147.アサギリとキクハは好みではないのだよ(カース視点)


 王都南の森。『南深森』の奥地で、私は魔物と出会った。

 入ってすぐというわけでもない。指定された場所から森の奥へと入ったところで出会った、緑色の肌を持つゴブリンだ。ゴブリンを見て、もうここは魔物の巣窟であり、人の手が入っていない場所なのだと気づいて身が引き締まる。

 魔物だから容赦はしない。いや、ゴブリンは狡猾で凶悪、強敵であるからこそ油断もせずに最初から全力だ。全力だからこそ、私は我が愛剣【ウルトラ・ファイティング・スピリット・オーラ・スペシャル・ギミック・オン・ザ・ドラゴン・バスター・ブレード】を抜いた。それに今はディフィが傍にいる。ゴブリンは女性とみればすぐに襲いかかって自分の住処へと連れて行き繁殖のための苗床にすることで有名だ。ディフィをそんな目に合わせるわけにはいかない。ディフィは私のものなのだから。お前ではない。私がディフィと繁殖するのだ。


 次代の王として、私が。

 民のために、私が。

 この実習でパーティを率いる私が。

 怖がるディフィのために私が。

 ディフィと繁殖したいがために私は。


 そう。ディフィの前で、かっこよく魔物を倒さなければならないのだ。

 ついでに、後ろでユーロに護られているアサギリとキクハの二人も私の剣技に惚れさせてやろうではないか。




「見るといい! ディフィ! 君のカースが!

    今、魔物を、勇気をもって屠るところをっ!

 

  弾けろ!

   ローリング・サンダー・マッスル!

    カロリック・エンデバー・ファイナル・ミックスぅぅぅ!


 ――かぁぁぁぁイザぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」





 目の前の魔物を倒すべく自分を鼓舞する。

 叫ぶ。我が必殺の剣を。技を。

 走る。駆ける。


 ゴブリンが私に気づいた。ちぃ、まだ距離がある。だが、私の俊足をもてば一気に間合いを詰めることができる。

 この距離は私の得意な距離だ!

 いや、くぅっ! 遠いかっ! 後少し! 後少し近づいてこい! さあ、私の一撃が――



「カース君、うるさい。静かにして」



 私の剣が届くより先に。

 背後から。私の頬を掠って飛んで行った矢が、ゴブリンの眉間に突き刺さった。

 私の渾身の一撃はゴブリンを捉えることなく。ゴブリンは眉間に刺さった矢の衝撃で宙に浮いて背中から倒れ込んでいって動かなくなった。


「え」


 思わず、何が起きたのかと、その場で立ち尽くしてしまう。

 そんな私の後頭部に、ごつんっと固い何かがぶつけられる。


「カス。うるさい。お前のおかげで魔物が集まってきた。邪魔」


 痛みに呻く間もなく、両足を後ろからばしっと蹴られてしまい、両方の痛みで四つん這いになってしまう。


「後、私の可愛いアズがゴブリン打ち殺す前。あんたが叫んでいたの、直訳したら、回転雷筋肉熱素的努力最終撹拌皇帝って言ってる。もう一個前はお前の持ってるその剣の名前? 超戦闘精霊気特別罠龍殺剣?……私たちの翻訳言語がおかしいのかと思うくらいに、意味わからないし、ださい」

「だ……っ!?」


 私をそう言って地面に這いつくばらせたのは私に護られて私に惚れるはずのキクハだ。

 私の横を通ってそのまま先頭へ行くキクハに文句を言おうと前を見ると、森の影からがさがさと音が聞こえてくる。


 まさか、魔物に囲まれているのかっ!? くっ、なぜだ。なぜ誰も気づかなかった!


 ぞろぞろと、木々の端から見えてくる魔物。ゴブリンもいればエルダーウルフの下位種族、キラーウルフもちらほら見える。

 なるほど、絶体絶命というわけか。くっ、私を警護している暗部のやつらはなにをしているのだ。帰ったら全員解雇してやる。


「キッカ、そんなことより前っ!」

「アズ、後ろ。気を付けて」

「わかってる!」


 後ろからも聞こえてくる何かが動く音に反応して後ろを見ると、背後で弓を構えた状態で警戒するアサギリが見えた。その横にはディフィとユーロ。ユーロがディフィを護るように動かないよう手で制して辺りの気配を伺っているが、何をお前はディフィにさりげなく近づいているのかと怒りを覚える。


 あ、待てアサギリ。お前その弓。……まさか、さっき私の頬を掠っていった矢はお前が撃った矢か!?


「ディフィさんはキンセンさんの傍にいてください。キッカ! 前方の敵とそこのカース君任せるけど大丈夫?」

「は、はいっ」

「おぉ……アズ、指示出してるところも可愛い」

「ありがとキッカ。キッカも可愛いよ」

「可愛いいただきました」


 魔物に囲まれているというのに、なぜ二人はそこまで仲いいのか。なんかいいぞ。ちょっとムズムズしてきた。くそ、娼館にすぐに行けないのが辛い。

 私も可愛いと言うべきか? いや、二人は私の好みではない。だが、この溜まりに溜まったムズムズを断ち切るには二人で我慢するしか。

 そうだ。ディフィならそれこそ私をこのムズムズから喜んで解放してくれるに違いない。……その前に、ディフィの前にアサギリとキクハを楽しむのも悪くない。この場を切り抜けられたなら、褒美に私が二人を可愛がってやろう。


「ディフィ令嬢、離れないように。ナッティに怒られたくはないので傷一つつけさせませんよ」

「あ……ありがとうございます。キンセン様。私もお姉さまのために頑張りますっ」


 ……ぬ? 待てユーロ。まさかお前……ディフィのことが……。

 ディフィもなぜか恥ずかしそうな顔をしてユーロのことを見ている。なぜそんな熱い視線を……。


 その視線は私に向けられるべきだろうっ!?



「ゆ、ゆぅろぉぉっ!」

「うっさい黙れカス王子。これ以上騒ぐなら寝てろ」



 ごんっと、再度の痛みが後頭部に走った。

 痛みに一気に私の意識が途切れていく。


 くっ、だめだ。こんな……魔物に囲まれたところで寝てしまっては。


 キクハめ。こいつ、可愛い顔して、私を油断させて殺すために私の意識を?

 ……はっ、まさか、そういうことか。ナッティめ、私が手に入らないからといって私を暗殺するためにキクハ達で私を油断させたなっ!


 くそっ。ディフィもいるのに。全員この場で殺す気か。ゆ、ユーロ……癪ではあるが、お前にすべてを、まかせ――






















「――でぃふぃぃぃぃっ!」


はっと、目が覚めた時。

目の前には、よく知った、見慣れた私の部屋の天井があった。





――――

作者の声


キャー! デンカ ガ キゼツ シチャッタワー! コノママ ダト ミンナ マモノ ニ タオサレチャウー


と、殿下が眠らされた後は、とてもスムーズに事が進み。

魔物はユーロとディフィの補助魔法によりアズとキッカが殲滅し、講師と合流。ユーロに抱っこされて森を脱出した殿下パーティは、救援相手が殿下含めて複数になったことで高評価を受け、無事実習を終了しましたとさ。

なお、殿下は学園初、王家の王族が気絶して森から帰還したという失態に学園最下位評価で実習を終えたそうな。

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