第22話 ハデスの侵攻




 ヒューニから近々ハデスが大きく攻めてくると聞いて三日が経った。具体的にいつ攻めてくるかは聞いていないので、この三日はいつ何が起きても対処できるよう気を引き締めながら過ごす生活が続いた。あれ以来、ヒューニも姿を現さなくなった。

 ガーディアンズに報告して、街の警備を強化するよう要請したが、組織だと何事もすぐに実行することは難しく、警備体制を引けるのは明日からということになった。それまでは、俺がガーディアンズとしてこの街を常時警戒することになる。

 おかげで、この三日は眠りの浅い夜が続いた。



 今日は日曜日。俺は昨日と同様、パトロールのため一人街へ出かけようとしていた。


「あら、今日も出かけるの?」

「うん」


 玄関で靴を履いていると、リビングから母さんが顔を出して話しかけてきた。


「昨日もバイトで一日中出てたけど、今日はどこ行くの? まさか、また沙織ちゃんとデート?」

「残念ながら違う」


 てか、“また”とか言うなよ。


「今日は、参考書とか買いに本屋に……」


 俺が適当に嘘をつくと、母さんは「なーんだ」と期待したような顔をやめて肩を落とした。


「気をつけなさいね。今日はずっと晴れみたいだけど、今朝テレビで今日の天気は不安定だって言ってたから、ゲリラ豪雨が降るかもしれないわよ?」

「りょーかーい!」


 昔なら折り畳み傘でも持つところだが、今の俺にとっては些細な問題だ。


「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい」


 母さんに見送られる形で家を出て、俺はさっさと街中へ向かった。





 もしヒューニの言っていたことが本当で、ハデスの侵攻目的が市民を恐怖させることとラッキーベルの捜索なら、場所や人の数から考えて、奴等が現れるのは前回現れたのと同じ駅前周辺だろう。

 そう当てをつけて駅前にやってくると、案の定、駅周辺は休日とあって人で溢れていた。道行く人の数もそうだけど、バスの乗車数や飲食店などにいる人の数も平日よりずっと多かった。流石は、都心へ向かう駅と周辺にショッピングモールやアミューズメント施設があるだけのことはある。


 ハデスからしたら、絶好の環境だろう。

 けど今日はハデスにとっては障害、俺にとっては援護となる点もある。


 MINEで聞いたところによると、沙織達、魔法少女三人も、今日はボーリングやカラオケ、ショッピングなど、この辺りでいろいろ遊びに出ているらしい。

 侵攻の件は、ガーディアンズから魔法少女へは伝えられていないはずだが、三人が今日この場に居合わせているのは偶然らしい。


 ハデスが現れても、すぐに対抗できる人間が俺を含め現場にいる。これで被害はある程度防げるだろう。けど逆にそれが、ハデス侵攻の予感を強めた。


「来るなら今日だな……」


 半ば確信に近い予感を持ちながら、引き続き街中を歩き回った。




 ***




 黒い靄が広がる暗黒の空間で、群衆の影が蠢く。

 そこは見渡す限りのノーライフの群れ。知能の低い大きな生物たちが今か今かと侵攻の命令を待っている。一部のノーライフはフシューっと威嚇した声を上げ、興奮状態になっていた。

 そんなノーライフたちを指揮するのは、蛇の下半身と人間の女性の上半身を合わせたよな身体を持つ、ハデスの幹部であるメデューサだ。


「フフッ、いよいよね」


 ノーライフの群れを見下すように見ながらメデューサは微笑した。そんな彼女の隣には、目の前のノーライフ達とは異なり、大きな体を持つノーライフが立っている。

 その巨体のノーライフは鋼の身体を持ち、静かにメデューサのそばでひれ伏していた。その一切活気の感じられない姿は傀儡のようである。


「時は来た。今こそ人間の世界を絶望に落とす時!」


 メデューサの声が空間中に響く。すると彼女の言葉に賛同するかのように、周りにいたノーライフたちが一斉に声を上げた。言葉はないが、その声には殺意や狂気といった様々な負の感情が混じっている。


 そんな最中、メデューサの後ろに影が差した。

 その影の中から禍々しい亡霊がしゃべるような声がする。その声は生き物が発した声に間違いないが、まったく言葉になってない。しかしメデューサはその声の意味を理解していた。

 浮かべていた笑みが消え、メデューサは真面目な顔つきになった。


「分かっております“ハデス様”。必ずや、あの邪魔な小娘とニャピー共を殺してみせます」


 そうメデューサが口にすると、背後の影は塵が風に流れるように姿を消した。


「さぁ、始めましょうか」


 再度、笑みを浮かべたメデューサは、手を前に出して侵攻開始を合図した。




 ***





「……来たか」


 いつもハデスやノーライフの存在を察知するのは、沙織達についているニャピーの仕事だ。

 しかし今回、その異変は俺にもすぐに察知できた。

 分厚い雲が空に掛かったように、あるいは皆既日食でも起こったように、急に空が暗くなったのだ。


「お、おい! なんだアレ!」


 周りの一般人達も異変に気が付き、慌てふためいている。

 駅から少し離れた所を歩いていた俺は、辺りを見回す。上空を見ると、何か結界のような壁が出現していた。壁といってもコンクリートのような物体が現れたわけじゃない。例えて言うなら、薄く硬いシャボン玉の膜が空間を覆っている感じだ。

