第17話 魔法少女の隠し事




 高宮町のショッピングモールに現れた黒い渦の向こうは、何もない暗黒の空間がどこまでも続いていた。

 その空間に光は全く照っておらず、薄い靄のようなものが漂っている。湿気はないのに、まるでジメジメとしているようにすら感じられる。

 今そこには、3つの影があった。そのうちの2つ、ヒューニとシクルキはボロボロになって地面に倒れている。


「………」

「クソォ! 殺す! 絶対殺す! あの人間どもォ!」


 一言で地面に倒れているといっても、その二人の様子は違っている。ヒューニは静かに気を失い、シクルキは恨み言を罵声のごとく口にしていた。

 そしてこの場にあるもうひとつの影……メデューサは、自身の身体の欠損部分を修復させていた。

 彼女の身体を吹き飛ばしたのは、ショッピングモールの去り際に放った玲さんのロケットランチャーだ。そのロケット弾がメデューサの身体に直撃していたのだ。おまけに、弾の破片もいくつか食い込んでいる


「あがっ、あぁ、ぐッ」


 うめき声を上げながら、メデューサの残った身体の部分が細胞分裂を繰り返す。そして爆発によって吹き飛んだ肉片部分が植物が生えるみたいに修復されていく。

 やがて再生が終わり、メデューサは元の姿を取り戻した。


「はぁぁ……まったくヒドイことするわねぇ」


 身体が吹き飛び、地獄の死者のような声をあげながら身体を再生させたというのに、まるで子供の悪戯でもあったかのように、メデューサはため息を溢した。


「……フフフッ。けど、やっぱり人間の技術はこの程度。これなら、私達の障害となるのはあの小娘たちだけね」


 修復によって乱れた髪の毛を整えながら、メデューサは不敵に笑う。


「さて、今回の襲撃で人間どもの“負のエネルギー”も良い感じに集まったことだし、作戦を次の段階へ進めましょうか」


 その見るもの全てを見下すような彼女の眼は、足元でのたうち回っているシクルキへと向けられていた。




 ***




 高宮町のショッピングモールの広場。

 現在、戦闘で荒れたモールは、ガーディアンズによって封鎖されて支援部隊のエージェントが瓦礫の撤去を行っていた。当然、お客らしき人の姿はなく、いるのはエージェントの服を着たガーディアンズの関係者だけだ。

 だが今そこに、エージェント服を着ていない少女が一人いる。その少女……沙織は、変身を解いた姿で作業の様子を眺めていた。


「結構、壊しちゃったなぁ」

《マーとムーがいないから、修復の魔法も使えないからね》


 沙織と一緒にエージェントの作業する風景を眺めながら、ミーは残念そうな顔でため息をついた。

 先日体育館で使ったような、戦闘で壊した建物などを元に戻すニャピーの修復魔法は、マー、ミー、ムーの三人が揃わなければ発動することができないのだ。


「それに、優人も……あっいけね。そういえば優人のこと、すっかり忘れてた」


 沙織はハッと思い出したように反応して、すぐさまスマホを取り出した。


「優人、大丈夫かなぁ。ゼロさんは負傷者は出てないって言ってたし、大丈夫とは思うけど……んー、あれ?」


 MINEのメッセージや留守電がないことに少し首を傾けつつも、沙織はMINEのアプリを開き、メッセージを打った。


「……それで、沙織さん、話を続けて良いかしら?」

「あっはい、すみません!」


 玲さんに声を掛けられ、自分が事情聴取されている途中であったことを思い出した。


「そのぉ、一緒に来てた友達に一言メールして良いですか? 別れてから何の連絡もしてなかったんで、心配してるかも……」

「……えぇいいわ。けど手短にお願い」

「ありがとうございまーす!」





 時は少しさかのぼり、30分ほど前のこと。

 ヒューニ達が暗黒空間へ逃げ帰り、ショッピングモールの戦闘は終わった。玲さんは非常線を張っていたエージェントに指示を出して警戒を解かせ、後片付けとして本部に支援部隊の要請を出した。


「……ふぅぅ」


 俺もスネークロッドを肩にのせ、緊張を解いた。


「あ、あの! は、ハイドロードさん!」

「ん?」

「あぁいや、その、ああああ、あのっ!」


 落ち着けよ。

 幼馴染だけど、沙織サマーがこんなにも挙動不審になっているのは初めて見た。顔は真っ赤だし、視線はキョロキョロして、口はポカンと開いたままになっている。手の動きなんて、まるで手話みたいだ。


「落ち着いて……どうしたの?」

「……その!」


 サマーは大きく息を吸って、まっすぐ俺に眼を向けた。


「私、その、初めて会った時からハイドロードさんのファンなんです!」

「あぁ、そうなんだ」


 うん、知ってる。

 どこから入手したのか、スマホの待ち受け画面もハイドロードにしてたしな。


「あの頃からずっと、私もハイドロードさんみたいに人助けしたいなぁって考えてて!」

「へ、へぇ……」

「だから、その、えっと、何が言いたいかというと、あの…………ハイドロードさんの、サインください!」

「えっ! あ、あははは。そっかぁ、弱ったなぁ」


 ねぇーよ、サインなんて。


「あっ、色紙がないですよね。じゃあ、その、とりあえずこの私の杖にでも!」


 変身解いたら消えるよねソレ?


