第16話 ショッピングモール大バトル!②




 ヒューニの大鎌の扱いは目を見張るものがあった。俺も棒術をマスターしているけど、重心が真ん中にあるスネークロッドと違い、大鎌は刃側に重心が傾くため桁違いに扱いが難しい。また剣や刀、槍とも違い、振った時の刃の抵抗も違うので、大鎌の持ち手部分を振りながら、先端の刃で目標を斬るには、刃を振り回すだけの筋力とそれ相応の独特のセンスが必要だ。

 それにも関わらず、ヒューニはペン回しでもするように大鎌を振り回して鎌の刃で斬りかかってくる。刃が俺の身体を斬りそうになるたびにスネークロッドで防いでいるけど、大鎌とスネークロッドがぶつかり合うたび、鉄を打つような大きな音が鳴った。

 パワーも中々のものだ。



 しかし、こう言ってはなんだけど、彼女の動きはハッキリ言って子供騙しだ。



 死神とかのせいで強そうな凶器のイメージがあるけど、大鎌なんて、まったく実戦向きの武器じゃない。

 訓練で対人戦になれているものならば、特殊能力のない人間でも簡単にあしらえる。ガーディアンズの研修中に一通りの格闘技を見せてもらった俺にとっても、彼女の攻撃を防ぐのはそう難しいものではなかった。

 玲さんがうまいことハンドガンで牽制してくれることもあって、防御から反撃に切り替えるのも容易い。



 そんなこんなで、しばらくヒューニの大鎌の攻撃を俺がスネークロッドで防ぎ、合間に玲さんがハンドガンで狙撃する流れが続いた。時折、ヒューニは標的を俺から狙撃する玲さんに変えようとしていたけど、俺がヒューニと玲さんの直線上に回り込むことでそれを防いだ。


「……チッ!」


 ヒューニにしてみれば、俺と玲さんの連携は不愉快なものだろう。舌打ちするのも無理ない。


「アァーもォー、ウッザイ!」


 途端、イライラをぶつけるようにヒューニは大鎌をブン回した。

 けどただ単純に癇癪を起したわけでもないらしい。大鎌から生じた風圧が斬撃となって辺りに飛散したのだ。


「おぉ!」


 漫画みたいな芸当に俺は思わず声を洩らす。

 斬撃は辺りの床や壁、柱、店の陳列棚を破壊した。当然俺や玲さんに向かっても飛んできたけど、玲さんはその場から飛び退いて身をかわし、俺はロッドを回すだけで防ぐことができた。流石にアルティチウム製のスネークロッドを壊すほどの威力はないらしい。

 しかし、今の斬撃……魔法か?

 まさかホントに鎌風を飛ばしてるわけじゃないだろうし……。


「……おっと!」

「このォォ!」


 斬撃を飛ばしてもヒューニの怒気は治まらず、彼女は俺に向かって大鎌を振り回す。彼女の大鎌とスネークロッドがぶつかる音が、まるで爆竹でも爆ぜたみたいに大きくなった。

 彼女の攻撃は先ほどより力任せになり、パワーが増している。


「ハァ、フッ、このォ!」

「ッ! クッ! 危なッ!」


 てか、ヤバい。大鎌を受け流すたびに俺の筋肉が軽くきしむ。

 一体その細身の身体のどこにそんな力があるんだか……。


 そんなことを考えている瞬間も、俺とヒューニの攻防が続く。

 俺が後ろに下がって攻撃を避ければ、ヒューニは前に踏み込んで追撃してくる。追撃できないくらいまで距離を取ったら、今度は大鎌を振って鎌風を飛ばしてくる。

 形勢としては、少し押されている形だ。


 けど、こんな怒りに任せた力技の攻撃がそう長く続くわけがない。

 今は攻撃をすべて受け流して、やがて力尽きた所を狙う。


 俺がそんな風に作戦を考えていると、途端に大鎌を振るうヒューニの口がニヤリと歪んだ。


「ほらほら、早くしないと“愛しの幼馴染”がシクルキあのバカにやられるわよ!」

「……は?」


 今コイツなんて言った?