 そしてよく見ると、俺のいたすぐそばにも、その壁が現れて道をふさいでいた。形はどうやらドーム状になっているらしい。駅前周辺エリアをざっと囲っているようだ。


「なんだコレ?」

「どうなってるの?」

「出られなくなってるぞ」


 壁の周りでは、何も知らない一般人が内側と外側から壁を触ったり叩いてみたりしている。しかし、一般人が何かしたところで壁に変化はない。

 おそらく、魔法だろう。それなら物理的に何かしたところで破れるとは思えない。これじゃあ、外からの応援も期待できないな。


 辺りの状況を確認した俺は、戦場になっているであろう結界の中心部へと向かった。





 一方その頃、結界の中心部に程近い場所にあるアミューズメント施設の前では、綾辻さん、沙織、秋月の三人が異変を感じ取ったニャピー達と一緒に外へ飛び出していた。


「なにこれ!」

《これは! ハデスの結界だよ!》


 周辺の変化に戸惑う三人とは対称的に、ニャピーの三匹は上空にある壁を見て状況を理解した。


《ハデスの奴等、今回は本気でこっちの世界に攻めてきたみたいだね》

「そんな……!」

《とにかく急ぎましょう!》


 三人は宙を浮くニャピー達に続く形で現場へ走った。

 結界の中心地に向かうにつれて、木霊する悲鳴がはっきり聴こえ、恐怖が張りつた顔で逃げる人々とすれ違う。


「だいぶマズい状況みたいね」


 秋月が逃げていく人々の様子から現状を察していると、すぐ近くで爆音とともに建物が壊れる音が轟いた。


「あっちね!」

《気をつけて、すごい魔力の量よ》


 騒音の源らしき場所を特定して三人は足を速める。それぞれのパートナーであるニャピーはそこから感じる魔力に冷や汗を浮かべていた。

 そして、周りにすっかり人影がいなくなった現場近くで、三人は自身の宝玉を握りしめた。


「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」


 宝玉から発せられた神聖な光が三人を包む。三色の光の中にそれぞれシルエットが浮き上がった。そして徐々に閃光が消えていき、マジック少女戦士たちが現れた。



 やがて、三人は開けた場所に出た。

 そこは駅前広場。いつもなら待ち合わせの人々や歩行者で賑わう場所だが、今はすっかり様変わりしてしまっていた。


「これはッ!」

「……ひどい」


 特撮やアクション映画、あるいは戦場カメラマンが撮った写真くらいでしか目にした事がない荒れ果てた戦場の光景に、三人は思わず足を止めて、呆然と辺りを見回した。

 舗装された地面は剥がれ、あちこちに瓦礫が転がり、周りの建物の一部は破壊されて残りは今にも倒壊しそうになっていた。ガス爆発でも起きたのか、発火した炎によって残った建物や瓦礫は所々黒ずみ、周辺は少し焦げ臭い。幸いにも、死体は転がってはいないようだ。

 先ほどから聴こえていた悲鳴が、よりその場の恐怖を掻き立てた。


 その惨状を作り出したのは、あちこちにいるノーライフと、中心でそれらを先導しているメデューサだ。


「あらぁ!」


 三人がやってきたことに気が付いたメデューサは、緩んだ顔を彼女たちに向ける。


「来たのねぇ」


 三人は何とか気を持ち直して身構えながら、メデューサを睨む。しかし、その三人の内にある恐怖をメデューサは見透かしていた。


「あーらあらあらぁ。これはこれは、飛んで火に入る夏の虫」

「アンタ、この間の……!」


 変身した沙織……キューティ・サマーがメデューサを認識して言葉を漏らす。


「貴女、よくもこんな!」

「こんなことして、ただで済むと思ってるの!」

「へぇ、一体どうなるっていうのかしら?」


 スプリングやオータムの怒りなど気にも止めず、メデューサは余裕綽々だ。辺りにいたノーライフも一斉に三人に向かって威嚇し始めた。


 周辺にいるノーライフは、二種類。ひとつはこの前体育館で姿を見せた、蟻型のノーライフであるスレイブアントだ。そしてもうひとつは、キューティズ達が初めて見るノーライフだった。

 名前は“キル・ギルス”。大きさはスレイブアントより少し大きいくらい。枯れ葉のような褐色をしており、特徴的な長い脚と触覚を持っている。キリギリス型のノーライフだ。シクルキやスレイブアントと同様、本物の虫をデフォルメしたような見た目をしているが、口元に見える牙や顎は本物の虫と同じように鋭く力強い。


「ウィンドガンナー!」

「シャインロッド!」

「メイプルブレード!」


 無意識に感じる恐怖を抱えながら、少女たちはそれぞれの武器を構えた。


「……やれ」


 メデューサが手を振り下ろして、目の前の少女たちを指さした。

 その命令を合図に、周りにいたノーライフが一斉に襲いかかった。


「サマー、オータム、行くよ!」

「うん!」

「えぇ!」



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