第35話 感触





「何この状況?」


 現場についたハイドロードこと俺は、ファング姿の悠希とキューティ・オータム姿の秋月、そして怪人と周りにいる怪人の被害者と思われる近所の高校生たちを見ながら、ここまでの経緯を推測した。


 多分だけど……、


 『怪人が高校生を襲う』

 『たまたま通りかかった秋月が怪人と戦う』

 『悠希が戦いに割り込む』

 『突然、現れたヒーローに秋月が驚く』


 ……大まかに言って、こんな所だろう。




「あとはオレがやる!」

「あっ、ちょっと……!」


 ファングがオータムに釘を刺している間に、蜘蛛の怪人はフラフラしながら立ち上がった。

 身なりはボロボロだが、まだ戦う意思はあるようだ。


 ファングは走り出して、怪人との間合いを詰める。そして、ダッシュの勢いを利用してそのまま怪人のボディに拳を入れる。怪人は無抵抗のまま、ファングの攻撃を受けた。

 しかしファングの攻撃は止まらない。続けて、また腹部へのパンチ、胸部への突き蹴り、怪人が自分に倒れ込むように組み付いてきたところを腹部への膝蹴りと背部への肘打ちで地に倒した。

 更には、怪人が倒れたところを蹴り飛ばす。


 相手が怪人とはいえ、ヒーローとは思えないほどの酷い追い打ちだ。

 蹴り飛ばした怪人は俺の攻撃が届く間合いの中まで転がってきた。


「ちょ、そこまでやらなくても!」

「うるせェ!」


 オータムは戸惑いながら声を掛けるが、ファングは怒気のこもった声で一喝した。

 いつもの彼女を知る者なら、この戦いの不愉快さに、彼女が不機嫌になっていることが理解できる。

 しかし、初対面のオータムの目にはファングがただのガラの悪い人物にしか映らなかった。


「ハイドロードさん!」


 怪人が俺のところに転がってきたことで、オータムが俺の存在に気がついた。

 オータムからすれば先日ぶりの顔合わせだが、正体を知っている俺からすれば、つい数十分前ぶりな上、ここ最近は毎日顔合わせているので、あまり新鮮味はない。


「すまないなぁ、オータムくん」


 俺が作った口調でオータムに謝ってる間にも、怪人はその場でヨロヨロと立ち上がる。そして、目の前にいた俺を見境なく攻撃してきたので、俺はその攻撃を反射的に避けて蹴り飛ばした。


「事情は後で話すから」


 この場で目の前の怪人……変異者についてやマージセルについて、オータムに説明している暇はない。

 加えて、これらはガーディアンズの機密でもあるので、位置付け的に部外者であるオータムへ、気軽にペラペラと話す訳にもいかないのだ。


「ハァ、ハァ……ガアァァァァ!」


 ふらつきながら、また変異者は立ち上がってファングへと襲い掛かる。

 いい加減、ぶっ倒れてもおかしくないくらいダメージを負っているはずだが、マージセルが埋め込まれて暴走している変異者に、自分の身体を気にするほどの理性は残っていない。


「……覚悟決めろよ」


 誰に向かって言ったのか、ファングが呟く。

 その相手は、変異者か? 俺か?

 あるいは、自分にか……?



 俺とファングは、挟み撃ちで変異者と戦った。


「ガッ! ラァァ! ぐッ! シャーーッ!」


 俺とファングが攻撃する度に鈍い音が辺りに響く。

 相手も隙あらば俺達に反撃を繰り出してきたが、その攻撃が俺達を捉えることは無かった。

 やがて俺達は横並びに立って、揃って変異者を蹴り飛ばす。


「グァァァ!」


 また変異者が地面の上を転がる。

 よく見ると俺達が攻撃したと思われる変異者の身体が内出血で変色している。その傷が、彼の身体がスーツや鎧の類いではなく、生身であることを俺達に実感させた。


「クッ………オラァ!」

「……フン!」


 しかし俺達は手を止めず、変異者を攻撃する。


「…………ひどい」


 オータムがぼそりと呟いた。

 正直、俺もそう思う。


 変異者とはいえ、ボロボロの相手に二人がかりで攻撃している今の光景は、はたから見ればリンチ以外の何物でもない。


 けど、マージセルが身体に入ったまま変異者を倒せば、変異者本人は死んでしまうし、変異者からマージセルを切り離すには痛みによって拒絶反応を与えなければならない。

 だから、いくら変異者が苦しもうが、またリンチと誤解されようが、マージセルが変異者の身体が出てくるまで、俺達は攻撃をやめるわけにはいかないのだ。


 この事件を担当しているファングはもちろん、前回の四神会議で話を聞いた俺も、その仕組みを知った上で変異者を痛め付けていた。



 それにしても、今回の変異者はやけにしぶといな。

 前回、雪井彰人と戦ったときは、こんなに手こずらなかったとはずだけど……。


「おい、ダメージを与えれば、拒絶反応で出てくるんじゃねぇーのか?」

「よほど相性が良いらしいな」


 マージセルにも相性とかあるのか?

