第20話 また来た
夜、場所は俺の家。
母さんがリビングでゆっくりし始めたのを機に、俺はさりげなく二階へと上がり、自分の部屋へ入った。声が漏れないよう、ドアもしっかりと閉めた。
この時間帯になると、母さんはドラマを見るのにテレビの前に釘付けになる。そしていつも通り、父さんの帰りは遅い。あと一時間くらいは帰ってこないだろう。
当分、横やりの入らない環境になったことを確認して、俺はバイト用のケータイを取り出す。ボタンを操作して、選択したのは着信履歴の中にあった一番新しい番号だ。
呼び出しのコールが数回鳴った後、プツリと音が鳴って電話が繋がった。
『どうしたの?』
「すみません、夜分に。少し報告することがあるんですが、今って時間大丈夫ですか?」
『えぇ、大丈夫だけど、長官じゃなくて私にってことは、あの子達がらみ?』
「まぁ、そうですね。一応、明智長官にも報告したんですけど、玲さんへも俺から伝えといてくれと」
『そう。それで、何かあったの?』
前置きも早々に、番号の人物……玲さんと俺は本題へ移った。
「実は、今日の昼、ヒューニが俺のところに現れたんです」
『やっぱり来たのね』
想定通りと言うような口調で玲さんはサラッと言った。
『確保できた?』
「すみません、逃がしました」
『被害の方は?』
「いえ、これといってありません。そもそもまともに戦ってなくて、ヒューニのヤツは偵察を目的にやってきたみたいです」
『そう。何かマズい情報でも知られた? といっても、貴方の場合、自分の正体以上に知られてマズいことなんて無いでしょうけど』
「えぇ、それも特にありません」
強いて言えば、俺や沙織の交友関係くらいか。けど、それも俺の正体が知られれば、遅かれ早かれ芋づる式にバレることだっただろう。
『他には、何かあった?』
「えぇ。ひとつだけ……」
他に話すことは、あるといえばある。というか、それが本題中の本題だ。
けど、この話……するべきかどうか、正直、迷う。明智長官には放課後に話したけど、その時もあまり気は進まなかった。
「ヒューニは、『ラッキーベルがどこにあるのか知ってるか』と、俺に訊いてきたんです」
俺は一呼吸おいた後、意を決して口を開いた。
これで玲さんから誤魔化すような反応が返ってきたら、少し面倒だ。
『ラッキー、ベル? 何それ?』
「どうやらヤツ等は、それを探してるみたいです」
『いや、だから何それ?』
「……明智長官から聞いてないですか?」
『えぇ、まったく』
取り繕うような反応じゃない。やっぱり玲さんも知らないのか。
ちなみに、明智長官に訊いた時の返事は「そんなものは聞いたことがない。なんだそれは?」だった。でもあの人はでき過ぎてて、演技だったとしても俺程度では見抜くことができない。
「すみません……ヒューニが言ってたことなんで、ホントかどうかは分からないんですけど、ラッキーベルっていうのは、ハデスがこっちの世界に来る時のゲートを誘導する装置、だそうです」
『ゲートって、あの黒い渦のことよね?』
「はい」
『それを誘導するってことは、つまり』
「高宮町だけにアイツ等が現れてるのは、そのラッキーベルのせいってことです」
『……
「えぇ、多分」
『明智長官はこのことについて何か言ってた?』
「いいえ、特に。必要以上に誰かに話すなとは言ってましたけど、最終的な判断は俺と玲さんに任せるって」
『そう……』
「…………」
『…………』
何か考え込んでるのか、その相槌を境に、しばらく玲さんから返事が聴こえなくなった。
自然と俺も玲さんの返事を待つ形になる。
しかし、三十秒ほど経っても何も言ってこないので、俺はいよいよその無言の時間に耐え切れなくなった。
「もしもし?」
『…………』
「……もしもーし?」
『…………』
「…………」
『…………』
「hanged up?」
『聞こえてるわよ』
あぁ、そうですか……。
