの内ポケットから見慣れない銃を取り出した。銃口が大きく、大きさや形は中世のピストルを思わせる。

 雪井はその銃を、俺の方へ向けて引き金を引いた。大きな銃声が鳴り響き、銃弾が飛んでくる。


「っ!」


 この時、アサルトホーネットと戦ってはいたものの、突然現れた雪井彰人と怒るファングに視界の隅に入れる程度に警戒していた俺は、銃弾が飛んできても防ぐくらいは容易にできた。

 しかし、雪井の撃った弾は俺には飛んでこず、俺の近くにいたアサルトホーネット直撃した。


「は?」


 着弾したアサルトホーネットの一匹は、断末魔の叫びをあげて、死にかけのセミのように地上を転げ回る。いくら意思疎通のできないノーライフでも、苦痛に悶えているのが見て分かった。


「なんだ、雪井が俺達を助ける、わけないよな。一体、何を狙って?」


 瞬時に、俺は雪井の狙いを思考したが、直後にイヤな予感がよぎる。


 よくよく見るとその体には、注射器らしき器具が突き刺さっている。

 どうやら、その器具が雪井の持った銃から放たれた弾だったようで、その弾から注射された薬品がアサルトホーネットを苦しめてるらしい。


「おい、まさか!」


 論理的に考え付くより先に、俺の直感が答えを想起した。

 同時に、目の前で苦しんでいたアサルトホーネットがみるみる姿を変えていく。

 今まで大きな蜂の形をしていたそのフォルムは、うねうねとうごめき、ヒト型へと変わっていった。

 その光景はまるで肉塊が膨張しているようで、正直、気持ち悪い。

 やがて変形が終わると、そこには邪悪な顔つきをした怪人が生まれていた。


「…………おいおい」


 怪人はこちらを見て、周りのアサルトホーネットと同じように大きな顎をカチカチと鳴らして威嚇してくる。

 形や肉付きは細マッチョな成人男性のようだが、頭には触角のような角、目元には大きな複眼、背中には昆虫特有の茶色の羽、そして見るからに固そうな真っ黒な外皮が全身を覆い、所々にオレンジの縞模様が走っている。


 俺の予想が正しければ、十中八九、目の前の怪人はアサルトホーネットにマージセルが融合して怪人化したのだろう。


「ふむ。実験その1、成功だな」


 唖然としていると、雪井のそんな声が聞こえてきた。


「さて、お次は……」


 まだ何かやる気か?


 そんなことを俺が心の中で思っていると、目の前の蜂怪人は俺に向かって攻撃してきた。


「ふっ! ハァ!」


 飛んできた拳を反射的に避けて、反撃に俺はスネークロッドで殴りつけたが、蜂怪人は肩部に打撃を受けてもびくともしなかった。

 続けて腹部を突き、頭部を殴るが、結果は同じだった。


「痛っ!」


 逆にスネークロッドを握る俺の手の方が痛みが走る。


 えっ、俺いまホントに有機物殴った?


「ぐっ!」


 あまりの強度に俺が驚き怯んでいると、蜂怪人がまたパンチを放ってきた。速さはそこまでないので、なんとかスネークロッドで打ち払えたが、蜂怪人の攻撃はそれだけでは終わらない。


 距離をじわじわと詰めて、蜂怪人な何度も何度も俺に殴りかかる。その乱暴なパンチのラッシュに、俺は後ろに下がりながら同じようにスネークロッドで対処するが、やがて駐車場の柱まで追い込まれた。

 いよいよ後ろに下がれなくなった俺は、横に飛び込むように逃げることで、なんとか蜂怪人の攻撃を避けたが、俺へ放った蜂怪人のパンチはそのまま柱へとめり込み、鉄筋コンクリートでできた柱を破壊した。


「わぁお!」


 なんだろう、これまでノーライフも幾度か建物を破壊したりしてたから、元がノーライフである目の前の蜂怪人が壊したところで不思議じゃないんだろうけど、虫型のモンスターとヒト型の怪人が素手で壊すのとではインパクトが違うな。


「シャァァァァ!」


 柱を殴り壊したと思ったら、次に蜂怪人は奇声を上げて、右腕をこっちへ向けた。

 と思ったら、怪人の腕が蠢き出して、肘から先が変形し始めた。やがて形作ったのは、細長い円筒。言葉にするとシンプルなものだが、肉塊がうねうねして作り上げたとあって形はやや歪だが、はっきり円筒の形をしているのが分かる。そしてガーディアンズで一通りの武器を目にしてきた俺には、その変形した腕で何を仕掛けようとしているのか、何となく察しがついた。