「アァー、そういえばマジックも無い! どうしよォ!」


 知らねぇよ。


「ハイドロード」


 サマーがあたふたしている様子にマスクの下で苦笑いを浮かべていると、玲さんが戻ってきた。


「れぃ、っじゃなくて……エージェント・ゼロ、どうした?」

「本部から通達よ。『至急、帰還せよ』ですって」

「あぁ。けど、その前に話しておきたいことが」

「報告なら本部で」


 玲さんは俺の言葉を遮り、サマーから見えない角度で片目をまばたきさせた。


「……了解。すぐ戻る。ではサマー、また会おう!」

「あっえと、は、はい! またいつか……!」


 そのアイコンタクトで、玲さんの指示が彼女のフォローだと察した俺は、サマーに一声かけてその場を後にする。

 いつまでもここにいちゃ、サマーは変身を解かないだろうし、後々、俺と合流するときに支障が出る。ヒューニ達と戦っている間に、俺が何をしていたのかとか、口裏が合うよう考えなきゃいけないしな……。


「……んーくぅぅーー、ねぇ見てた見てた、ミー! ハイドロードさんが私に『また会おう』だってぇ! もうコレ、私もヒーローに認めてもらえたってことかな。そうだよね、いやそうに違いないよねっ!」

《う、うん。どうだろうねぇ……》

「はいはい、喜ぶのは勝手だけど、事情聴取するから付き合ってくれる?」

「了解です!」






【優人、いまどこ? 大丈夫だった?】


 そして時間は進み、ハイドロードのコスチュームを解いた俺は、送られてきたメッセージを見て、ひとり苦笑いした。


(……電話すれば良いのに)


 今、俺がいるのはショッピングモールの外、入口から離れたところにある物陰に立っていた。

 入口周辺はガーディアンズによって規制線が張られ、野次馬と一部メディアが集まっている。けど、建物に設けられたスタッフ専用の出入口の周りには誰ひとり人がいなかったため、俺は人目につかず、こっそり建物から出ることができた。

 これで、後は沙織がモールから出てきて落ち合えば、さもパニックで逸れただけのようにできるだろう。いままで何をしていたかなんてのは沙織もできるだけ避けたい話題だろうし、お互い深く追求しなければ、上手く誤魔化せるだろう。


【モールの外。とりあえず無事だけど、沙織は?】


 疑問文で返信してはみたものの事情聴取中だし、すぐに返事は返ってこないだろうなぁ。


「……それじゃあ次の質問だけど、ヒューニと名乗った少女について、貴女やお付きの妖精は何か知ってるかしら?」

「いいえ、私は何も……。ミーは?」

《ハデスの一員と見て、まず間違いないね。彼女からシクルキやメデューサと同じ邪悪な魔力を感じたよ。でも、それ以上のことはまだ分からないね》

「ミーはハデスの仲間だろうって」

「……そう」


 ハイドロードのインカムから沙織の事情聴取を聞きながら、俺はこの前の四神会議での情報と照らし合わせる。

 なぜ、モールの外にいる俺に沙織の事情聴取が聞こえているのか……それは玲さんがインカムの電源をオンにしたまま、事情聴取をしているからだ。しかも、御丁寧にハイドロードへの緊急無線の周波数に合わせて、だ。つまり、玲さんは他のエージェントにこの通信を送らず、俺だけに聞こえるように細工しているのだ。

 おそらく玲さんなりに気を使ってくれいるのだろう。


「私もハイドロードと一緒に彼女と戦ったけれど、ノーライフと同じく、普通の武器じゃ効果は少ないみたいだったわ。だからガーディアンズとしては今後、彼女の相手も貴女達にお願いすることになるかもしれないけど、頼めるかしら?」

「はい」

「彼女については何か情報が分かり次第、貴女達にも共有するけど、そっちも何かあればこっちに随時報告を頼むわね」

「はい」


 ヒューニと社長のことは、言わないのか?

 まぁ、話して沙織たちが社長の事件の方にも足を突っ込みだしたら事だし、今は特に言う必要もないか。


「最後に、今回の襲撃、相手の目的は何か分かるかしら? やっぱりこれまでと同じく、人々の不安を煽ること?」

「はい。そう、みたいです。あの、ヒューニでしたっけ、あの人もそんなこと言ってました」


 ……ん、なんだ?

 今、沙織の話し方に違和感が……。


「そう。幸い、今回はうまく周りの人を避難誘導できたし、犯罪の誘発も無かったから、その点は結果オーライね」

「はい……あの、そういえば、この壊れたモールって」

「ん? あぁ、修繕の件は、今は気にしなくていいわ。貴女達の魔法を使って直してもらいたいところではあるけど、今から他の二人に集まってもらうのは流石に急すぎるし、直すのは後日で大丈夫よ。時間が経てば元に戻せないっていうなら、急いで連れてくるけど?」

「それは……どうなの、ミー?」

《大丈夫だよ、修復の魔法は、魔法による破壊ならいつどんな場所でも直せるから》

「大丈夫みたいです」

「そう良かったわ…………魔法って便利ねぇ」


 まったくな。

 てか沙織のヤツ、さらっと話を逸らしたな。





 その後、沙織への聴取は終わり、俺はインカムの電源を切った。


 『なぜヒューニが今回襲撃してきたのか』


 その質問に対する沙織の答え方……アレは何かを誤魔化したような言い方だった。

 そもそも沙織の言うように、いつものように人間を恐怖させるだけなら、ヒューニのヤツやメデューサが出てくることもないだろうに……。


「……もしかして、キューティズ達アイツら、何かガーディアンズに隠し事してる?」





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