第27話 深海の水圧





 俺のガーディアンズでの称号、『青龍』。

 これはガーディアンズ発足当初からある称号らしいけど、過去に俺が水流を操る様子を見て、「まさに青龍だな」と『朱雀』の正義さんに言われたこともあった。


 俺の周りで渦巻く水流は、まさに青く大きな龍のようだ。動き回る衝撃でできた気泡も、白いラインを描いて龍の毛並みようになっている。それを形作る水は学校のプールや水族館の水槽とは比べものにならないほど多い。その大量の水が何の容器の中にも入らず、地上で暴れるように動いて水流を形作る様は、普通の人なら誰もが圧倒されるだろう。

 そして、この水流の威力は災害級だ。いや、ゲリラ豪雨によってできたものと考えるなら、災害そのものとも言えるかもしれない。

 俺が操る水流の速度は、以前にカーディガンズ本部で計測した数値通りなら、時速50キロくらいのスピードがある。流れるプールの速さ……時速2キロくらい……なんて目じゃない。

 その流れから発生する水圧は、コンクリートの壁も破壊する。


 いつもなら災害で地上に流れる豪雨も、今の俺にとっては天が寄越した武器だ。


「貴様、その力は一体……!」

「知らん」


 面白いくらい眼を見開いて動揺しているメデューサの言葉に、俺はバッサリと答えた。

 わざわざ答えてやることもない。


「キューティズ!」

「は、はい!」


 俺が強めの声で名前を呼ぶと、スプリングがピクンと身を跳ねて返事をした。


「俺が隙を作るから、奴等を倒す大技の準備しとけ」

「えっ! で、でもシクルキの身体には……」

「いいからやれ。爆弾は俺が何とかするから」


 そう言ってキューティズ達の返事を待たず、すぐに俺は水流を操作して周辺にいるノーライフ達を飲み込んだ。

 その光景は、まさに大津波。普段なら絶対に聴くことのないドシャドシャという水の轟音を響かせて、ノーライフを飲み込んでいく。一部、水流に攻撃している個体もいたが、すべて焼け石に水……というか海に石を投げつけるようだった。

 俺は辺りにいたスレイブアントとキルギルスを水流に巻き込みながら、シクルキとメデューサを捕らえるように水を操作する。


「くそっ!」


 しかし、水流を目前にしてメデューサはその場から跳躍して、建物の上まで逃げた。そして俺が改めて捕らえる隙を与えることなく、すぐにゲートである黒い渦を背後に出場させて中へ消えていった。

 撤退の判断が速い。あの女……賢い上に、意外に冷静である。


 けど、まぁいい。目標のシクルキは捕らえたからな。


「…………ん?」


 しかし、ここでふと、俺はとある“気配”を感じ取った。

 『水操作』を使っていると、付随的に辺りの水の気配も察知できてしまうわけだが、今、現場周辺には生命体としての水の動きがいくつかあった。

 それがこの場にはオレを除き四つ……キューティズの三人と、もうひとつ。


 この“気配”は知ってる。

 けど気配の流れを見る限り、どうやら気配の主は静観の構えのようだ。


 俺はソイツのことを一旦頭の隅に置き、辺りに散らした水流が一纏めになるように操った。

 水流はうねうねと動きながら合流していき、やがて一つの球体を形作る。そして俺の操作が届くギリギリの高さまで浮き上がった。


「……凄い」


 上空でしぶきを纏いながら浮いている水の塊を見て、キューティズの誰かがボソリ呟いた声が聴こえた気がしたけど、俺は集中してその水の塊をその場にとどめつつ地表に引きずり落とすように意識を飛ばした。


 場所をとどめつつ引きずり落とすイメージというのは、言葉としては矛盾しているようだが、この時の俺が水を操る際の意識は、まさにそんな感じだ。この意識を持って水を操作すると、水に引力が働かせることができる。

 そして水に引力を働かせることで、強力な水圧を生み出すことができる。以前にガーディアンズ本部でこの技を出した時には、深海並みの水圧が発生していた。

 この強力な水圧が掛かる水の塊の中にシクルキを閉じ込めることで爆弾の威力を弱めることが俺の狙いだ。


「今だ、やれ!」

「えっ……あ、はい!」


 俺の合図を聞いて、スプリングはピクリと反応した。


「行くよ二人とも!」

「うん!」

「えぇ!」


 今から攻撃態勢に入るのかよ。

 準備しとけって言ったのに……。


「スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

「オータム・メイプル・チャージ!」


 桃、青、黄色と、それぞれのイメージカラーの魔力を収束させて、三人は武器を構えた。そして、スプリングは銃口を、サマーは杖の先を、オータムは剣先を、それぞれ上空で俺の操る水に揉まれているシクルキに向ける。


