第19話 ラッキーベル
一方、その頃。
《……ん?》
「ん……どうかしたミー?」
《あぁいや、なんでもない》
沙織と共に教室にいたミー、また別のところにいるマーやムーは何かを感じ取っていたが、はっきりとしない一瞬の感覚に、気のせいだと片付けていた。
***
無感情な瞳に、不眠症のようなクマ、真っ黒な長髪、漆黒のドレスと、ここ最近ですっかり見慣れてしまった格好で、ヒューニは現れた。
ただ今回は、前回の時と違って得物である大鎌を所持していない。まぁ、だからといって戦う意思がないとは限らない。俺のスネークロッドと違って、彼女の場合、いきなり魔法で生成したり、どこからともなく取り出したりできるだろう。
魔法って厄介だなぁ……まったく。
「なにしに来た?」
「あらあらぁ、そんなに怖い顔しなくても良いじゃない。優人くん」
語尾に音符でもついてそうな発音で名前を呼ばれて、なんか少しイラッとした。
「お前ぇ……この前、自分が何したか忘れたか? 雪井彰人逃がしたのもお前だろ!」
「さぁ、何のことかしらぁ?」
なんだろう……無性にムカつく。
手で口元を隠してクスリと笑う仕草は、見る者によっては魅力的に見えるだろうが、わざとらしくもあるその仕草は、俺にとってはイラつきを助長させるものでしかない。
「フフフッ」
顔には出してないはずだけど、そんな俺の心を見透かしてるのか、ヒューニは不敵に笑う。
「……まぁいい」
俺は持ってきていたミネラルウォーターのキャップを片手で回して、中の水をヒューニに向けて飛ばした。狙いは、前回と同様、水でヒューニの口元を覆い、彼女を失神させることだ。
だが、今回は隙をついたわけでもない上、そう何度も同じ手に掛かるほどヒューニは馬鹿じゃなかったようだ。
「あら、危ないわね」
そう言って、ヒューニはこの前のように身体を影へと変えた。俺の飛ばした水の塊は、黒く染まった彼女の身体をすり抜ける。そして、その場にあったシルエットは黒い霧が風に流れるように移動し、少し離れたところでヒューニの姿に戻った。
「フフフッ」
「まだまだ!」
ヒューニを捕らえ損ねた水の塊は、まだ俺の意識下にあり宙に浮いている。俺はその水を操って再度彼女を捕らえようとした。
しかし結果は変わらず、まるでさっきのリプレイ映像みたいに水は影化した彼女をすり抜けるだけとなった。
水を飛ばせば影となり、再度出現した所を狙えば、また影となり、それを何度も繰り返して、やがて切りがないと諦め、俺は一旦彼女を捕らえるのをやめた。
「フフッ、もうおしまいかしら?」
「…………はぁ」
飛ばしていた水をペットボトルに戻して、俺は小さく息をついた。
まっすぐ捕らえようとしても、影となってかわされてしまう。やはり、あの影化の魔法(?)をどうにかしないと……。
「フフフッ」
反撃が来るかと警戒したが、ヒューニは相変わらず、微笑を浮かべながら、こっちを見ている。
攻撃してくる様子はない。
その敵意の無さに違和感を感じながら、俺は彼女の思惑を見極めるようにヒューニを注視した。
「相変わらず面白いわね、貴方のその能力。どこかのテーマパークで噴水ショーでもしたら人気になるんじゃない?」
「……かもな。なんだったら今からシャークショーでも見せてやろうか?」
俺はペットボトルに戻した水を再度操り、空中に浮かせた。無形だった水の塊は俺の意識に従って形を変え、三角形の背びれと三日月形のような尾を持つ魚類の形になっていく。
