第12話 四神会議①



 会議室の扉は防護壁のように厚い自動扉だ。正面玄関やカフェテリアなど、今まで場所はどれも、言うなれば会社のようなデザインだったのに、この会議室と地下の研究開発室のフロアは通路から何から、妙に頑丈かつ機密性が高くなるように作られている。エレベーター、あるいは階段の出入口を境にして、まるで別の建物に入ったみたいだ。

 まさに“ヒーローの基地”って感じの雰囲気で、俺も、初めてここに来たときは、少年心をくすぐられ胸が躍ったものである。


『Hello、Kamen fighter Fang And Hydlord!』


 会議室の自動扉のセキュリティが俺と悠希を認証して開く。このセキュリティはロックの開閉のためではなく、四神メンバーが偽物か本物かを見分けるために組み込まれているらしい。


「どうもぉ」

「失礼します」

「エージェント・ゼロ、入ります」


 会議室の中は一応電気はついているが、自然光が入らない作りになっていてモニターの青い光がはっきり分かる程度に薄暗い。

 中にあるのは、大きな長テーブルと投影用の電子端末、テーブルを囲うように並べられた出来の良い椅子だけだ。霞が関のお偉方の会議室に無駄なデザインを取り除いて近未来要素を加えたら、おそらくこんな感じの会議室になるだろう。


 この会議室では、すでに迷彩服を着た男が椅子に腰かけていた。

 整った顔立ちに、まっすぐな眼光、体格は適度に筋骨隆々って感じだ。背筋を伸ばして胸を張って堂々と座っていることもあってか、そこにいるだけで圧を感じる。けど決して暑苦しくなく、ちゃんと清潔感もあるおかげで、顔つきは実年齢よりも若く見える。

 彼の名前は、『朱雀』の称号を持つ“キャプテン・フェニックス”こと、火野ひの正義まさよし。自衛隊特別兼務のガーディアンズのメンバーだ。航空自衛隊所属で、年齢は確か、38歳。人一倍強い正義感を持ちながら悪と戦う、ガーディアンズの長である。


「よぉ!」


 正義さんは手を上げて、俺たちに声をかける。相変わらず、聞き取りやすい渋い声だ。


「来たか……」


 そしてこの会議室には、もう一人、男が立っていた。

 上等なスーツを着たその人は、中身の現実主義が現れたような冷めた眼光で室内に入ってきた俺たちに目を向けた。きっちり整った髪に、シンプルなメガネ、その表情の変化が乏しい顔は、テレビやネットニュースなどのメディアでもよく見られる。年齢は、おそらく正義さんと同じくらいか、少し上だろう。

 その男の名前は、明智あけちまなぶ。このガーディアンズという組織の最上位の役職を持つ人だ。俺を含め周りのエージェント達からは、明智長官と呼ばれている。


 明智長官はかけた眼鏡を軽く押した後、俺と悠希に席に着くよう促した。

 俺と悠希は椅子に腰かけ、玲さんは部屋の隅で休みの姿勢で直立する。


「全員揃ったな。なら始めよう」

「は? まだ爺さんが来てないだろ?」


 悠希が眉を歪めて長官に言う。口には出さなかったけど、俺も同じ疑問を持った。

 この場にいるのは、明智長官と『朱雀』の火野さん、『白虎』の悠希、『青龍』の俺、そして特別招集された玲さんだけだ。

 つまり、まだ四神の一人である『玄武』の称号を持つ人が来ていない。


「あの人ならここには来ないぞ」

「えっ、なんかあったんですか?」

『ワシならおるぞ』


 俺が長官に訊ねた途端、誰かの声が会議室に響いた。

 俺と悠希が声に反応して、反射的に声の主を探そうとした瞬間、立体映像が起動して一人の透けた老人の姿が投影された。


 長く白い後ろ髪と髭をまとめ、緑色の作務衣を着たその老人の姿は、まるでどこぞの仙人のようである。

 老人の名前は松風まつかぜ孝守たかもり。『玄武』の称号を持ち、“マスターワイズマン”と呼ばれる男だ。

 その正体はキャプテンと同じく世間に公表されていて、国家予算級の金を運用する資産家である。ガーディアンズの中では主に裏方の仕事をこなしていて、警察や自衛隊、ときには政治家すら動かすことがある。