「みんなの力をひとつに!」

「「「エレメントフォース・インパクト」」」


 三人の呪文に反応してか、それぞれの武器から光線状の魔力が放たれた。途中、三人の攻撃が混じわって、白色の光線となる。その光線はまっすぐ上空へ水の塊を貫いた。


「グッッ!」


 直後、水の塊の中で閃光が走り、鈍く低い轟音と共に強力な衝撃が伝わってきた。同時に、まるで大きな巨人に足で踏みつぶされるような感覚が俺を襲う。

 その衝撃を何とか水中にとどめるべく俺は意識を集中した。

 外側へ広がろうとする爆発の威力と内側へ押し潰そうとする水圧の力が拮抗する。

 その拮抗は、水圧を生み出している俺に、走っているのに思うように走れない夢を見ている時のような感覚を与え、俺の精神をゴリゴリ削っていく。


 その精神的なダメージに、俺の顔は苦痛に歪む。

 肉体的には一切ダメージは無いはずなのに、まるで身体の神経がズタズタに擦り切れていくみたいだ。

 俺は奥歯を噛みしめ、操る水の塊に水圧を掛け続け、その気持ち悪い感覚と精神的ダメージに耐え抜いた。


 やがて、爆発の威力が徐々に無くなっていき、俺の精神的負担も減っていく。身体についた重りが外れるような感覚を受けながら、俺は徐々に集中を解いていった。

 そしてついに内側から感じていた爆発の力が無くなったのを感じ取って、俺は水圧を掛けるのをやめ、大量の雨水を周辺に散らす。水流に飲み込んだシクルキやスレイブアント、キルギルスの姿は、跡形もなく消えていた。


「…………ふぅぅ」


 ノーライフたちが完全に消えたのを目視で確認して、俺はスネークロッドを杖代わりにして脱力した。

 ふと空を見上げると、いつの間にかゲリラ豪雨は止んでおり、先ほどまで空を覆っていた厚い雲と周辺を囲んでいた結界は無くなっていた。


『ハイドロード、生きてる?』

「えぇ、俺と変化人間3人含め、全員無事です。応援お願いします」

『了解』


 通信機から聞こえてきた玲さんの声に、俺は気を引き締めなおした声で返すのだった。




 ***





「よっしゃー、勝ったぁー!」


 戦いが終わると、サマーが飛び跳ねてガッツポーズをする。


「マーちゃん達、お願い」


 スプリングが何もない空中を見ながら話をしている。おそらく、ニャピーに魔法で周辺の建物や道を直すように言っているんだろう。相変わらず、ニャピーが見えない俺にとっては虚空に話しかけているようにしか見えないから、少し異様だ。


《聖域に住まう精霊王よ、我らニャピーとの契約に従い、災厄の傷跡を癒したまえ。輝け、キューティーパワー!》


 そして突然、虹色の光が生まれ、辺りに放射される。すると、まるで時間が巻き戻ったように壊れた建物や地面の舗装が修復されていった。


「相変わらず、便利ですこと……ッ!」


 原状復帰した周辺を眺めながら感心していると、俺は先ほどまで静観していた“気配”が動き出したのを感じ取った。目を向けると、“気配”の主が建物の影から飛び出して自身の武器である“大鎌”を構えながら、まっすぐ三人に襲い掛かろうとしているのが見えた。


「そういえば、メデューサは?」

「さっきハイドロードさんが攻撃してるときに逃げてったよ。ふっふーん、きっとハイドロードさんのあまりの強さにビビったのね!」

「なんでアンタがそんなに得意げなのよ」


 当然キューティズの三人は、そのことに気づいていない。シクルキを倒して、もうすっかりお気楽ムードだ。

 そんな三人に向けて、大鎌を持った女……ヒューニは素早い動きで近づいていき、一気に距離を詰めると同時に、鎌の刃を振り下ろす。


 いや、正しくは三人に向けてではなかった。

 ヒューニは何故か、何もない空中に鎌を振り下ろそうとしていた。そこは、つい今しがた壊れた建物や地面を修復した虹色の光が発生した場所。つまり、ヒューニが狙ったのは、三人お使い魔であるニャピーだったらしい。


《きゃー!》

「わっ!」


 急に聴こえた悲鳴と鉄と鉄がぶつかり合うような音に、サマーが驚いた声を上げる。彼女達が反射的に視線を向けた先では、ヒューニと俺が大鎌とスネークロッドを合わせて対峙していた。