俺が形作ったものは、ホオジロザメ……某パニック映画で有名なサメだ。俺は20センチサイズでできた水のソレを、まるで生きているかのように空中を泳がせた。
水でできた透明なサメといっても、その無機質そうな目と尖った歯、獰猛そうな動きは、見るものに警戒心や恐怖を誘発する。その類の映画を見たことがあるものなら尚更だろう。過去、玲さんや悠希も、これを見て表情をこわばらせたことがあった。
「へぇ、貴方の能力ってそんなこともできるのね」
しかし、何をしようと無駄だという余裕の表れか、それを見てもヒューニはクスクス笑うだけだった。
まぁ実際、水で作ったサメをいくら噛みつかせた所で、彼女には暖簾に腕押しだろう。
早々に俺はホオジロザメの形を崩して水をペットボトルに戻し、次の手を考える。
せめて、前回のようにヒューニから攻撃してきてくれると反撃の隙ができるんだけど、向こうもそれを知ってか、攻撃してくる様子がない。
なら、向こうから仕掛けてくるようにけしかけるか……。
いや、てかそもそもコイツ……。
「……お前、一体なにしに来たんだよ?」
俺は頭で考えたことをそのまま口にする。
コイツがここに来た理由、それがもし俺の偵察であるならば、見つかった時点で撤退するのが普通だ。なのに、コイツは撤退はおろか、戦おうともしない。
時間稼ぎの可能性もあるが、それにしては、消極的過ぎる。
「別に。少し貴方と話がしたかったのよ」
「話?」
正直、誤魔化されるだろうなと思って訊いてみたんだけど、その意外な返答に、俺の眉間が反射的に歪んだ。
「あなたは、“ラッキーベル”がどこにあるか知ってるかしら?」
「……なんだそれ?」
ラッキー、ベル?
日本語でいうと、【幸運の鈴】か?
「惚けないで。ハデスがこっちの世界に来る時のゲートを誘導する装置よ。それのせいでハデスは、この町にしかゲートを作れなくなってるんじゃない」
えっ、マジで何それ?
ゲートって、あの黒い渦のことだろ。
えっ!
てことは、ハデスやノーライフが高宮町にしか出現しないのは、そのラッキーベルのせいってことか!
かなりとんでもない情報を聞かされ、俺の思考は半ばパニック寸前となった。しかし敵前とあって、俺は動揺を悟られぬよう、なんとか平常心を装った。
「ご丁寧な説明はありがたいけど、ホントに知らないんだが?」
「……まさか、本当に!」
ヒューニは眼を見開いた後、何かを考えるように手で口元を隠した。その自然な反応が、彼女が嘘をついてないと俺を確信させた。
多分いま、初めて彼女の人間らしい表情を見た気がする。
いや、そんなことより、その“ラッキーベル”……絡んでるとしたら、やっぱり沙織達か。
だとしたら、俺が知らないのは長官や玲さんが意図的に伝えてないのか、あるいは沙織達が玲さんに話してないのか……。
「……ふーん、まぁいいわ」
やがて、いつもの無表情に戻ったヒューニがこちらを見る。
なんだろう、真顔なのに、眼光にすっごい嘲笑が混じって見える気がする。
「意外と貴方達も信用されてないのね」
「は?」
なんかいきなりディスられた。
「だってそうでしょ。こんな大事なことを言わないなんて、あの小娘達が貴方達のことを信用していないってことじゃない」
……確かに。
信用云々は置いとくとして、もし沙織達が玲さんに話してないとしたなら、何で話さないんだ?