 表に立って戦うことは少ないけれど、間違いなく悪と戦う力を持っているヒーローの一人だ。



「何やってンだよ爺さん!」

『ワシは長野の自宅からオンライン参加じゃ』


 なにそれ、ズルい。


『いやはや、この年になると長距離長時間移動がキツくてのぉ』


 よく言うなぁ。見かけに反して身体能力はそんなに老いぼれてないくせに……。

 それに、いざとなればヘリコプターやジェット機であっという間に日本全国どこでも飛んでいけるだろ?


「なんだよ、それ! ならオレもそれがいい!」


 同感だな。俺も二時間かけて東京に出てくるのは正直めんどくさい。

 けど、悠希にできるのか?

 ただでさえ機械音痴なのに……。


「会議の内容はAAA級クラスの極秘事項だ。通信にネットは使えない」

「じゃあ何で爺さんは良いんだよ?」

『ワシの場合、自前の専用線引いとるから大丈夫なんじゃて』


 ……専用線?

 よくわからないけど、セキュリティの高い回線のことか?

 一般人でもあまり聞き慣れない単語に、悠希も当然首を傾げる。


『本当はSkyleとかRoomとかを使おうとしたんじゃが、長官殿がうるさくての……』

「当然でしょう」


 髭を撫でる松風さんを見ながら、明智長官はやれやれといった感じの表情で、また眼鏡を押さえた。

 ちなみに、SkyleとRoomとは世間でよく使われるウェブ通話ツールの名前だ。




「さて……では早速、はじめるぞ」


 途端、明智長官の話し方が早くになった。会議中、早口でものを言うのが長官の癖だ。

 その明智長官の言葉に反応して、会議の内容に関係すると思われる立体映像がテーブルの上に出現する。

 現れたのは、つい先日に見た男の写真だった。


「今回、集まってもらったのは、先日悠希が追い詰めた雪井製薬会社の社長についてだ」

「見つかったのかよ?」


 悠希が不機嫌な顔で長官に訊いた。


「いや、まだだ。だがファングとハイドロードが戦った後、ヤツの会社にあったコンピュータを開発班エンジニアに調べさせた。そこに残っていたデータから、ヤツの計画や仲間の情報をいくつか入手できた。今日はそれをここにいるメンバーに共有しておきたいと思う」

「ちょっと待て。その前にコイツは一体誰なんだ?」


 火野さんが訊ねる。この件について把握しているのは、主に明智長官と悠希、それと一部のエージェントだけだ。俺と玲さんも少し関係あるけど、先日の一件で助っ人に入った程度で、それ以上はあまり知らない。

 火野さんがそう反応するのを分かっていたという感じで、明智長官は「あぁ」と小さく頷いた。


「ではまず、事の内容を簡単に説明しよう」


 すると、気持ち悪いウイルスのような球体の立体映像が社長の写真の横に現れた。大きさはバスケットボールくらいで、アメーバみたいにウネウネ動いている。


「事の発端は3ヶ月前、一般人が突然、異形な姿に変化して暴れだすという事件が発生した」

『ニュースでやっとったヤツじゃのぉ』

「……あぁ。そういえばそんなのあったな」


 松風さんと火野さんと同じく、俺もその事件のニュースを思い出した。

 キューティズの特集や街の強盗事件や殺人事件、テロリストとヤクザの制圧、どうでもいい芸能人の失言のニュース、政治家の汚職事件の報道とかで埋もれてたけど、そんな報道があった気がする。


 長官は“異形な姿”と言っているが、要は怪人である。身体能力が大幅に強化され、その強さはパンチ一発でアスファルトの床やコンクリートの壁を破壊するほどだ。


「暴れていた者……以降、そいつらのことを“変異者”と呼んでいるが……そいつらの身体に警察官の銃は一切効果が見られず、やがて警察組織からの要請を受けて、私はファングを出動させた。幸い、このときの被害は変異者が現れた工場の敷地内だけで済んだが、この奇妙な事件の真相を掴むべく、我々ガーディアンズは行動を開始した。担当は当事者のファングと一部のエージェントだ」


