第23話 侵食する恐怖
ハデスの侵攻に、市民は恐怖する。メデューサとノーライフが現れた周辺は、まさに阿鼻叫喚としていた。
荒れた街中で人々はノーライフから逃げるため、怯えた表情を顔に貼り付けて走っている。しかし逃げようにも駅前周辺には結界が張られており、それ以上外側へ逃げることができない。結界の内側周辺では、市民の助けを求める声と悲鳴が響いていた。
かけつけた警察や救助隊も結界の中に入れず、外側で頭を抱えている。
逃げ遅れた人々は、その辺の建物に籠って避難していた。けど立て籠っている建物の壁や扉など、ノーライフはいとも簡単に破壊してしまう。
「うわァァァ!」
「キャァァ!」
建物の中へ侵入したキルギルスに、立て籠もっていた人たちは悲鳴を上げる。その人々の恐怖に反応して、キルギルスの内にある邪悪な魔力が増幅していった。
力の増したキルギルスに威嚇され、人々はより一層恐怖する。キルギルスの持つ硬い牙や丈夫な身体は、普通の人間には到底敵うものではない。言わば獰猛な肉食獣、いやそれ以上の生物を相手するようなものだ。
カチカチと牙を鳴らし、やがて、キルギルスが怯える人々に飛びかかった。
「ハァァァ!」
しかしその瞬間、キルギルスの前に影が過ぎった。
同時に激しい音が響き、襲い掛かろうとしていたキルギルスが壁にめり込む。壊れた壁から土煙が風に流れ、辺りに舞った。
「は、ハイドロード!」
土煙が晴れて、キルギルスを吹き飛ばした者の正体を見た者の一人が大きな声で叫んだ。
「助かった!」
「やった!」
青を基調としたコスチュームに身を包んだヒーローを見て、他の面々も安堵の色を浮かべた。
「早く逃げろ」
「に、逃げるって、どこへ?」
「北西側には、まだ敵は侵攻してない。そっちに向かって全力で走れ!」
「で、でも……」
「急げ!」
ハイドロード……俺の横を通っていき、立て籠もっていた人々は急いで避難していった。
建物内にいた面々が全員避難したのを確認して、俺は外へ出た。壁にめり込んだキルギルスはまだ生きているが、深くめり込んだおかげで身動きが取れないでいる。
「うわっ!」
しかし外へ出た途端、別のノーライフが襲い掛かってきた。
蟻の形をしたノーライフが数匹、束になって俺に剣を振るう。俺は太刀筋を見切って、蟻んこの剣をすべて躱し、反撃に拳と蹴りを放った。俺の攻撃でノーライフは全て周りに吹き飛んでいく。
どうやら一匹一匹の蟻のノーライフの力は、そんなに強くないようだ。おそらくガーディアンズの一般エージェントでも対処できるだろう。
だが対処はできても、トドメを刺すことはできない。その証拠に、いま俺がダメージを与えたノーライフは、すぐに身を起こして、再度、襲い掛かってくる。やはりノーライフを倒すことができるのは、魔法少女であるキューティズだけのようだ。
「しぶとい……ッ!」
俺は再度攻撃を退け、反撃の隙を窺う。
複数の敵を相手するのは正直しんどい。特撮やアクション映画では、敵一人が攻撃してくるとき、他の敵は待ってくれることが多いが、現実だとそうはいかない。一人の敵の攻撃を処理している時も、周りの敵に注意しなければならないのだ。
敵全員の動きを捉えなければ、あっという間にやられてしまう。反撃した時なんかは、意識が敵一体に向かっているので、敵にとっては袋叩きにする絶好の隙だ。
なので反撃する際は、いつもより気を使う。しかも今は素手だから、攻撃のリーチも短い。
「一人ずつ掛かってこいよ。めんどくさい!」
そんなことを口にしたところで、ノーライフが言うこと聞いてくれるわけないけど……。
やがて相手の隙を見つけた俺は、足を踏み込んで一気近づき、ノーライフの一匹を踏みつぶし、その足を軸に周辺にいた仲間を蹴り飛ばした。
そして敵が怯んだ隙に、ノーライフが持っていた武器を手に取り、手足を斬り落とす。かなり残酷なことをしている自覚はあるが、倒せないノーライフを無力化するためには仕方ないことだ。
そんな風に、逃げ遅れた人の救出とノーライフの討伐を繰り返しながら、俺はキューティズが戦っていると思われる現場へと向かう。
できれば一刻も早く向かいたいところではあるが、救出と討伐を繰り返しているため必然的に俺の進行速度は遅い。
しかも現場に近づくにつれ、ノーライフの数も増えていく。倒しても倒しても、まるで本物の虫のように次から次へと湧いてきた。
「切りが無いな……うぁッ!」
「助けてくれェ!」
俺がノーライフの数に頭を悩ませていると、突然、見知らぬ男が縋り付いてきた。
「なっ、お前ヒーローだろ? 俺を守ってくれよ!」
どうやら逃げ遅れた人らしい。
