第26話 恵みの雨



 サマーは魔法の発動媒体となるシャインロッドを構え、魔力を集中させた。するとロッドの先にある装飾が安らかな青い輝きを帯びる。


「サマーマジック、この世の森羅万象の生命の灯よ、ことわりに従い、治癒を授け給え。我はこの恩に報い、目の前の闇を払わん。癒しの光よ、輝け!」


 瞬間、シャインロッドに帯びていた光が強まり、サマーの身体を包んだ。その光でサマーの姿が見えなくなったのも束の間、光は徐々に消えていき、すぐにサマーの姿が現れる。

 よく見ると、光の中から現れたサマーの姿は、先ほどまでボロボロになっていたのが嘘のように、見事に完治していた。

 サマーは自身の身体全体を確認した後、先程まで感じていた疲労や痛みが消え失せていたことを自覚した。


「スゴい、めちゃめちゃ体が軽くなったよ!」


 いいなぁ、魔法。あれがあれば、トレーニング後の筋肉痛とか無くなるんだろうなぁ……。


「キャシャーー!」


 そんなことを俺が一人思っていると、またシクルキが俺に斬り掛かってきた。

 俺はその攻撃をスネークロッドで振り払い、反撃にシクルキの頭部へ蹴りを入れる。


「ホントしつこいなぁ……なぁ、キューティズ。俺が相手する間に、隙を見てコイツにトドメをお願いしたいのだけど」

「あぁいや、でも……」

「実は、そのぉ……」


 スプリングとサマーが返事を濁した。


 えっ?

 なんでそこで返事を濁すの?


「実はソイツの身体には爆弾があるらしくて」

「えっ、マジで?」


 返事を濁した二人に代わって、オータムが襲い掛かってきたノーライフを倒しながら答えてくれた。

 それを聞いて、迂闊に攻撃できないと判断した俺は、バックステップで一度にシクルキから距離を取った。


「爆弾って、どんな?」

「どんな、というのは?」

「えぇと、ほら、何かしらのセンサーで起爆するとか、時限式とか、ダイナマイトとかプラスチック爆弾とか、爆弾にも色々あるだろ?」


 いや、まぁ、元がただの女子高生のキューティズに、そんなこと判断できるわけないだろうけど……。

 つい、いつもの癖で訊いてしまった。

 訊かれたオータムも何と答えて良いものかと、少し困り顔だ。


 すまん。


「えーと、メデューサが言うには魔力で反応するって。あと爆発したら、この結界の中くらいは吹き飛ぶ威力があるらしいです」

「それはまた面倒だな……」


 だから下手に反撃できなくて、サマーのヤツはボロボロになってたのか。

 はてさて、どうしたものか……。


「このォ、下衆な人間めがァ!」


 どう対処したものかと、少しの間思考としていると、メデューサの怒声が響いた。


「ん? あっヤバっ!」


 声のした方を見ると、眼をつり上げて怒った顔をしたメデューサが俺に向かって、何かよく分からないエネルギー弾を……おそらく魔法なのだろうが……放とうとしていた。その黒紫色のエネルギー弾らしきものは、まるで冥界の不気味な渦が収束したような見た目をしている。

 マンホールの蓋をぶつけられたのが、余程ムカついたのだろう。


「死ねェェ!」


 地獄の底から響かせているのではないかと思わせるほど低い声を上げながら、メデューサはエネルギー弾らしき球体を放つ。途端、エネルギー弾から紫色のプラズマが走り、雷となって俺の周辺に撒き散った。

 雷撃によって、轟音と共に辺りが荒れ地に変わる。


「ハイドロードさん!」


 俺の姿も舞い上がった土煙の中に消え、サマーが声をあげた。


「このぉ……サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

「ストームフォース・ピシッド!」

「はんッ、こんなもの!」


 サマーとスプリングが杖と銃を使って魔力の射撃を放つが、メデューサも魔力を使った射撃技で相殺した。無数の射撃を射撃で撃ち落とすのはかなりのテクニックを要するけど、これはメデューサの腕が良いのか、魔法が便利なのか……。


「ハァァ!」


 弾丸が爆ぜ、爆炎で一瞬お互いの姿が見えなくなるが、空かさずオータムが距離を詰めて煙の中から顔を出す。オータムはメイプルブレードを構え、メデューサに斬り掛かった。

 普通ならメデューサの身体に傷をつけてもおかしくない攻撃だが、なんとメデューサは片手で刃を掴みブレードを受け止めてみせた。


「嘘っ!」

「まず一人」


 オータムが驚いている間に、メデューサはもう片方の手を振り上げる。その彼女の手には鋭利な爪が光を反射していた。


「オラオラオラッ!」

「ッ! クソっ、また貴様かッ!」


 しかし、その攻撃は横から来たスネークロッドによって防がれた。槍突きのように放たれたその連打はメデューサの腕、肩、頭と上半身の広範囲に命中し、ダメージを与える。

 メデューサは奥歯を噛みながらブレードを放して俺達と距離を取った。


「大丈夫か?」

「えぇ、助かりました。ハイドロードさんも、大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない」


 気を使って訊き返してくれたオータムに、俺は頷いて返す。

 流石、ガーディアンズが作った特別スーツ。雷撃の衝撃はあれど通電はしなかった。おまけに、地面に着いたアルティチウムのスネークロッドが避雷針代わりになって、そっちにも雷が逃げてくれたようだ。