言うのを忘れてるなんてことも無いだろうし……。
そういえば、この前、コイツがショッピングモールに来たあの日、玲さんに事情聴取された時の沙織の様子が、何か変だった。
…………まさか。
「この前、お前がショッピングモールを襲撃した理由って……」
「へぇ、察しが良いわねぇ。そうよ、あの時私達はラッキーベルを探しに来てたの。あの建物がある場所は丁度この町の中心、ラッキーベルがある候補のひとつだったから」
やっぱり。
だからあのカマキリ、あの場をあんなに荒らしてたのか。
いやいや、そんなことより……あの時、沙織は『襲撃の目的は不安を煽ること』って言ってた。もし、沙織がヒューニの襲撃理由がラッキーベルだと知っていたなら、あれは嘘だったってことになる。
「フフフッ」
何がおかしいのか、無表情だったヒューニがニヤリと笑う。
「どうする? あの小娘達に問い詰める? なんでラッキーベルのこと黙ってたんだーって」
言えるかよ。
けど……コイツがさっき、俺達が信用されてないって言った理由が分かった。
沙織達がラッキーベルのことを玲さんに話してないのは、やっぱり意図的に隠してのことだ。
じゃあ、なぜ隠すのか……その理由のひとつに当然、沙織たちがガーディアンズを信用していないってのが挙げられる。
「……何か理由があってのことなんだろうよ」
「強がっちゃって。けど、そんな適当なこと言っていいのかしら? このまま黙って隠し通して、もしハデスや私がラッキーベルを壊してノーライフが全国的に出現するようなことにでもなったら、一体だれが責任を取ることになるのかしら?」
「それは……」
責任、ね。
確かにそんなことになって事の真相が世にバレたら、世間は非難轟々だろう。そして世間の人間は、その責任を誰に取らせればいいのか、誰を吊るし上げればいいのかと、犯人探しを始める。
世間から見れば、その犯人は、ラッキーベルの存在を隠していたキューティズだ。いや、もちろん本当ならノーライフを送り込むハデスが悪いんだけど、世間の人間は敵であるハデスより、味方であり報復の可能性のない魔法少女たちをたたく。
何もしなければ、だけど。
「それは、俺達、ガーディアンズだろうな」
俺はハッキリとヒューニに言い切った。
本当なら世間の眼は魔法少女たちに行くけど、そうなる前に俺達ガーディアンズが表に立って責任を取る形になる。可能なら、情報の一部を改ざんして。
個人で動いている彼女達より、組織的に動いている俺たちの方がダメージが少ないからな。
「……ふーん、やっぱり小娘なのね」
「は?」
しかし俺の言葉を聞いて、ヒューニは小馬鹿にしたように笑いながら言った。
「自分の行動に責任を取らないのは、ガキのすることよ。高校生にもなって魔法少女ってだけでも可笑しいのに、敵を倒したらチヤホヤされて、自分たちのせいで被害が出たら誰かに責任を取ってもらうとか、めちゃくちゃ笑えるわ。それで正義の味方のつもり?」
魔法少女の敵が何を言う!
「そうだとしても、それがお前に何か関係あるのか?」
「別にぃ、確かに私には全然関係のない話なんだけどぉ……」
そこでヒューニは言葉を区切った。そして、惚けたような態度がみるみる変わっていき、怒りや憎しみみたいな負の感情に染まっていった。
「大ッ嫌いなのよ。都合よく逃げる“ガキ”が!」
その荒く低い声に、俺は一瞬恐怖した。今までのヒューニの振る舞いは全部どこか演技染みていたけど、さっきの驚いた表情や今の嫌悪した表情は、心の底から出たもののようだった。
「お前、一体……」
過去に何があった?
俺がそう訊こうとした瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「あらあらチャイムが鳴っちゃったわねぇ」
すると、今までの負の感情が嘘のようにヒューニの纏う雰囲気がけろっと変わった。
「今日の所は退散してあげるわ。ちゃんと授業受けなきゃダメよぉ、フフフッ」
「あっ待て!」
「まーたねぇー!」
軽く手を振りながら俺に背を向け、まるで空気に溶け込んで行くみたいに、ヒューニは影の中に消えていった。水気を探って気配探知もしたけど、すでにそれらしい気配は無くなっていた。
「アイツ、マジで何なんだ……?」
夏の始まりにしては冷たい風が流れる屋上で、一人佇む俺の口から出た言葉がそれだった。
***
あのまま屋上に居続ける理由もなく、5分後に次の授業が始まるとあって、俺はさっさと教室に戻った。正直、まともに先生の話を聞けるか怪しいけど、かといってサボるほどでもない。
教室では、すでに沙織を含めたクラスメイト達が集まっていた。
「あっ、遅かったねぇ優人」
席に着こうとした途中、沙織がいつもの調子で話しかけてきた。
「何やってたの?」
「別に。ちょっと面倒くさいヤツに絡まれてただけ」
「へぇー。誰、中井先生?」
「いや違う」
「あっそう。それより私が頼んだカルピスは?」
「買ってない」
「えぇー、ケチぃ!」
「ケチじゃない」
「守銭奴!」
「守銭奴でもない」
「金の亡者!」
「……そこまで言う?」
なんてことない、いつもの会話。
けど、沙織と話す俺の脳裏には、さっきのヒューニとの会話とラッキーベルのことがチラついていた。
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