 当人である悠希をチラリと見た。彼女は腕組みをして黙って長官の話を聞いていた。


「その後、続けて十件、同じ内容の事件が起こった。事件は全てファングによって解決されたが、その中で、変異者を生む原因が、その“マージセル”と呼ばれる未知の細胞によるものであることが判明した」


 明智長官が先ほどからずっと投影されていた“マージセル”の立体映像を指さす。

 実際の大きさはもっと小さいのだろうが、ここまで拡大してウネウネ動いているところを見せられると、なんだか気持ち悪い。


「マージセルはドラックなどと同じく注射によって変異者の身体に打ち込まれる。体内に侵入したマージセルが通常の細胞を攻撃し、変異者へと変化させる。対応方法は変異者の身体にダメージを与え、拒絶反応で細胞を体外へ露出させて破壊するしかない」


 それは知ってる。社長と戦った時、悠希が言っていたヤツだ。


「細胞を取り除いた変異者はどうなる?」


 不快そうに眉間にしわを寄せていた火野さんが訊ねた。


「生きている。後遺症らしき症状もない。だが、拒絶反応を与えずにマージセルを破壊した変異者は、通常の細胞もろとも破壊され、死亡した」


 ……やはり、死者も出ていたか。

 予想はしていたけど、聞いてあまりいい気はしないな……。


『そのマージセルを作ったのが、この雪井製薬会社の社長ということかの?』


 今度は松原さんが顎髭を撫でながら訊ねる。その柔らかい表情や口調からは感情や思考がイマイチ伝わってこない。

 相変わらず、腹の内の読めない人だ。


「あぁ。コイツの名前は雪井ゆきい彰人あきひと。各地でマージセルを売りまわり、その侵食に対応できる身体を持つ者を探していた」

「対応?」


 どういう意味だ?


「変異者は総じて錯乱したように暴れまわるものだが、意図的か偶然か、変異者の中にはマージセルの浸食に対応して、稀に自我を保ったままのものもいた」


 ふーん……そういえば、社長自身も怪人の姿になった後、普通に意識を持ってたなぁ。

 あの社長はマージセルの浸食に対応しているってことか。


 それにしても……。


「よく突き止められましたね?」

「あぁ、かなり苦労した。詳細は長くなるので、この場では話さないが、データベースにファイルを残している。そっちを確認してくれ」


 データベース……あぁ、あの地下にあるメインフレームだかスタンドアローンだかとかいうデカいコンピュータのことか。

 あとで見ておこう。


「そして先日、ファングと一部のエージェントで、雪井の拠点である製薬会社へヤツを捕らえに向かわせた。結果、ハイドロードの助けもあり、あと一歩のところまでヤツを追いつめることができたが、途中、“ヤツの仲間”と思われる者の手によって、逃がしてしまった」

「……チッ」


 大きな舌打ちが聴こえた。確かめるまでもなく、悠希だろう。


「なんだ、水樹君も関わってたのか?」

「えぇまぁ……でも最後の方でたまたま呼ばれただけなんで、俺も事件の詳細は今はじめて知りました」


 火野さんが意外そうな顔で俺を見る。というのも、四神のメンバーが組んで任務にあたるのは珍しく、四神二人以上で組むときは、大規模な災害や侵略者テロリスト制圧クラスの任務なことが多い。



 事件の概要を話し終え、明智長官は話を区切るように「さて」と話題を本題へ移した。


「以上が事件のあらましだが、今日の会議の本題はここからだ」


 長官がそう言うと、テーブル上に浮いていた社長とマージセルの立体映像が消え、一人の少女の写真が現れた。

 長い黒髪と黒のドレス、それに顔立ちが良いにも関わらず目元にはくっきりと分かる大きなクマ……。


「あれ、この人……!」


 俺はその少女の写真を見た瞬間、反射的に言葉を洩らしていた。

 立体映像として投影された少女は、ついこの前、夜の学校に現れた“ヒューニ”、その人だった。



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