「確か名前は、夏目沙織、だったかしら?」

「……何の話だ?」

「フフフッ」


 惚けてみたけど、ヒューニの顔に張り付いたダークな冷笑と確信は消えなかった。

 瞬間、手に持っていたスネークロッドが大鎌の刃に弾かれて、あらぬ方向へ飛んでいった。


「しまった!」


 油断した。

 態度には出さないようにしてたけど、思った以上に俺は動揺していたらしい。


 そんな俺の隙を逃さず、ヒューニは畳み掛けるように大鎌を振るって俺の足を引っかけ、倒れた俺を踏みつけて抑え込んだ。


「どうやら、あなたの方が一足早く私にやられるみたいね、ハイドロード……いいえ、水樹優人くん」


 ……マジかよ。


 口調が妖艶だったことなど正直どうでもよく、俺はヒューニが自分の名前を呼んだことに心の底からドキッとした。


「……お前ぇ」


 俺は反射的に低い声を出してヒューニを睨んだ。マスク越しだから表情なんて見えないだろうけど、おそらく今の俺は、かなり目つきが悪くなっていると思う。

 俺の聞き間違いでなければ、コイツは今、どういうわけかサマーの正体だけでなく俺の正体も口にした。


「どうしてそれを……?」

「そんなこと、どうでもいいじゃない」


 よくねぇーよ!


「どうせ貴方は、ここで死ぬんだから!」


 そう言いながら、ヒューニは大鎌の刃を俺に向けて持ち上げ、一気に振り下ろした。


「ハイドロード!」


 玲さんの声が響く。

 首を上げて見ると、玲さんの姿の代わりに、水の入った2リットルペットボトルが視界に入ってきた。

 どうやら玲さんがその辺から、あるいは本部から持ってきてくれたらしい。


「だから常備してなさいって言ってたのに!」

 

 そう言うのは簡単だけど、水の入ったペットボトルって意外にかさばるのですよ。それに、その辺のコンビニや自販機でゲットできるし……。


 ……いや、ごめんなさい。今度から常備しておきます。

 持ってきてくれてありがとうございます。


 なんて、心で玲さんに謝罪と感謝をしながら、俺は飛んできたペットボトルの水に意識を飛ばした。

 ありがたいことにペットボトルのキャップは外してある。

 玲さん、サポートがパーフェクト過ぎる……。


「ありがとうございますホント」


 俺の意識下に入った水は、ペットボトルの中から飛び出して、ヒューニに向かって飛んだ。

 2リットルの水、つまり2キロの重さのある物質がぶつかる衝撃というのは……まぁ、速度にもよるけど……結構なもので、ヒューニの振り下ろそうとした大鎌の刃は、俺の飛ばした水に弾かれた。


「なに!」


 ヒューニが踏みつけて抑えていた俺への拘束が外れ、そして同時に、彼女の持っていた大鎌が床に突き刺さる。

 俺は跳ね起きて、転がっているスネークロッドのところに行き、そのまま流れるように手にして構えた。


「チッ!」

「まだまだぁ」


 俺にトドメを刺し損ねたことに気を悪くしたようでヒューニは大きな舌打ちをしたが、あいにく俺の制御下にある水は彼女の周りに飛び散っている。

 いつぞやの時のように、俺は飛び散っている水を縄状に操作してヒューニを拘束するように仕掛けた。今回、水は彼女の身体をすり抜けることなく、手首と腰部に巻き付いて、あっという間に拘束した。


「ふん、またコレ?」


 すると突然、ヒューニの身体やドレスがどんどん黒く染まってていった。正確に言うと、彼女の全身が闇に包まれているような感じだ。やがて、水で拘束していた彼女の身体が形を無くしていき空気の中に消えていった。俺が操っていた水も拘束対象を失って弾け飛んだ。


「これは……!」


 ひょっとしなくても、魔法か?