 鎌の刃とスネークロッドが擦れてカチカチと音が鳴る。奇襲に失敗したヒューニは舌打ちした後、後方へ跳んで一度俺と距離を取った。


「邪魔しないでくれないかしら、ハイドロード」

「そういうわけにもいかないだろ」


 俺は目の前のヒューニを警戒しながら、両手で持っていたスネークロッドを構えなおした。


「アイツは!」

「サマー、知ってるの?」

「ほら、このまえ話した……ハデスがショッピングモールを襲ってきた時に変な女の子がいたって話、その時の子だよ」

「えっ、あの子が……!」


 俺の背後からサマーとオータムの動揺した声が聴こえる。


《ひゃぁぁ!》

《び、びっくりしたぁ!》

《危なかったわねぇ》


 俺に助けられた三匹のニャピーは、三人の元に避難した。この行動は当然、この時の俺が知るところではない。


《何なの一体……って、あ、あれは!》

「どうしたの、マーちゃん?」

《そんな、あの鎧は!》

「ムー?」


 スプリングとオータムがパートナーであるニャピーの名前を口にする。

 今の奇襲で、ひょっとしたら斬られたかもとか思考が過ぎったけど、どうやらニャピー達は無事らしい。


《あれはキューティズの鎧だよ!》

「えぇ!」

「嘘っ!」

「なんですって!」

《えっ、そうだったの!》

「って、知らなかったのミー!」


 なんか後ろが騒がしい。

 俺には会話の片方しか聞こえないからイマイチ何の話しているのか分からないけど、何かあったのか?


「沙織ちゃ、じゃなくてサマーの話じゃ、あの子はハデスの仲間……なんだよね?」

「けど、そんな子がなんでキューティズの鎧を?」


 キューティズの鎧?

 アイツのコスチュームのことか?

 ということは、つまり……。


「やっぱり、お前も魔法少女だったのか」

「私をそこのクソガキ共と一緒にするなァ!」


 そんな怒声を上げて、ヒューニは俺に斬り掛かってきた。

 何か今日はいつにも増して機嫌が悪いな。いつもの人を小馬鹿にしたような笑みはどこへ行ったのやら……。

 ショッピングモールで戦った時に、彼女の力量はおおよそ理解したけど、今のヒューニの武器捌きや体捌きは最悪だ。ただでさえ子供騙しに近い動きをしていたのに、頭に血が上っているのか、攻撃の狙いがバカ正直過ぎる。

 事前動作やタイミング、俺の身体のどこを斬ろうとしているのか、それらが一目見ただけでまる分かりだ。


 俺は後退りしながらスネークロッドで彼女の攻撃を受け流す。

 今の彼女なら捕獲するのも簡単そうだ。反撃は極力控え、攻撃を受け流し続けて、隙を見て水操作で拘束しよう。


「とりあえず、話は後。今はあの子を何とかしないと」

「うん。はやくハイドロードさんを助けなきゃ!」

「よっしゃー!」


 しかし、そんな俺の守りの構えを劣勢と勘違いしたのか、キューティズが横から手助けしようと動き出した。

 そんな三人の気持ちは嬉しいけど、それ完全に判断ミスだから。


「スプリング・ブレット!」

「サマーマジック!」

「メイプルスラッシュ!」


 けど、俺が手を出さないよう呼びかける間もなく、三人は魔法を発動させた。


《あっ、三人ともダメェ!》


 三人の魔力でできた魔法攻撃が飛んで来る。その彼女達の攻撃に巻き込まれないように、俺は魔法が飛んで来る直前に後ろへ跳んでヒューニと距離を取った。

 しかし、思いのほか威力は無かったようで、ヒューニは三人の攻撃を大鎌を一振りすることで消し飛ばす。


 するとその途端、ドサッと何かが倒れる音と地面と擦れる音が聴こえた。


「沙織ちゃん! 麻里奈ちゃん!」


 えっ、何ごと……?


 次に聞こえてきたスプリングの冷静さを欠いた声に、俺はびっくりして反射的にそちらへ目を向ける。

 すると、そこにはサマーとオータムが意識を失って地面に倒れていた。


 えっ、マジで何ごと!


「ふん、いい気味ね!」


 さっきまで浮かべていた苛立った顔はどうしたのか、ヒューニは愉快そうに鼻で笑う。


「……お前、アイツ等に何した?」

「フフフっ、失礼ね。別に何もしてないわよぉ」


 ヒューニの人を逆撫でするような態度は今に始まったことじゃない。でも、今は妙にその彼女の笑顔がムカついた。

 俺は殺意の混じった眼でヒューニを見つつ、彼女の顔面に一発入れたくなる衝動を何とか抑え込む。


「フフフっ、おぉー怖っ、じゃあねぇ!」


 そこら辺にある雨水をかき集めて仕掛けようかと企んでいたのも束の間、ヒューニは影となって、あっという間にその場から姿を消したのだった。






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