『とりあえず、話は分かったわ。あの子たちがどんな理由で、そのラッキーベルっていうのを隠してるのかは分からないけど、変に問い詰めると彼女たちとの関係が危うくなるかもしれないから、私は、今はまだ静観しておくべきだと思うの』
まぁ、そうなるよねぇ……。
『貴方は、どうするつもり?』
「俺も玲さんの意見にだいたい賛成です。とにかく、情報収集を兼ねて俺も独自に動いてみます。何か分かったら随時連絡しますよ」
『分かったわ。お願いね』
報告することをすべて伝え終え、俺は「それじゃあ失礼します」と言って電話を切った。
結果、長官や玲さんは本当にラッキーベルのことを知らないようだった。となると、沙織達が玲さんに話してないってことになる。
ラッキーベル……一体それは、どんな見た目で、どこにあるのか、そして何故沙織達はそれをガーディアンズにまで秘密にしているのか。そもそも、沙織達が訳があって隠しているモノを俺たちが暴いて良いものだろうか……。
現状では、分からないことが多過ぎる。
「……どうしたもんかなぁ」
俺は深いため息をついて、ケータイをベットに放り投げた。
***
翌日、俺は昨日と同様、食堂で昼飯を食べていた。俺は学食のサバ味噌定食、沙織はきつねうどん、葉山は購買のパンだ。
「そういえば、キャロルがまた新作メニュー出すってさ」
「えっホント!」
「どこ情報だよソレ?」
「軽音部の先輩」
「女子か?」
「当然!」
「……はぁ」
「まぁ、葉山君だしねぇ……」
俺はため息をついて、沙織は苦笑いした。
しゃべる内容に違いはあれど、一緒にいるメンツや頼んだメニュー、座席の位置など、思い返せばほとんどが昨日と同じな気がする。
行動がパターン化するのも良くないし、明日はラーメンでも食べようか……。
「……んぐっ!」
なんてことを思っていたら、ふと昨日受けた“違和感”と同じ感覚が俺を襲った。
「ん? どうしたの優人?」
「まーたサバの小骨が引っかかったか?」
「あぁ、まぁそんな感じ、ゲホゲホっ!」
沙織と葉山を適当に誤魔化して、食後、俺はまた二人と別れた。
こんなことまで昨日と同じにしなくていいのに……。
俺はミネラルウォーターのペットボトルを片手に、また屋上へとやってきた。
扉を開けると、目の前には漆黒のドレスを着た少女が腕組みしながら立っていた。
今回は影に潜むこともなく、堂々と姿を現している。フェンスに寄りかかっている姿は、なかなか様になっていた。
「まさか二日連続でお前が来るとは思わなかったな」
「私も二日連続で貴方がサバ味噌を食べてるとは思わなかったわ」
悪いかよ。
実は、四日連続だったりするけど、なにか問題あるか?
「なに貴方、サバが好きなの?」
「どうでも良いだろ」
「まぁ、そうね……けどぉ、ククッ、他にもメニューがあるのに二日連続で同じメニューとか、普通頼むぅ? しかもサバ味噌って」
「良いだろ、別に……」
いつ仕掛けられても対応できるように警戒しながら、俺はヒューニを睨みつけた。
けど今の彼女には殺気は愚か、敵意すら感じない。
小馬鹿にした笑みが地味にムカつくが、まるで通りかかったついでに知り合いに挨拶でもしに来たような態度だ。
「んで、今日は何の用だよ。ラッキーベルとやらについては知らないって言ったはずだぞ」
「あぁ、それについては、もういいわ。貴方の組織が何も知らないのは大方察しがついたし」
そんなに分かりやすい反応してたか、俺?
「じゃあ、何の用なんだよ?」
「……ふふっ」
ヒューニは後ろで手を組み、歩幅を大きくして歩きながら、俺の方へゆっくりと迫ってくる。その若干のあざとさを感じる動きと敵意の無さは、俺の警戒心を強く煽った。
そして俺が、あと一歩近づけば攻撃に転じようと思ったところで、ヒューニは足を止め、俺の顔を下から覗き込むように腰を曲げた。
「私と組まない?」
「……は?」
なに言ってんの?
