第18話 再来
ショッピングモールの事件から、数日が経った。結局あの後、キューティズ達によって建物が修復され、事件は新聞に小さく載っただけでいつも通り目立った騒ぎにはならなかった。
そして、今日は平日。時間は三限目だ。
「これで判別式が求まった。そして問題にある楕円と直線が共有点をもつための条件は、この判別式がゼロより大きいときであるから……」
川崎先生の解説を頬杖ついて聞きながら、俺はふと思う。
何か視線を感じる……気がする。
俺が最近、こんな風に思うようになったのは、十中八九、あのショッピングモールでのヒューニの発言が原因だろう。
『どうやら、あなたの方が一足早く私にやられるみたいね、ハイドロード……いいえ、水樹優人くん』
あんなことを言われれば、嫌でもヤツがどこから見られているのではないかと意識してしまう。
もちろん、あの後、玲さんと明智長官にはこの事を報告した。けど二人とも、この事にはあまり驚いておらず、むしろ予期していたような反応だった。
理由を訊ねてみると……。
「あなた、この前、雪井製薬会社に行ったとき、素顔のまま現れたらしいじゃない? あの時、彼女は周辺で様子を伺っていただろうから、可能性として考えられる話ではあったわ」
……とのことだった。
迂闊だった。そういえば、あのときは悠希のヤツが今にもやられそうだったから、つい変身せず飛び出してしまっていた……。
おまけに、なんで
「それは……ニャピーだっけ、あの妖精って彼女たちに四六時中くっついてるんでしょ? 私達には見えないけど、その妖精たちの星を滅ぼした奴等なら、その存在を認識できてもおかしくないんじゃないかしら。認識できるとしたら、その妖精がくっついてる子が“変化人間”だと特定するのは時間の問題よ」
……とのことらしい。
推測に過ぎないけど、筋は通ってるし妙な説得力はある。
この推測が当たっているのか確認なんてできないけど、この際、どうやって知られたかは置いておこう。
つまりは、正体が知られている以上、俺、ないし沙織は、いつアイツ等から襲撃されてもおかしくない状況にあるというわけだ。玲さんと明智長官からも十分に注意するよう言われた。
その襲撃も、当人に直接ならまだマシだけど、俺達の家族や友達が狙われる可能性だってある。あるいは、ヒューニがテレビ局や新聞社などの各メディアに情報を渡して、俺達の正体が日本中に晒されるなんてことも考えられる。
そんなこんなで、俺はここ数日、気の抜けない生活が続いた。
今みたいな授業中でさえ、教室の窓や廊下からヒューニやハデスが覗いているのではないのかとヒヤヒヤしている。
この警戒心と緊張感、不安を解消するには、とっととヒューニを捕まえてハデスを倒してしまうしか方法はないのだろうけど、その辺のヤクザと違ってアイツ等は自分達の拠点などを持っていない。仮に存在したとしても場所が分からないんじゃあ手の出しようがない。
分かってたら、明智長官がすぐにでもガーディアンズとキューティズと一緒に乗り込む計画を立て、実行することだろうけど……。
「……はぁぁ」
「よし、水樹、この問題を解いてみろ」
「えっ! あっはい!」
無意識に出たため息が先生の気を引いたのか、俺は黒板に書かれた問題を解くように言われた。
急に当てられたことに少し驚きつつも、俺は席を立ち、前に出て問題を解いた。
「式を満たす点xとyの概形を書け、と……」
問題を読み解いて俺は解法を書いていく。幸い、そんなに難しい問題じゃない。
問題を解きながら、俺は周辺の気配を探った。
よく漫画とかでキャラクターが敵の気配や殺気をカッコよく察知したりするけど、現実的に気配なんてのは、人の五感で察知できるものではない。まして殺気なんてものが分かるんなら警察なんていらない。
いくら俺が改造され、超人的な五感を手に入れたと言っても、隠れながら覗き見するヤツを見つけるのは難しい……ってか無理だ。
その証拠に、いま黒板を見ながら計算式を書いている俺の後ろで、生徒が何人こっちを見ているかなんて、俺には分からない。