怯えた表情と震えた体で、俺に助けを乞う。
「落ち着いて。あっちの方はまだ敵が侵攻してなく安全ですから、はやく逃げてください」
「そんなこと言わずに、安全なとこまで一緒に来て俺を逃がしてくれよ! なっ! なっ!」
「……チッ!」
つい舌打ちが漏れた。こんな状況なら、パニックになって助けを求めるのも仕方ないことなんだろうけど、この人の場合、自分だけ助かればそれで良いという自己中心さが鼻についた。
こんな人でもヒーローとしては助けてやりたいところだが、この人一人のために他のことを投げ出すわけにもいかない。
「うっせぇ、助かりたきゃとっとと逃げろ!」
「ひっ、ひぇぇぇぇ!」
男の腕を振りほどいて一喝すると、男は四つ足で歩きながら、どこかへ逃げていった。
ヒーローとしては、あまりよろしくない対応だが、この際仕方ない。
あの男性の態度も、おそらくノーライフのせいだろう。
以前にも話したが、ノーライフには周辺の人々の負の感情を増幅させる能力がある。この能力、素直に恐怖するだけなら、まだマシだが、『他を蹴落としてでも生き残りたい』あるいは『パニックに乗じて、金を盗んでやろう』とか、そういった邪な心も増幅させて、普段は理性や倫理で抑えられた人間の欲望を露にしてしまう。
辺りをよく見ると、それらしい人がチラホラと目についた。
いつもなら数人程度が影響されて悪行に走る程度だったが、これだけ数が多いと対応は困難だ。
この地獄絵図を止めるには、原因を元から断つしかないだろう。
「ったく、はやく何とかしないとな」
『ハイドロード、聞こえる?』
俺が現状を改善するため現場に急ごうすると、ふとコスチュームに搭載された通信機から女性の声が聞こえた。
「はい、こちらハイドロード」
『こちらエージェント・ゼロ。聞こえてる?』
「えぇ、聞こえてます。感度問題なしです」
通信の主は玲さんだった。俺は走りながら、通信に耳を傾ける。
『貴方、今どこにいるの?』
「高宮町の駅のすぐ近くです」
『じゃあ、結界の中にいるのね?』
「えぇ」
『実は私たちエージェントも高宮町に来てるの。でも現場周辺に謎の壁があって中に入れないでいるわ』
やっぱりか。
概ね予想通りの状況だ。
「応援は無しってことですね?」
『えぇ。でもできる限りの手は尽くすわ。もうじき貴方への援護も送れるはずよ』
「というと?」
『この現場周辺を囲っている壁だけど、妨げるのは生き物だけみたいなの。だから物質の移動は可能よ』
「へぇ……って、それじゃあ実質なにもできないじゃないですか! ミサイルでも撃つつもりですか?」
「えぇ」
「……は?」
玲さんの返事に、自分の耳を疑い、俺は思わず足を止めた。
『だから、“ミサイルを撃ち込む”っていったの』
「…………えっいや、なに言ってんの?」
***
「ヤァァ!」
「ハァァ!」
「ハッ!」
キューティズが力任せの素人体術を使って、スレイブアントとキルギルスを蹴散らしていく。幸い、この2種類のノーライフは、一個体の力はそこまで強くない。素人体術でも、変身したキューティズなら一から三撃程度で倒せる相手だった。
加えて彼女達には、それぞれ固有の武器による攻撃もある。
キューティ・スプリングによる、ウィンドガンナーの射撃。
キューティ・サマーによる、シャインロッドの打撃と呪文攻撃。
キューティ・オータムによる、メイプルブレードの斬撃。
魔法少女としての力を使ったそれらの攻撃は、辺りいたノーライフを一掃した。
しかし、ノーライフは非常に数が多く、一個体の強さが弱くとも次から次へと湧いてくるため、確実に彼女たちの魔力と体力を消耗させていった。
彼女たちの顔にも徐々に疲労の色が混じってきている。
「ふふっ。良いわ、その調子よ」
そんな三人の戦いぶりをメデューサは不気味に笑って見ていた。
「魔力と体力が無くなってゆけば、心に余裕がなくなっていく。余裕が無くなってゆけば、内にある恐怖は身を蝕む」
人間は、とりわけ他のどの生き物よりも不安や恐怖を抱えやすい生き物である。いくら魔法少女だからといっても、その原則に反することはない。戦う力があることと共にいる仲間のおかげで、比較的に抑えられているが、その抑制も精神に余裕がなくなれば、一気に加速していく。
「そしてその恐怖は、我々を強くする……ふふふっ」
メデューサにはキューティズ達の内にある恐怖が、細菌のように増殖しているのを感じ取っていた。
「さぁ、そろそろアイツ等に絶望を与えてあげましょう」
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