 あの時も、こうやって避けたのか。これじゃあ、拘束するのは一苦労だな。


 それにしても、コイツ、どうやって俺たちの正体を……。


 いやいや、とりあえず今は連行するのが先だ。どこで知ったのか訊くのは、本部ですれば良い。

 問題は、どうやって捕まえるか……。


「フフフフッ!」


 警戒しながら辺りに目をやるが、声は聴こえても姿は見えず……。


「……ッ!」


 ふと、足下で不自然な形に空気が流れるのを感じた俺は、眼だけで視線を下に移した。

 すると床が、いや床に差した“影”が異様に色濃くなっていた。そして、俺がその異変に気が付いてすぐに、その影の中から大鎌の刃が生えてきた。

 俺は瞬時に足を踏み込み、その場から跳び退いた。次の瞬間には、その刃がつけたと思われる大きな傷が床に走る。


「……“影”か」

「フフっ、正解」


 ニヤリと笑いながら影の中からヒューニが現れる。

 どうやら彼女には自分の身体を影に溶け込ませ、移動する力があるらしい。


「魔法ってなんでもありなんだな……」


 影を捕まえるなんて雲を掴むことより難しい、ハッキリ言って無茶苦茶だ。

 これがヒューニの魔法なら、彼女を捕らえるには本人を気絶させて連行するくらいしかない。


「……参ったね全く」


 俺は内心で頭を抱えなから、作戦を考える。

 幸い、この場にいるのは、俺ひとりじゃない。


 ……“餅は餅屋”だ。


 俺が彼女を捕らえる作戦を練り上げた途端、遠くの方で大きな爆発が起こった。




 ***




 一方その頃、俺と玲さん、ヒューニが戦っているすぐ近くで、サマーとシクルキの戦いが行われていた。


「ハァァ!」

「シャァァ!」


 二人の振りかぶったロッドと鎌の手がぶつかり合って接触部分から何度も火花が散る。


「サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」


 サマーの放つ弾丸がシクルキに当たり、爆炎を発生させる。弱いノーライフなら一撃で倒せる威力のある魔弾だけど、これまでのシクルキとの闘いで何十発と使ってきたサマーは、今の直撃でシクルキを倒せたとは思っていなかった。


「無駄だゴミがッ!」

「もう、しぶとい!」


 効果が薄いと分かっていても、何度も同じ結果になることにサマーはイライラし始める。

 爆発の土煙から姿を現したシクルキは、身体は汚せどダメージらしい傷は与えられていなかった。


「大人しくラッキーベルの在処ありかを言いなァ!」

「誰が言うもんか!」

「じゃあ死ねェェ!」


 シクルキのギザギザした鎌の腕が開き、剣で斬りつけるみたいに腕を振るう。だが、その動きは全て単純だ。サマーは、そのシクルキの大ぶりな斬撃をすべて躱していく。

 何度斬りつけても、シクルキはサマーに攻撃を当てることができない。代わりにショッピングモールの床や壁、お店に並べられた商品や陳列棚が破壊されていった。


「サマー・シャイン・チャー、うぉぉっと!」


 そんな中、反撃に転じようとしたサマーだが、次々と襲いくるシクルキの攻撃に呪文を演唱を遮られ、なかなか反撃できないでいた。


「シャァァ!」

「うぁぐっ!」


 やがてシクルキの一撃が瓦礫を吹き飛ばし、サマーに直撃した。ダメージは無いようだけど、シクルキにとって追撃のスキができた。


「シャッハァーー!」

「やばっ!」


 斬られる、サマーは一瞬覚悟した。そして反射的に、目を閉じて衝撃に備えて身構えた。


「ドワッ!」


 しかし次にやってきたのは、鎌の斬撃でも投擲された瓦礫でもなく、シクルキの短いうめき声と瓦礫が転がる音だった。


「……えっ!」


 いつまで経っても衝撃が来ないことに疑問を覚え、サマーはゆっくりと目を開いた。

 すると、先ほどまで目の前にいたシクルキの姿はなくなっていた。どこへ行ったのかと辺りを見渡すと、なんとシクルキは店の一角に転がっていた。

 イライラしながら息を切らせているヒューニと共に……。


「何してやがるヒューニッ!」

「うるさいわねェ!」


 瓦礫とヒューニに挟まれ、シクルキは悪態をつく。

 この前の四神会議でヒューニはハデスの一員だと聞いたけど、どうやらヒューニとシクルキ、あるいはハデスのメンバー間にまともな仲間意識はないらしい。


(あの人の動きが急に変わった。どうして……まさか、はじめの動きは私の技量を知るための探りだったっていうの。それに、私の影の魔法、身体を影化しているときは、どんな物理的な攻撃も寄せ付けないけど、代わりに、こっちも攻撃できないことが見抜かれてる! これが戦闘経験の差……!)


 ヒューニが恨みのこもったような眼で、こっちを見ている。

 何を考えているのかは知らないけど、追いつめられて相当胸くそ悪くなっているようだ。


「チッ、バカにしてェ……!」


 怖いねぇ。

 馬鹿にしたつもりなんて欠片もないのに……。


「ハイドロードさん!」


 急な状況の変化に、少しポカンとしていたサマーだったけど、俺の方を見て、ようやく事の理解が追い付いてきたようだ。


「サマー、今だ!」

「えっ……あっはい!」


 返事に間があったけど、俺の意図を理解してくれたらしく、サマーは自分の杖を持ち直す。


「サマー・シャイン・チャージ!」


 サマーは呪文を唱え、清らかな光を輝かせながら青色の魔力が杖の先に収束していく。

 やがて光が最大限まで集まると、サマーは杖を掲げ、攻撃の対象であるヒューニとシクルキに杖の先を向けた。その際、杖の先端から零れる光の粒子が装飾のようにキラキラ輝いていて、まさに魔法少女って感じになっていた。


