144.決意を固める殿下をみたとて(ハナ視点)
学園は貴族、平民関係のない平等を謳ってはいるけど、それは体裁であり、友情関係のことを指しているのであって、上下関係はなくなっているわけではない。貴族にできることもあれば、平民にできることもある。そういった部分を分け隔てなくやっていこうということであって、身分社会の縮図がなくなっているわけではない。ここを勘違いすると平民が痛い目をみるのだけれど、貴族側も、あくまで貴族の子息令嬢であるのだから、権限を持ち合わせているわけではないというところもまた貴族がはき違えることの多い部分だったりする。
そういうことを学園に入る前、または入ってから学園サイドから教育を受けるから、互いに弁えながら交流ができているのでトラブルが起きにくいのだけれど、こと、王族となると話は別になってくる。
「はっ。だから今ではない。俺が王となった時にそうさせてもらおう」
「楽しみにしております」
「ふんっ。怯えて待っているがいい! いや、それよりも、だ。ディフィ……会いたかった」
で、そんなやり取りをしている次期侯爵と自称次期王様を見て、ただの男爵令嬢が怯えないわけがない。
震えて真っ青な彼女は、名前を呼ばれると、誰もがわかるように大きく体を震わせて、私の背後で震えている。
だけども、王国に仕える一貴族として、仮にも王太子からの声掛けなのだから、前に出て挨拶はしなくてはならない。
私の前へと出たディフィさんが震えているのを見て、キッと、きつく私とユーロを睨みつけてくるけど、それはどこぞのカスのせいですと言いたくて仕方ない。
そんな殿下は、震えるディフィさんの前で片膝立ちになると、優しい(と本人は思っている)声でディフィさんを呼ぶと、
「僕は、君の想いに、答えようと思う」
なんかキリっと、ディフィさんの手を取り、口づけを落とすカス殿下。
ディフィさんがぞわぞわっと背中に何かが走ったのか、涙を浮かべて「はい」としか言えない状態になっている。
だって、カスとはいえ、王太子だから。王国に仕える貴族として、最上位の人にお願い事や、依頼をされれば、それは強制力が働くのだから。
それがわかっていないから、この王太子はどうしようもないのだ。
「……ディフィ男爵令嬢。殿下と、何か約束をされていたのかな?」
決意の籠った顔をディフィさんに向けた後、一人頷いて納得したように去って行った殿下。
その殿下が何を言っているのか分からない私達は、ディフィさんなら何か知っているんじゃないかと思って質問する。
「いえ、何も約束したことなんて……。お姉さまと一緒にいるときに殿下のような高貴な方と会うときは、私は空気みたいなものでしたので」
「空気って……ディフィさん、そうだったらなんで今殿下にああやって追いかけられているのかと思うんですが」
「いや、ハナ。おそらくナッティは、ディフィ令嬢を殿下の目に触れさせないようにそうさせていたんだろう」
「どういうこ――……ああ、そう、ですね。ナッティさん、ディフィさんのこと大切にしてますから」
「ん、まあ……それ以外に、殿下達は……」
もごもごと言いづらそうにするユーロを見つつ、自分で言っておきながらとても不思議だった。
確かにナッティさんはディフィさんのことになると異常に過保護になる。愛ゆえにだそう。
元々、ディフィさんは、男性の庇護欲を刺激しやすいそうで、男性の前に出して話をさせるとすぐに男性側はディフィさんを守ってあげたくなるそうだ。実際、私達もディフィさんと話をしていたりすると、ひょんなことからディフィさんに何かくすぐられる印象を持つことがある。おそらくこれが庇護欲なんじゃないかなって思う。
学園に来る前。小さいときに勘違いした男性に酷いことをされそうになったことでディフィさんはいまだ男性恐怖症なんだそうだ。
……前に、キッカさんが言っていた、「ディフィは乙女系恋愛ゲームのヒロイン主人公」っていうのもわかる気がする。
多分ナッティさんという凄い印象の強い相手の影に隠れていなければ、きっといろんな男性が群がっていたかもしれない。
それを聞いたときは、ある意味呪いではないだろうかなんて思ったけど。
「侍従であるから、メイドと同じく教育を受けている」
「?」
「メイドは常に影であれ。メイドは常に気配を隠せ。メイドは常に気配りを持て」
「……なんですか、その暗殺者」
「上位貴族で働くメイドの心構えだそうだよ」
そんなメイドは怖くて一緒にいてほしくないとは思うけど、ディフィさんはそうやって常に気配を消してたってことですね。更にはナッティさんという強烈な方が傍にいるからより気配を消すことができる、と。
「……ディフィさんも、大変ですね」
「お姉さまの傍にいるためならどんなことでもする所存です」
……ナッティさんへの愛が重い。
なんだか腑に落ちないやり取りがあったけど、とりあえず何事もなく無事接触をやり過ごすことができたことにほっとしていると、ユーロが「なにか起きているのかもしれないから確認する」と言って離れていった。
私たちも、これからナッティさんとのお茶会があったので、急ぐことにする。
この時のことが。
後になってわかった時には、もう取り返しがつかない状況になってしまっていたのは、私たちのせいではないことは確かである。
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