 普通の電気じゃなくて魔法でできた雷だったから、もしかしたらと思ったけど、狙い通りできて良かった。




「……さて、ここからどうしたものか」


 俺はスネークロッドで構えを取りつつ、今の状況を整理した。


 現場周辺は結界に囲われ、外からの人的援護は無し。

 敵は、主に3種。スレイブアントとキルギルスの群れ、シクルキ、メデューサ。

 スレイブアントとキルギルスの群れは、数が多いけどそれほど戦闘力はない。言わば雑魚敵だ。この戦いにおいては、こちらの体力を削ぐこと、あるいは足止めくらいの役割しかない。

 シクルキは戦闘力がそこそこ。おそらくキューティズ達が倒せないほどではないけど、特殊な爆弾が身体の中にあるため、彼女達は下手に攻撃できない状態だ。目的としてはキューティズの抹殺だろう。

 メデューサは、敵のボス。アイツを仕留めれば、この戦いはこっちの勝ちだ。戦闘力は高め、キューティズ三人で勝てるかどうかってところだ。ヒューニからの情報では、コイツの今回の目的はラッキーベルの捜索らしいが、キューティズが邪魔しに来たため、今はシクルキと同じくキューティズの抹殺を狙っている感じだ。


 この状況の中で、今俺たちがやるべきことは、メデューサの撃破、次にシクルキの撃破だろう。もしくはシクルキを倒せば、メデューサは撤退を決めるかもしれないから、先にシクルキを倒すのも手だ。

 しかし、俺では相手の邪魔はできても、ハデスやノーライフを倒すことはできない。ヤツ等を倒すのはキューティズ達の役目。俺はあくまでもサポート役だ。


 それに、なんといっても今の状況で一番面倒くさいのはシクルキだ。

 現状、安全にコイツを倒す方法が無い。魔力で反応し、爆発したら周辺一帯が吹き飛ぶ威力とか、どうすりゃいいんだ……?


 爆弾だけ取り除ければ良いが、体のどこに爆弾があるのか分からないし、それによって起爆する可能性もある。普通の爆弾だったら、あえて起爆させて処理する方法もあるが、周辺を吹っ飛ばす威力となるとそうもいかない。耐爆容器に入れたとしても無駄だろう。

 俺の『水操作みずそうさ』で水圧の壁を作って爆発を抑える手もあるが、その辺の水道管から出る水の量程度じゃあこの爆弾の威力を抑えるのは無理だ。


 地下に誘導して起爆すれば、もしかしたら……いや、それでもリスクが大きいな。それに、周辺の地下室の所在も不明な上、この辺りには地下鉄も走っていない。


「……このままだと万事休すだな」


 俺は誰にも聴こえない声でボソリと洩らした。


 キューティズの魔法で何とかならないかなぁ……。


「……ん?」


 ふと、俺のマスクに水滴が当たる感触が走る。俺は水滴が落ちてきた上空に目を向けた。

 そして頭上に広がっていた鉛色の空を見上げ、空気の湿度が高くなっているのを感じ取った俺は、自然とマスクで隠れた口元をニヤリと動かしていた。




 ***




 メデューサが距離を取り、やがて再度、スレイブアントとキルギルスが俺達に襲い掛かってきた。

 先ほどから言葉遣いが荒く頭に血が上っているフシのあるメデューサだが、内心ではそうでもないのか、あまり積極的にこっちに手を出してこない。作戦のためか、あるいはプライドのせいか、あくまでも司令塔として後方にいるようだ。


「ハァァ!」

「タァァ!」

「フンッ!」


 それぞれの武器を使い、スプリングは射撃で、サマーは射撃と打撃で、オータムは斬撃で、スレイブアントとキルギルスを倒していく。


「キャシャーー!」

「お前の相手は俺だ」


 シクルキもキューティズに向かって攻撃しようとしたが、そっちは俺が間に入って相手をする。例の爆弾を抱えている以上、コイツは俺が足止めするのがベターだろう。

 合間にスレイブアントとキルギルスも俺にちまちまと襲い掛かってきたが、こっちはスネークロッドを振って適当に対処できた。


「むぅ、しつこい。このままじゃ埒が明かないじゃん!」

「でも、シクルキには手が出せないし、このノーライフ達を相手しながらメデューサを倒すのは難しいよ。オータム、なんか良い作戦ない?」

「あったらとっくになんとかしてるって!」


 三人は作戦を練りながら、ノーライフたちと戦う。しかし、特に打開策は浮かばない。


「……ん? あっ、雨」


 やがてふと頭にかかった水滴に、スプリングが空を見上げて声を洩らした。サマーとオータムも同じように上方へ視線を移す。


「降ってきた……って、ちょっ、雨強っ!」

「クッ、こんな時にゲリラ豪雨なんて!」


 三人が空を見上げて天候を確認したのも束の間、あっという間に降水量が増していき、滝のような雨となった。

 水滴のせいで視界も悪くなって、戦場としてはあまり嬉しくない環境だ。敵のメデューサも多少煩わしそうに顔を歪め、空を見上げている。


 けど俺にとっては、これはまさに“恵みの雨”だ。


 俺は辺り一帯に意識を飛ばして、周辺の空間にある水全てをコントロール下に置いた。

 すると、滝のように降り注いでいた雨が嘘のように勢いが無くなる。そして今まで降り注いで地面に水溜まりとなって積もっていた雨も、吸い込まれるように俺の元へやってくる。


「なっ!」

「おぉーー!」

「これは、一体っ!」


 こちらに目を向けて、キューティズ三人とメデューサは思わず眼を疑っていた。


 俺の周りには雨の水が集まってできた水流が龍の如く渦巻いていた。





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