第13話 四神会議②



『どうかしたか、水樹?』

「あぁいや……」


 立体映像の松風さんが俺の方へ顔を向けた。一体、彼の方ではどういう風に俺たちが見えているのだろう。向こうもこっちの様子を立体に見ていると考えなければ、松風さんの顔の向きと俺たちの位置が合うことが説明できないのだけど……。

 まぁ、今はどうでもいいか。


「実は俺、この前この人と会ってまして……」

「なに?」

『ほぅ』


 悠希が眉を歪めて驚き、松風さんは面白そうに声を溢した。火野さんからは特に反応は返ってこなかったけど、何を考えているのか、腕を組んでずっと渋い顔をしていた。


「その話は、エージェント・ゼロを通して私も把握している。この少女については、エージェント・ゼロの任務である“変化人間”の件にも関係していたため、今回、彼女にも会議に参加してもらった」


 “変化人間”とはガーディアンズ内での魔法少女の呼称、つまりマジック少女戦士キューティズのことだ。なんでも、キューティズが高宮町で活動を始めた当初、ガーディアンズ内で彼女達のことをどう呼ぶか決める際、魔法少女と呼ぶのは子供っぽいとのことで、そう呼ばれるようになった。主に、明智長官と火野さんの意見だけど……。

 まぁ、こんな風に組織の雰囲気との兼ね合いで、呼び名が決まったり取引企業が選別されるのは、ままあることだ。


「ふーん。それで?」


 悠希がテーブルに肘をのせ、頬杖をつきながら長官に訊ねる。


「誰なんだよ、この女?」

「名前はヒューニ。ハイドロードの報告では、彼女は自分の事を『魔法使い』だと言っているらしいが、おそらく、変化人間と同義だ」


 あぁ、やっぱり明智長官も同じと見なしたか……。

 まぁ、魔法という未知の技術を使っている点では同じようなものだから、仕方ないか。


『この娘と水樹の彼女の写真を、AIで特徴を抽出して比べてみたが、コスチュームに限っていえば、約85%の確率で一致しておるぞ』


 おい、ジジィ。誰の彼女だって?


 松風さんの前には、ヒューニの写真と沙織(キューティ・サマー)の写真が投影され、その上に何かのゲージと『85.77%±1.54%』という数字が表示されていた。

 ジジィのくせに、本当にハイテクな人だな……。


『年齢推定もやってみたが、10代後半から20代前半と出た』


 範囲ひろッ!

 全然あてにならねぇよ……。


「あてになんねぇなオイ!」


 悠希も俺と同じ指摘をする。


『目元のクマのせいで正確な推定ができんのじゃよ』

「まぁ、たとえ正確な年齢が分かったとしても、姿が変えられるんじゃ意味ないだろう。警察や役所にあるデータベースの顔写真と照合しても一致する人がいるかどうか……」

『もうやっておる。該当者おらずじゃ』


 火野さんが話している間に、松風さんが照合結果をはじき出す。

 いつの間にか先ほど表示したコスチュームを比較した確率の横に、無数の小さな顔写真と『完全一致なし』という文字が表示されていた。

 ちなみに、この松風さん……というかガーディアンズで使われている顔認識システムは、過去キューティズの判定もできなかったので、あまり期待はしていなかった。



「彼女の正体については今回の会議ではどうでもいい。以後、ガーディアンズでは彼女のことを高宮町の少女たちと同じく変化人間として扱うが……」


 あらら、せっかく自称『魔法使い』って言ってたのに『魔法少女(亜種)』にされた……ま、いっか。


「この変化人間は、つい先日、ハイドロードの前に姿を現したが、我々はわけあってハイドロードの報告を受ける前に、彼女の存在を認識していた」


 えっ、マジで?


 俺達が意見や質問を投げ掛ける間もなく、長官はテーブルの電子端末を操作して、ある映像を投影した。

 映像には、どこかの作りの良い部屋と二人の人物が写っていた。

 一人はきっちりとしたスーツを着て、もう一人は死神が持つような大鎌を片手に、黒いドレス姿で立っている。

 言わずもがな、雪井彰人とヒューニだ。スーツ姿の社長はともかく、正直、部屋の雰囲気と彼女の格好が合ってなさすぎて違和感がすごい……。


『どうやら、仮面ファイターが乗り込んできたようよ』

『まったく、邪魔をしないで頂きたいですねぇ』


 社長が身をひるがえして部屋から出ていこうとした所で、映像が停止された。


「これは、ファングが雪井製薬会社に突入した時の社長室に設置されたカメラの映像だ。見ての通り、雪井とこの少女は、何かしらのつながりがあったようだ」

「あの時、このクソ野郎を逃がしたのもコイツの仕業か?」

「おそらくな……」


 俺と悠希で社長を追い込んだあの時、悠希が社長を追おうとしたのを邪魔したヤツがいた。あれの正体がこの人というわけか……。


「……上地、落ち着け」

「なんだよ、何も言ってねぇだろ!」


 悠希が不服そうに火野さんを睨むが、さっきから彼女の握りしめた拳の力が強くなっている。

 何も言ってない、といえば確かにその通りだけど、態度が口ほどにものを言っている。微かに殺気もまじってる。


「雪井製薬会社のデータベースに、彼女の情報も少しだけあった」


 今度はテーブルに今まで現れたノーライフの一覧画像が表示される。

 すると、その一覧の中にあったシクルキの画像がアップにされ、ヒューニの写真にラインが引かれた。


「彼女は高宮町の変化人間の敵の一味だという記録が残っていた。彼女をパイプにして、多くの金が雪井製薬会社に入ってきていた。雪井はそれを財源にマージセルの生産を行っていたらしい」