「私と貴方なら、きっと上手くやれる気がするの」
「訳わかんねぇ。何たくらんでるのか知らないけど、敵のお前と組めるかよ」
俺が拒否すると、ヒューニは前屈みになっていた身体を伸ばして、まっすぐ俺を見る。その表情に変化はなく、相変わらず怪しげな笑みを浮かべていた。
「そうかしら? 例え敵同士でもお互いにメリットがあれば、手を組む価値があるとは思わない?」
「……メリット?」
「貴方達、雪井彰人を探してるんでしょ?」
「あぁ」
「貴方が私と組んでくれれば、彼の居場所を教えてあげてもいいわよ」
雪井彰人は、現在、悠希が血眼になって探している。
彼女はハデスと雪井のパイプ役を担っていたし、雪井の居場所を知っていてもおかしくはない。
雪井とは仲間というわけではなく、あくまで利害関係だったというし、俺たちがマージセルのプラントを潰した今、関係を切ったところで、大した被害もないのだろう。
こちらとしても、取引の対価としては、まぁ妥当なところだ。
けど問題は……。
「お前の目的は何なんだ。俺と手を組んで一体何をさせる気だ?」
「それはまだ言えない。貴方が私と手を組むと約束してくれれば、話してあげるわ」
「……はぁ」
俺は大きくため息をついた。
この取引において、最も重要となる部分を明かさないとは、まったくもって話にならない。
「なら断る。そんな不明瞭な条件で、引き受けられるか」
「あらそう、残念ね。ならいいわ」
そんな言葉とは裏腹に、やけにあっさりと彼女は諦めた。
その妙な諦めの良さに、俺の眉が無意識に歪んだ。そんな俺の反応が面白かったのか、ヒューニは口の端をつり上げてニヤニヤと笑う。
「……気持ち悪いぐらいあっさりだな」
「そんなに急ぐ必要もないもの。でも手を組みたくなったら、いつでも言いなさい。待ってるわ」
「一生、待ち惚けてろ、アホ」
しかし、コイツは雪井の居場所を知ってるのか。
悠希が知れば、力ずくで聞き出しに来るだろうな。
「それじゃあ、この話は置いといて」
「まだ何か?」
話はついただろ、もう帰れよ!
「あなた、あの青の子と付き合ってるの?」
なんか、急に下世話な話になったな……。
彼女の言う『青の子』とは、言わずもがな沙織のことだろう。
小さい頃から散々周りから訊かれてきたことだが、まさか敵からも訊かれる日が来るとはな……。
「付き合ってねぇよ」
「ホントにぃ? 照れ隠しで嘘ついてるんじゃないのぉ?」
なんでそんな気安い感じなんだよ。俺とお前は友達か?
「実は、密かに恋心があるとかぁ?」
「ねぇーよ」
「自分以外の異性といるところを見るとイライラするとか?」
「ないない」
「思春期の性欲に任せてヤり合ったとか?」
「おい、冗談なら笑えるヤツだけにしとけ」
「つまんないわねぇ。フフフッ」
その割には、どことなく愉快そうに見えるのは気のせいか?
束の間、嫌悪感の混じった眼でヒューニを睨んでいると、やがて校舎中のスピーカーからキーンコーンっと予鈴のチャイムが鳴った。
「今日はここまでね」
すると、ヒューニは身を翻した。足元の影がじわじわと昇っていき彼女の身体を侵食している。
そして顔だけでこっちを見る形で、ヒューニは俺に眼を向けた。
「じゃあまたね、水樹優人君」
そう言い残して、ヒューニは昨日と同じく影の中へ消えていった。
「……はぁ。できれば、もう来ないでほしいね」
俺はまた大きなため息をついた。
俺のどんよりした気分とは対照的に、屋上から見上げた空は青く澄んでいた。
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