「サンフォース・ストライク!」


 その呪文が所謂発射の始動キーなんだろう。轟音を響かせ、波動砲のような魔力の光線がサマーの杖から放たれた。

 眩しく太く青い光線は、まっすぐヒューニ達に向けて直進し、あっという間にのみ込んでいった。

 青色なのが少し気になったけど、“太陽の力”と言うだけあって、その威力は凄まじい。

 やがて放たれた光線は徐々に細くなっていき、サマーが杖を下すとプツリと消えた。


「はぁ、はぁ……ふぅぅ」


 必殺技を出して疲れたのか、サマーが呼吸を整える。その間に俺は、もしもの時の反撃を警戒して、二人のいたところを注視する。光線が通った所は荒れているけど不思議と焦げ跡とかはない。熱も感じない。あるのは瓦礫と舞い上がった土煙だけ。光線の跡というより、横向きの竜巻が通った跡って感じだ。

 やがて、徐々に土煙が流れていき、ヒューニの姿がハッキリ見えた。


「ハァ……ハァ……ハァ……クッ!」


 ヒューニは自身の大鎌を杖代わりにして体重を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。“餅は餅屋”ってことで、サマーの魔法攻撃を当てるように仕向けたのは俺だけど、思っていたよりもサマーの攻撃が強力だったため、一瞬、ひょっとして死んだかも、と心配していた。

 身なりは、だいぶボロボロになっているけど、生きてるようで、とりあえず一安心だ。

 今の彼女は隙だらけ、捕らえるのも簡単そうだ。


「……悪いな」

「なっ、ハイドロっ!」


 俺の名前を口にしようとしたヒューニだけど、途中で言葉が途切れる。

 俺が操った水で彼女は口元と鼻を覆い、発声できなくさせたせいだ。

 普通、水で口や鼻を覆われたらならボコボコと空気が漏れ出て肺の方へ流れ、溺死するが、俺の場合は、その流れを起こさず、強制的に呼吸を止め、低酸素症で気絶させる事ができる。勿論、そのまま呼吸を止めれば死ぬが、気絶後すぐに操った水を取れば、自発呼吸で死ぬことはない。

 絵面はなかなか残酷だが、当て身で気絶させるより確実かつローリスクだ。


「ガッ、グゥ、ッッ……」


 サマーのダメージによる疲労と驚いて気を乱したこともあったからなのか、一分もしない内に、ヒューニは気を失いバタリと倒れた。


 これで、彼女を本部に連れてけば、俺の任務は達成だ。

 影の魔法は厄介だけど、本部なら何かしら彼女を拘束する方法や装置があるだろう……。


「グアアァァァ!」


 俺が倒れたヒューニに歩みより口元と首元に手をやって生死と呼吸の有無を確認した途端、近くから腹の底から響かせたような咆哮が聴こえてきた。

 目を向けると、シクルキが鬼のような形相で襲ってきていた。


「うるさい!」

「グハッ!」

「……あっ!」


 やべっ、つい反射的に蹴り飛ばしてしまった。

 いや、まぁ敵だし、それに襲ってきたのは向こうだし、別に良いんだけど……。


「お、おのれェ、よくもォ……よくもォォォォ!」


 蹴飛ばしたシクルキは、その場に倒れたまま顔だけこっちに向けて、血走ったような眼で俺を睨み、殺気をぶつけてくる。

 ヒューニ以上に身体中ボロボロで、よく見ると片腕が無くなっている。


「殺すッ! 殺してやるッ! 魔法少女クソガキもッ、テメェ等人間もッ、全員まとめて地獄に送ってやるッッ!」


 見るからに死にかけって感じなのに、お元気ですこと。

 普通、片腕取れてたら傷みに悶えそうなものだけど……。

 いや、虫には痛覚が無いんだっけ?