 まぁ、薬にも効きやすい体質とかあるから、そんな感じなのか?

 いや、それにしても……。


「……いい加減“キツイ”んだけど?」

「それが“普通”だ。いいから黙って続けろ。それが嫌ならとっとと帰れ」


 そんな会話を小声でかわし、ファングは拳にある“感触”を誤魔化すようにその握る力を強くした。

 ファングと同様に、俺は手首を振り下ろして“感触”を誤魔化す。


「……誰が帰るか」


 ファングと並んで立った俺は、再度気を引き締めた。

 毒食らわば皿まで、だ。ここまでやったら、中途半端に終わらせる訳にはいかない。


 俺とファングは攻撃のため、足を震わせて立っている変異者の元へ走った。


「もう止めて下さいッ!」


 しかし、ここでオータムが俺達の前に立ちはだかる。


「いくら何でも酷すぎる! どうしてこんな!」

「バカ! どけ!」


 ファングが焦った声で警告する。

 立ち止まった俺達にオータムは、悲痛な面持ちで俺達に静止を促したが、対面している俺達には、彼女の背後で変異者が攻撃体勢に入ってるのが見えた。


「おい!」

「分かってる!」


 場所が河川敷で良かった。

 俺は横を流れる川の水に意識を飛ばして水流を作り、変異者を飲み込んだ。竜巻のように渦を巻く水流は河川上まで引きずり込み、大きな水柱となって変異者を揉みくちゃにする。

 水の中で変異者が暴れているのが、俺の体に伝わってきた。


「ギシャ!」


 水流の中でぐるぐると回る中で、抵抗したかったのか、変異者は口から毒々しい色をした液体を吐き出す。幸い、水中とあって周りに広まることはなかったが、一部が水流の外に飛び散った。

 液体を被った河川敷の砂利は蒸気のようなものを上げて溶けていった。


「うぉ、溶解液まで出すのかコイツ……!」


 そんなことをぼやきつつ、俺は水を操るのを止める。

 水流に揉まれていた変異者は重力に従って落下し、河川の浅瀬に叩きつけられた。


「ハァ、ハァ、ハァ……ぐぅ、ぐあっ、ガアァァーー!」


 変異者の荒い息遣いが叫び声へと変わる。そして変異者は天へ咆哮するかのように身を大きく反らせる。やがて、その胸部からは生々しい肉の塊が浮き出てきた。

 前にも見た光景だが、相変わらず目を背けたくなるような光景だ。保健体育の教科書でたばこで汚れた肺の写真を見たことがあるけど、そんな臓器の写真なんて目じゃない。動く分、さらに生々しい。


「な、なに……あれ!」

「ようやく出たか」


 オータムは口元を手で隠しながら顔を青くし、ファングは冷静に相手を見据える。

 マージセルが露出したのもつかの間、“核”は再度浸食を始め、次第に変異者の身体へ戻ろうとしている。


「ファイターキック」


 ファングの声に反応して彼女のバックルが作動した。脚足部に装着された機械の周りでは、収束した生体エネルギーによってプラズマが走っている。

 ファングは飛び上がり、そのまま変異者に向かって足を突き出した。行動の判断から、技の構え、タイミング、体の動きの細部に至るまで、一連の動作は熟練の達人や一流のアスリートのように無駄のないものだった。

 そしてキックが打ち込まれるとエネルギーが爆発的に放出され、変異者を吹き飛ばす。


「ギャアァァー-ッ……!」


 変異者は後ずさりしながら悲鳴をあげ、やがて意識を無くしたようにその場に倒れる。キックのエネルギーによって生じた爆発の後、マージセルは塵となって消滅した。

 力の源が無くなり、変異者は元の少年の姿へと戻っていた。


「……はぁぁ」


 キックの後、猫が高いところから着地したように両手両足を地面につけていたファングは、マージセルが消滅したのを確認して構えを解き、大きく息を吐いて脱力する。



 そんな戦いの結末を目にして、オータムはその場で呆然と腰を抜かしていた。






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