仮に今、ヒューニが俺を狙っていたとしても、気配だけでそれに気づくことはできない。
まぁ、“五感で探っていれば”、の話だけど……。
「……できました」
「よし、戻っていいぞ。授業中にぼーっとするなよ?」
「さーせん」
適当に平謝りして、俺は席に戻った。
三限目の終了を告げるチャイムが鳴り、10分休みに入った。
「おーい、水樹ぃ!」
名前を呼ばれて目を向けると、教室のドアのそばに、ひとりの女子生徒が立っていた。
その女子生徒は、校則にギリギリ引っ掛かるか引っ掛からないくらいの丈の短いスカートの制服、金髪、色のついた爪と、なかなか派手な身なりをしている。
「おぅ皆川、どうした?」
名前は
彼女とは一年の時からの付き合いだ。同じクラス、しかも名前順の関係から席が前後になって、色々あって話すようになった。俺から何か話しかけるというよりかは、向こうから絡んでくることが多かったけど……。
「数Ⅱの教科書、貸してくんね?」
「……まぁ、良いけど」
彼女の大きい声とは対称的に、俺の声は小さい。
二年なってからは、文系理系と分かれて、別々のクラスになったけど、たまにこうして、ものを借りにやってくる。
半ば気乗りしないまま、俺はロッカーに入れていた数学の教科書を取って皆川に渡しに向かった。
「サンキュー!」
「貸すのは良いけど、お前、まだ数Bの教科書返してもらってないんだけど?」
「あぁ、今度返すわぁ」
それ、この前も聞いたぞ?
「おっ、麻衣ちゃんじゃん」
「げっ、トシ……!」
俺が目を細めて皆川を見ていると、葉山がやってきた。
あぁ、ちなみに葉山の下の名前は、
「なになに、どうしたの?」
「別に。ただ水樹に教科書借りに来ただけだっつーの」
「なーんだ。そういえば麻衣ちゃんって今付き合ってる男とかいるの?」
「さぁ。仮にいたとしても、なんでアンタに言わないといけないわけ?」
「いやぁ、フリーならまた俺と付き合ってくれないかなぁって」
「ハァ? イヤなこった!」
葉山お前、節操ねぇーな。
そら皆川もイヤだろうよ。
「私はぁ、もし付き合うなら水樹君が良いぃー!」
「はいはい」
俺は冷めた眼を向けながら腕に抱きついてきた皆川を引きはがす。皆川が人を君付けで呼ぶのは、からかっている証拠だ。過去、真面目に返事をしたら、ケラケラ笑われたことがある。
「ッ!」
ふとここで、俺は“違和感”を感じ取った。例えるなら、自分の肌に蚊が止まったような、あるいは、遠くの方で鳴子の音が聴こえたような、そんな感覚だ。
「どうした、優人?」
「あぁ、いや何でもない」
皆川がぼーっとしていた俺を見て訊ねてきたけど、俺は適当に誤魔化した。
「あっやばっ! もう四限始まんじゃん! じゃあ、ウチもう戻るね」
「あぁ」
「また俺と付き合うなら、いつでもウェルカムだから!」
「うっさい葉山、バーカ!」
教室に戻る皆川を葉山と見送りながら、俺はどこからか感じる“違和感”に意識を向ける。
今からまた授業が始まるけど、コイツの正体を確認して処理するためなら、サボるのも仕方ない。
「葉山、俺ちょっと次の授業……ん?」
「ん、なんか言ったか?」
「あぁいや、何でもない」
だが、四限目の授業が始ろうとしたときには、その“違和感”はすっかりと消え失せた。
***
そして昼休み、食堂でサバ味噌定食を食べている時に、またあの“違和感”が現れた。
「んあっ!」
「ん? どうしたの優人?」
「あぁいや、サバの小骨がのどに引っかかった」
いつものように沙織と葉山と一緒にテーブルを囲んで昼飯を食べていた時、ふいに感じたとあって、つい変な声が出た。
「ふーん……あっそれで、この前、あの新作映画を優人と見に行ったんだけど」
「ほぅ、デートか?」
「いや、違うから。普通に遊びに行っただけだから」
「夏目ちゃんと優人の二人で?」
「……まぁ、うん」
「デートじゃん」
「ちーがーうーかーらー!」
「と夏目ちゃんは言ってるけど、優人はどう思ってんだ?」
「……えっ、なに?」
「だーかーら、お前にとって夏目ちゃんと二人で映画を見に行くのは、デートの内には入るのか?」
「デートじゃないだろ」