「そこまでにしておきなさい、シクルキ」

「ッ! おわッ!」


 瞬間、背後から殺気を感じて、俺はその場から飛び退いた。だが反応が遅れてしまい、攻撃の爆風に押され吹き飛ばされた。

 倒れ込みながらも受け身を取って、すぐに振り返ると、目を向けた先には暗黒空間につながったような黒い渦があった。その渦の前には人間の上半身と蛇の下半身をした女怪人が立っていた。

 その女怪人……メデューサのことは、沙織サマーから玲さんガーディアンズへの報告を聞いて知っている。


「邪魔すんな!」

「あらぁ、幹部の私に逆らうつもり?」

「なっ……クッ!」


 メデューサの冷めた笑みに、さっきまで怒り狂っていたシクルキが不気味なくらい大人しくなった。

 メデューサは魔法らしき力を使って、ボロボロになったシクルキと倒れているヒューニの身体を浮遊させた。


 ヤツら、逃げる気だ……。


「ちょっと待ちなさい!」


 サマーが叫びながら杖を振って魔法を放つ。青い光の球体は魔弾となってメデューサたちに向かって飛んだ。


「ふん、無駄無駄ぁ!」

「アイタっ!」


 しかし、魔弾はまるでメデューサから逃げるように弾道を変え、俺を襲った。

 着弾するのと同時に魔弾は爆ぜ、俺の身体に爆発の衝撃と痛みが走る。衝撃によって俺の身体は宙を浮き、10メートル以上の距離を派手に吹き飛んだ。


「ハイドロードさん!」

「イテテぇ」


 幸い、強固な装甲のおかげでダメージは少ないけど、魔法少女の力が強いのか、それともメデューサが弾道を変えるときにパワーを加えたのか、思いのほか魔法ってのは強力だ。まるで普通乗用自動車が突っ込んできたみたいだ。


「ふふっ、じゃあねぇ!」


 シクルキとヒューニを黒い渦の奥へと連れて行くと、メデューサは馬鹿にしたように笑いながら、後ろを向く。文字で現したら語尾に音符マークでもつけたような言い方だった。

 そして徐々に渦が小さくなっていく。ここまで来ると、俺たちに奴らの足を止めるすべはない。

 完全に、逃がしてしまった。


「くそっ!」

「逃げられた」

「いや、まだまだ」

「「えっ!」」


 俺とサマーは揃って声を洩した。


「玲さん?」

「これだけ暴れておいて、タダで帰すわけにはいかないでしょ」


 サマーの横に立って、玲さんは淡々とした口調で呟き、何かを肩に背負う。

 その玲さんが肩に背負っているモノを見て、サマーは目を見開き思わず後退りした。


「なっァァ、ロケットランチャー!」


 細長い筒状の銃身と二つの持ち手……サマーが言ったように、玲さんが持ち出したのはロケットランチャーだ。

 RPGのような形をしているそのロケットランチャーの側面には、ガーディアンズのロゴが入っている。それはスネークロッドと同じく、本部の開発班が作った武器のひとつだ。


 本部から持ってきていたんだろうけど、今まで一体どこに隠してたんですか?

 てか、ロケランって、こんな距離で撃つものじゃ……。


「ハデスさん、忘れものよ」


 俺が口を挟むも間もなく、玲さんは鋭い眼光でスコープを覗きながら、小さくなっていく黒い渦へ銃口を向け、引き金を引いた。

 爆音を轟かせ、ロケット弾が発射される。弾は一直線に飛んで行き、吸い込まれるように黒い渦の中へ入っていった。まるで裁縫針の穴に糸が通るような見事な射撃だ。渦の中へ飛んだロケット弾は、あっという間に俺たちの眼から見えなくなる。

 ロケット弾の発射から渦の中に消えるまでは僅か一秒足らず、そして次の瞬間、渦の奥の方で大きな爆発音が聴こえた。

 本来なら、ロケットランチャーの射程距離は数百メートルほど。こんな距離で射撃と着弾をすれば、撃ち手の玲さんや俺たちも爆発にまき込まれる。

 けど、衝撃が来る前に黒い渦が縮小して目の前から消滅したおかげで、その心配は杞憂に終わった。

 消えた瞬間、爆発の火と風がちょっとだけ漏れ出ていたけどね……。


「や、やったぁ、んですか?」

「さぁ、どうかしらね……」


 サマーが呆気にとられながら、玲さんに訊ねた。

 ロケット弾が当たったのか、そして奴らにダメージはあったのか、渦の向こうでの出来事で確認ができないため、玲さんがそう答えるのも無理ない。

 まぁ、ヒューニ達を逃がした形になったけど、一矢報いた、のかな……?


 いやはや、それにしても……。


「……え、エグい」


 俺はマスクの下の表情を引きつらせ、ボソリと呟いた。



 こうして、ショッピングモールの戦いは幕を下ろした。





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