 魔法少女の敵組織が、まさかの仮面ファイターの敵のスポンサーか……。


『魔法少女の敵……名前はなんて言ったかな、滝沢君』

「ハデスです」

『そう、ハデス。ギリシャ神話の冥府の神が日本政府崩壊を目論むブラック企業と手を組むとは……なんとも面白ものよ』


 松風さんは顎髭を撫でながら、愉快そうに笑う。

 意外と日曜の朝の番組でありそうな話ですけどね。


「ハデスが雪井彰人に手を貸していた理由については、互いに利害が一致したからだと思います。ハデスの目的は人々に絶望を与えることですので、マージセルを使って変異者が暴れれば、世間に不安をつのらせることもできると考えたのでしょう」


 説明どうも、玲さん。


「なぁ、なんでコイツはクソ野郎を助けた? マージセルのプラントは潰したし、もう用済みだろ?」

「さぁな。ヤツにまだ利用価値があると判断したのか、その辺の理由は不明だ」


 長官は「そこで……」と口を開き、悠希の方から俺と玲さんに目をやった。


「エージェント・ゼロ、それとハイドロードには、今後、高宮町の変化人間たちの動向をしっかりと見張ってほしい。ハイドロードの報告から判断して、このヒューニと呼ばれる変化人間が、彼女達と接触する可能性は十分あり得る」

「了解」


 長官の指示に、玲さんが短く返事をした。


「ヒューニの対応は、どうします?」

「見つけ次第、拘束、連行しろ。雪井彰人の居場所を聞き出して、後はその時に判断する」

「了解です。彼女について他に情報は?」

「それを探るのも君たちの仕事だ。現時点では変化人間であることと雪井彰人と関係があることしか、まだ情報がない。彼女の正体や高宮町の変化人間との関係の有無、なんでもいい、新たなことが分かり次第、報告しろ」

「了解」


 魔法少女の手助けに加えて、敵の情報収集……。

 これまでとやることはあまり変わらないだろうけど、面倒そうな任務が増えた……バイト代も増えるかな?


「闇堕ち魔法少女のことについては分かった。それで、あのクソ野郎はどうなったんだよ?」

「以前、捜索中だ」

「住所とか家族構成とか分かんねぇーのかよ! 住民票とか調べれば分かるだろ?」

「役所、クレジットカード会社、ネット回線、電力、水道、ガス……個人情報があると考えられるデータベースや基幹システムは全部調べた」


 ……それで?


『結果は、もぬけの殻。ヤツの個人情報があったと思われる部分すべてに改ざんされた痕跡だけが残っておった』


 長官の代わりに、松風さんが言った後にため息をつく。


「おいおい、民間企業はともかく、国のシステムがそんなんで大丈夫なのかよ?」

『仕方あるまい。ITに力を入れるとかぬかしておるが、ネット回線のことすら知らんIT音痴のシステムじゃ。技術に関しては期待するだけ無駄じゃて』


 やだぁ、ジジィってばホント怖い。


「……チッ!」


 舌打ちしてるけど、悠希? お前の機械音痴も相当だからな?


「社長の捜索については、全国の監視カメラ映像を解析している。場所の特定ができ次第、ファングに知らせよう」

「それだけしかないのかよ、できることは!」


 悠希のイラつきを含んだ言葉をサラリと聞き流し、長官は端末を操作する。すると、投影した立体のフォルダアイコンからファイルが取り出され、悠希の前にスライドされた。

 展開されたいくつかファイルには、いくつかの文章とどこか場所の情報が記されていた。


「なんだよコレ?」

「ヤツの会社のデータベースに残っていた取引リストだ。望みは薄いが、たどればヤツに関する情報が何か見つかるだろう。もしかしたら、ヤツ本人を見つけることもできるかもしれない。見つけたときの対応は、お前にまかせる……それで文句ないだろ?」

「……了解」


 指示を了承し、悠希は深く息を吐きながら椅子に背をあずけた。


「マスターは、引き続き情報解析を頼む」

『おぅ、まかせとけ』

「キャプテンは、今の仕事が片付き次第、ファングと合流。彼女のフォローを頼む」

「了解」


 松風さんと火野さんは、すんなりと長官の指示を了承していく。

 流石、俺や悠希と違って、それなりに付き合いが長いだけある。


「何か質問のある者はいるか?」


 長官は会議室にいる面々を見まわすが、彼の問いに答える者はおらず、数秒間、静寂が流れた。


「よし……以上で会議を終了する」


 こうして、俺にとって二回目の四神会議は終わりを告げた。




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