「マジかよ……!」


 思わず口からそんな言葉をこぼすと同時に、俺は一番近くにあった車の影に向かってダッシュして跳び込んだ。

 すると蜂怪人の変形した腕から銃声のような破裂音が鳴り、異物が発射された。それも一回や二回じゃなくて、一秒間に2、3発くらいの間隔で放たれる連続射撃だ。


 俺はなんとか身をかわしたが、蜂怪人の連射は鉄筋コンクリートの床や柱だけでなく、駐車場している車のボディにも穴ぼこを作った。窓ガラスも割れ、音を鳴らしながら周辺に飛散している。


 飛んできた異物の正体は鋭く尖った大きな毒針だ。威力はアサルトホーネットよりも強力になっているようで、コンクリートの床に着弾ところを見ると、飛んできた針が見えなくなる深さまでめり込んでいる。


「はぁ、参ったな」


 その辺にあったワゴン車の影に腰を低くして隠れた俺は、車体に背をつけて相手の様子を伺おうと、サイドミラーをスネークロッドでへし折る。


 蜂怪人の射撃が止み、サイドミラーを手にとって、怪人のいる方を見ると、怪人の周りにアサルトホーネットが集まっていた。

 怪人はアサルトホーネットを従えさせているようで、奇声と動作で指示を出している。さながら蜂の王様にでもなったようだ。

 やがて、その王様気取りの蜂怪人は、司令官のように手を振って飛んでいたアサルトホーネット達に俺を攻撃するよう命令した。

 アサルトホーネット達は指示に従い、俺の方へ飛んでくる。


「チッ、面倒だな……おぉわッ!」


 俺がいよいよ撤退も視野に入れようとしたとき、突然、何がの爆音が轟く。そして俺が驚愕したのも束の間、横から駐車されていたと思われるクーペが飛んできた。

 車に運転手はおらず、エンジンも掛かっていない。そしてアサルトホーネットを巻き込んだクーペは、まるでミニカーを放り投げたみたいに転がり、別の車にぶつかって静止した。


「フゥゥゥゥ!」


 カーアクション映画の撮影でも見せられてるような光景に唖然としながら、クーペの飛んできた方を見ると、ファングが拳を突き上げるようにして立っていた。

 どうやら今のクーペは、ファングが殴り飛ばしたものらしい。変身しているときの彼女のパンチ力は3トンくらいあるらしいので、1トンくらいの車を殴り飛ばすくらいわけない。


「ファング! 助かった……けど、雪井とヒューニは?」

「消えた」

「えっ、消えた?」

「あぁ! 気がついたら消えちまってたよ!」


 苛立ちを含んだ口調で、ファングは答えた。


「消えるって……そりゃあヒューニがいれば何でもできそうだけどさぁ、逃げたのか?」

「俺が知るかよ!」


 取り逃がしたのが悔しいのだろう。ファングの機嫌が心底悪い。


 それはともかく、ここで雪井彰人が撤退したことに、俺は何か引っ掛かりを覚えた。

 あの人はノーライフを怪人に変えるためだけにわざわざ姿を現したのだろうか? かすかに聞こえた最後の言葉からも、別の何かを企んでいるように思えてならない。


「とっとと片付けるぞ!」

「えっ? おっ、おう!」


 思考してる暇もなく、俺はファングと共にスネークロッドを両手で持ちなおし構えを取る。

 前を見ると、車に巻き込まれたアサルトホーネットがまた飛行して、蜂怪人と共にこっちを見て威嚇していた。どうやらクーペを雑にぶつけられて怒り心頭らしい。


「まずは周りの雑魚を殺れ! 次にあの親玉を殺る」

「殺れって言われても、どっちも普通の攻撃だと効果ないんだけど?」

「生き物には変わりねぇだろうが!」

「あっ、ちょっと!」


 それだけ言って、ファングは蜂怪人に向かってまっすぐ走った。


「ったく仕方ねぇーな!」


 そんなファングの後ろ姿を見た俺は、大きなため息をついた後、急いで彼女の後に続き、蜂怪人達へ立ち向かった。







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