150.ほんの少しの希望が、まだ胸の中にあったから(アズ視点)


「ナッティさん」


 喜ばしい。

 ナッティさんとは長い付き合いというわけでもないけども、この世界にきて初めて仲良くしてくれた……キツネさんとミィさん達を除くこと前提――キツネさんは同年代じゃなくて私達より一世代上だし、ミィさん達は差別するわけではないけど別種族だから除くとして――で、同年代の同性で同級生だ。

 そんな私達に良くしてくれるナッティさんが、よくわからない魔の手から逃げ出すことができたというのは本当に自分事のように嬉しい。


 そう思ってぱちぱちと思わず拍手してしまった私ではあったけども、珍しくキッカがナッティさんを呼んで私のお祝いのぱちぱちを止めた。


「ずっと気になっていること、聞いていい?」

「あら、何かしら」

「アレは、そんな不祥事を何度も起こしておきながら、どうして王太子としていられたの?」

「あぁ……そのこと……」


 キッカの言ったことをふと考えなおしてみると、カース君はとんでもないことをやってるなと思い直した。


 当事者じゃないからと言ってしまえばそれまで。私がこの世界のことをよくわかってないからそれが当たり前なんだと思ってしまっているところもあったのかもしれない。みんなと違って、私が殿下にやられたことって、スマホ壊されたことくらいだし、それはキツネさんが今直しに向こうの世界にいって直してくれるみたいだから気にもしていなかった。むしろ謝るように言われてたみたいだけど、謝られてもいないし謝る気もないんだろうな、と思っていたので気にもしていなかったけど。


 これはラノベの読みすぎかもしれないなと反省する。

 私が読んできたラノベって、言われてみたらダメな王子が身分の低い女性に誘惑されて堕とされて婚約者に婚約破棄するってものが多かったけど、その王子の言い分が後から見ても酷い言い分しかなかったりするんだよね。そんな感じなのかなとか思って第三者的に傍観してた。

 でも、実際、あれは物語上の話であって、今私の現実に、同じくその酷い言い分を実行された人もいる世界なんだと改めて思う。

 知らない人ではあるけど、それでも私がそういう被害に合う可能性だってあるんだと思うと、一気に王国の王太子という権威が怖くなってきた。


 ……あれ? 違う。

 もしかして私……。

 カース君のこと、人として見てない?

 周りから聞かされた印象から、カース君のことは殿下というものであって、そこらへんにある石ころと同じものかと考えていた?

 あ、だから、今まで怖くもなかったんだ。


「アズさん……さすがにそれは……」

「え」

「アズはそれでいい。そういうところが好き。そういう考えだから気にせず弓で後ろからアレを射ることできた」

「え」

「声、でてましたわよ」



 ぎゃーっ!

 思わず、声にも言葉にならない声を出してしまった。




「で、アズがどうしてあそこまでカスに興味がなかった知ったところで。さっきの質問の答えが聞きたい」


 キッカ。それはそれで恥ずかしい。恥ずかしいけど、話を変えてくれてありがとう!

 ぐっと、私に向けてサムズアップしてくれるキッカが素敵。


「昔」


 苦笑いしながら、ナッティさんは話してくれる。


「昔は、ああでもなかったのですわ」

「それ。それが私達からしてみると信じられない」


 昔はそうでもない。それは殿下が今の鬼畜になる前のことなんだろう。


「今は見る影もないですが、昔はそれは聡明で。王の書類仕事も、やってない素振りを見せながらも、的確な指示で勝手にいくつもの難題を解決していたのですわ。気づいたらワナイ王や王妃が後回しにしていた難事をさらっと解決する様は、この国の未来が眩しく輝いているとさえ錯覚するほど。……あぁ、例えば、長期的な問題となってどの貴族も国も手を出すことを躊躇っていた孤児問題。スラムや下位娼婦といった、今を生きることも難しい国民とそこに落ちていくしか未来のない彼ら彼女たちに、王都の東西南北に各折衝を避けながらも教会の助力を元に、孤児院を国営事業として確立させ、仕事の斡旋所も開設して国民の貧困を著しく解消させたうえに、幸福度さえもあげ王家の地盤を揺るがないものにしたのは、十歳頃の殿下だと聞けばその聡明さもわかるかしら」

「……」


 それは。

 と、思わずみんなで口を閉ざしてしまった。

 どう考えても、今のカース君からは想像できない。


「私も、当時の殿下のままであれば、こんなに悩むこともなく、自らのすべてを捧げて尽くしたいと思ったものですわ」


 もし、それがカース君の一端なら、本当に偉業を達成してきたんだろうなって、ナッティさんがその頃のカース君を話す姿は、恋する乙女のようだった。今はドリルがさらりヘアとなっているから、胸の前で手を組んで祈るような仕草も、まるで聖女のようなナッティさんだから、とても様になっている。そんなナッティさんがすべてを捧げたいと言わしめるカース君の偉業って、どれだけのものなんだろう。あまりにも大きすぎて私には凄いなくらいしか理解できない。


「だから王様も、ここまで希望を持った?」

「ええ。私も。父もキンセン宰相も。国の重鎮たちは殿下の偉業を身を持って知っていたからなおさら。それだけ輝いていたのですわ」


 ナッティさんが一気に消沈して寂しそうな笑顔を浮かべた。カース君があんなに酷いことになったのは、何が原因だったんだろう。


「今回のナッティさんの婚約解消は、もう庇いきれなかったからってことですか」



 私の質問に、ぴたっと、ナッティさんの動きが止まった。

 やがてふるふると小刻みに揺れだした体、ナッティさんの背後から立ち上る何かの気配に、私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと、汗を垂らしてしまう。キッカをちらりとみると、キッカもぶんぶんと首を振り、ハナさんも何があったのかと驚いている。


 私の質問でナッティさんが起こしたのは、怒りだ。

 私への怒り? 私なんか変なこと言った? カース君を人として見てなかったとかそういうのが今更になってきたとか?

 え、私変なこと言った?

 カース君のことについては今更ながら変なこと言ったなぁって思ったけど。



「それが、あの男本来の偉業であったなら、ですわ」



 ……はい?

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