142.想い人を探して(カース視点)


「くっ。今日もディフィが見つからない……」


 私は今日も想い人を探して学園を歩き回る。

 なのに見つからない。

 思わず近くの壁を思いっきり叩いてしまう。

 じぃぃんと手に響く痛みが返ってきて、物に当たるのはやめておこうと思う。だが、想い人に会えないこのイライラは何かで発散しないと狂いそうだった。今日は娼館に行くことを今決めた。


 しかし、この会えないという状況は異常である。

 同じ授業を受けているはず。なのになぜこうも出会うことができないのか。


 それは簡単だ。

 いくら私が器用だからといって彼女が受講している侍従教育なんて受けられるわけもない。貴族令息が受けられる授業ではないからな、私のような高貴な王族であればなおさらだ。

 逆に、私が受けている授業にも彼女は出ることはない。論じるのは私達男の仕事だからな。


 同クラスなのであるのだから授業も一緒であるはずなのだ。

 なのに、いるはずのそこを見ても、がっちり固めるのが私の婚約者のナッティと、その侍従たち。なんといったか、そう、アサギリ、キクハ、ユウゼンだ。

 なにより腹が立つのが、その中に私の側近であるはずのユーロも混ざっている。


 授業が終わったらすぐに声をかけようとすれば、そそくさと逃げるように教室から出ていく。

 追いかけようとしても必ず何かしらの妨害にあって見失う。

 一度王族特権でも使って隣に座らせようとしたこともあったが、そんなことをしようものならナッティだけでなく、父上からも叱責を受けるだろうことはわかっていた。だから一度だけしか行っていない。あれでもう懲りた。


 あの時は至福だった。ユーロと言う壁はあったが、それでもまた次も隣に来てほしいと思えるのは異常であるとさえ思った。


「それほどまでに、私はこんなにもディフィに恋焦がれているというのに」


 もう、ディフィのためなら王族でなくなってもいい。彼女と結ばれるなら平民へと堕ちてもなんら問題もないとさえ思っているのだ。


 この想いを伝えたい。

 まもなく私たちは学園は卒業だ。

 学園だからこそ頻繁に会うことができたのに、これから会えなくなるということを考えるだけで気が狂う。やはり今日は娼館に行くべきだろう。最近は女学生を放課後見かけなくなってきたからな。相手に迷う。



 シュミとネスには私の想いがいかに強いか伝えた。

 彼らも同じくディフィのことを愛しているようであったが、私に比べればそんな愛はまやかしだ。

 何度も何度も伝えあい、言い争い、互いを認め合うことで、やっと彼らは私にディフィを任せると首を縦に振ってくれた。

 私が王となったときに共に歩いてくれる仲間が私とディフィを認めてくれているというのは心強い以外のなにものでもない。


 ここまで私に愛されるのだから、ディフィも嫌とはいうまい。

 いや、言うはずがない。

 なぜなら私に、私の心を掴んで離さない強烈な愛の告白をしてきたのはディフィからなのだから。



 だが、この想いがどうやっても伝えられることができない。


 ナッティだ。

 あのふしだらな婚約者は、今日も私とディフィの仲を引き裂いていく。

 なぜだ。


 やっていいことと悪いことがあるだろう。

 婚約者だからといって、人の恋路を邪魔するとはどういうことだ。

 いくら自分が王族に近しい公爵家の生まれだからといって、人へのいやがらせをしていいというわけではない。

 あの諸悪の女とは早々に婚約破棄してその魔の手からディフィを救ってやらなくてはならない。


 だが、会えない。

 会うことができないから手紙を送っているが、その返事が返ってきたことがない。

 恐らくはナッティが嫉妬のあまり捨てているのだろう。

 なんともこざかしいやつである。


「今日も会えないのか……」


 今日はもう諦めようか。

 そう思った時、通路の先から、とぼとぼとシュミが歩いてきた。


「おい、シュミ。なにかあったのか」


 普段からは考えられない程に落ち込み、魂が抜けたかのようなシュミに声をかけると、


「ああ、殿下。……殿下、俺は、ディフィに想いを伝えた……」

「な、なに!?」

「しっかりと、諦めることを、伝えた……っ!」

「シュミ……お前……」


 思わずシュミの男気に、抱きしめることしかできない。

 そうまでして私のために自分の想いを断ち切ってくれるとは。

 なんという忠義であるか。

 ユーロとは大違いだ。


 この道の先に、まだディフィがいるだろうという情報を得た私は、今日は娼館に行くことをやめる決意をする。


「ネス!?」


 通路を曲がった先に、ネスが壁に寄りかかって座り込んでいた。

 涙を流し、一人寂しくそこで泣いていたのだ。


「殿下……ああ……殿下……ディフィは、あなたに、任せます」

「なんと……まさか、お前も……」


 ネスが涙ながらにシュミと同じくディフィに想いを伝えたことに、私も思わず涙する。

 こんなにも主人のことを思ってくれる従者がいるだろうか。


「ああ……任せろっ」


 想いに答える。

 二人の熱き忠義に、私は答えなければならない。


 ネスからディフィがまだこの先にいると聞き、私は走る。

 走り、そして、たどり着く。


 そこは、以前ディフィが私に告白した場所である。


 『華の庭園』


 思い出す。



【いくら私にとって遠い存在だとしても。いくら私が貴族の中でも下位であっても。私には、貴方を諦めることができないのです。なぜなら私は、深くお慕い申し上げているから——―】



 彼女が、そう言って、私に告白してきたあの時を。

 あの時のように舞い散る花はない。だけども、それでも、この場所にはいまだ花が舞い散って彼女を彩っているかのような錯覚さえ覚える。


 その先に――見えた!

 ディフィだ!

 左右にユーロとユウゼンがいる。


 二人がいるのは想定外だった。だが、今日。今日ここで二人のためにも私の想いを告げる!

 伝えて、すっきりしたら、どろどろの想いもすっきりさせに二人を誘って娼館にでもいこう!


 私はそう決意し、ディフィへ声をかけた。





 私が、決行しようと決めたのは、卒業まで後数ヶ月となったこの時だった。

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