「「うわぁ!」」
「おい、なんで沙織までそんなリアクションなんだよ!」
「だってさぁ……ねぇ?」
「ねぇぇ」
「めんどくせぇなぁお前ら」
そんな風に、適当に雑談して昼飯を食べ終え、やがて、俺たちは食堂を後にする。場所を移しても、どこからか感じる、その“気配”は付いて回った。背後霊にでも憑かれたようなこの感覚は、あまり気持ちの良いものではない。
「あっ! ちょっと、先に行っててくれ。自販機で飲み物買ってくる」
いつもならこのまま俺達は教室へ向かい、雑談したりするところだけど、さりげなく身を翻した。
「あっ俺、コーヒー牛乳よろしく」
「じゃあ私は、カルピスをお願い」
「誰が奢るか!」
二人と軽口を交わした後、俺はひとり食堂の隅にある自動販売機へ向かった。
周りの食堂にいる生徒や廊下を歩く生徒に混じってはいるけど、まだ確かに、あの“気配”がある。
沙織の方に付いていく可能性もあったけど、どうやらヤツの狙いは俺のようだ。けど仕掛けてこない辺り、目的は敵情視察か、あるいは俺の隙を狙っているのか……。
ここであからさまに“気配”のある方へ目を向ければ、俺がソイツの存在に気がついたことがバレてしまう。
俺は自動販売機で買ったミネラルウォーターを片手に、そのままゆっくりと屋上へ向かった。
通常、ここの屋上にはドアのぶの鍵と錠前とで二重に施錠してあるが、俺の能力を使えば、そんなのはすぐに解錠できる。
鍵を開け、そのまま俺は屋上に出る。そして後で誰もこないように、ドアのぶの方の鍵を掛けておく
もちろん、屋上には誰もおらず、遠くから聴こえる生徒達の声と通り抜ける風の音だけが響いていた。
ここで、俺が感じ取った“気配”について説明しよう。
冒頭で述べたように、人の気配なんていうアバウトなものは、普通の人間にとっては認識しようのないものだ。人は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚(?)、このいずれかでしか他人の存在を認識できない。
だけど、俺には改造された際に身につけた能力がある。今回、俺が使った能力、それは『水操作』の応用……いや、応用というより能力の根本といった感じだろうか。
『水操作』は本来、意識を飛ばして水を自由自在に操る能力だけど、この能力の発生源である俺の身体に植えつけられた細胞には、水を操るだけでなく、周辺にある水のあり方を認識することができる。
つまり、上下左右前後、立体空間のどこに水があるのか身体で感知することができるのだ。
そして、人の身体、ないし生物の身体を構成する物のいくつかは水分だ。よって俺はこの能力を使うことで、周辺にいるあらゆる生物の場所と大きさを探知することができる。
純粋な水ではないため、操ることはできないけど、およそ半径50メートル以内ならば、エリア内に何人の人や生き物がいるのか察知できる。そしてこれは、自分の身体に近ければ近いほど、正確だ。
さて、話を戻そう。
「ふぅぅ」
俺はゆっくり息を吐いて、真後ろから感じる“気配”に意識を向けるのを止めた。この水を探る能力、目を凝らしたり耳をすませるのと一緒で、それなりに集中力がいる。
「……おい!」
後ろを振り返って、俺は対象に向かって声をかけた。
目の前の地面には、不自然な円形の影があった。周辺にその影を作るような遮蔽物はなく、しかもその影は周辺の光を吸い込んでいるのかと思うほど色が黒い。
「いったい何の用だ? 人の周りウロチョロしやがって!」
「フフフッ」
俺が見透かしたような眼で見ると、その影は女の声を響かせながら膨れ上がっていき、人の形を成していく。その人型のシルエットは、俺にとって見覚えのあるモノだった。
やがて影が散り散りになっていき、そのシルエットを形作っていた中の者だけが残った。
その姿を現した者……ヒューニは妖艶な笑みを浮かべてこっちを見ていた。
「こんにちは、ハイドロード……いや、水樹優人くん」
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