140.私たちの、新たな拠点(アズ視点)
「ユウ君!」
「アズ姉ちゃん!」
市場で出会ったミィさんに嫌味を言われながら連れていかれたのは三番円環道の一区画。
ちょっと大きめの、上位貴族でない、裕福な貴族の屋敷が立ち並ぶ一角。
外国の貴族の滞在する屋敷も貸し出していたりする、王城そばの一等地を借りるより安上がりな、王都内部のベッドダウンともいえる区画へと案内された私は、領都のキツネさんの屋敷をほんの少し小さくした程度の屋敷――庭があそこまで大きくないと言えばいいのだろうか――へと案内されて、そこで領都に置いてけぼりとなっていたユウ君と出会った。
久しぶりにも思えるユウ君の嬉しそうな声に、私はすぐに走って抱きしめてしまう。
「うぐぐ、アズ姉ちゃん、苦しい……」と私が強く抱きしめすぎたがために苦しそうにしていたユウ君が、「キッカ姉の言ってた意味がわかった……」と妙に顔を赤くしているのはなんでだろう。
「キッカがどうかした?」
「キッカ姉がアズ姉ちゃんいい香りす――……それより、アズ姉ちゃんたちひどくない!?」
何か言いかけたユウ君が露骨に話を変えた。
今度キッカに何を教えたのか聞かなくてはならないと思いつつ、ユウ君の可愛らしいお怒り具合はごもっともだと思って、ごめんねと謝るしかない。
「本当にアズ達は薄情ですね」
「いや、だって、どうしようもなかったし」
「どうしようもないけど少しは気にしてくれてもよかったと思うんだ!」
「気にしてたよもちろん!」
皆して結構気にしていたのだ。
それだけはわかってほしい。
ユウ君は、キツネさんのやらかしによって壊された喫茶店にはいなかった。
あの時、すでにおねむだったユウ君は、ジンジャーさんに連れていかれてドアを潜って領都に行った後だったから。
すぐに行こうにも、領都までは一週間はかかる。それは高性能な馬車と優秀な護衛に囲まれたナッティさんと共にここまで来たからそこまで早いのであって、実際はもう少しかかる。普通に歩いて【封樹の森】より強い魔物が出ないとはいえ、いくつかの森を越えて平原を超越えて、そして小高い山を越えたりして警戒しながらゆっくりと本来は進むのだから、実質二、三週間はかかる道のりなのだから。冒険者なら、複数パーティを組みつつ途中路銀を貯めたりオーダーを受けたりしながら来ると思うからもっとかかるかもしれない。
キツネさん達はすぐにユウ君のことに気づいていたそうだ。キツネさんは、ミィさんとマイさんに領都にすぐに向かうよう指示を与えていて、今日王都に到着したってことをミィさんから教えてもらった。
……ん?
普通の冒険者は複数のパーティ組んで二、三週間かかるのに、ミィさんとマイさんだけでユウ君を守って二週間程度で到着……?
……とんでもないスピードで到着してそうな気もするのは、私の心の中に留めておこう。
「でも、面白かった!」
ミィさんとマイさんに護衛されながら長い旅をしてきたユウ君。
ちょっとおっきくなったように見えて、アズお姉ちゃんは嬉しいよ。
「それはそうと、アズ。シレ、少し休んでいきますか?」
「あ、よかった。わたし、忘れられてなかった」
「空気のようではありましたけどね」
ユウ君をなでなでしてあげてると、ミィさんが屋敷に入るように誘ってくれる。一緒にいたシレさんも「優君おかえりー」と言うと、ユウ君は嬉しそうに「ただいまー」と返している。おまけにシレさんとはハイタッチ。ミィさんに誘われて屋敷に入るときは二人で手を繋いで歩いていく。なんか羨ましい。
領都のキツネさん宅と比べると控えめな庭。緩いカーブを作る石畳の道。辺りには誰かが世話をしていると思われる花壇と芝生。誰かが住んでいそうな平屋がぽつんと庭の中にあって、それらを見ながら歩いていくと、外から見えた領都宅より一回り程小さい屋敷に到着する。
ミィさんが私たちのために玄関扉を開けてくれると、私たちは中へと入っていく。
「あ、あれ?」
「これって、キツネさんのお屋敷……」
そこは、全く変わらない構造。
領都宅とほとんど変わらない、広い玄関ホール。その先の、二階へと上がる螺旋階段。
まだ上がってないけど、二階にはきっと広い食堂があって、螺旋階段に隠れるようにある一階の奥へと続く道を進んでいくと、きっと銭湯がある。
二階の左右の道はそれぞれの部屋があって。ほんの少しだけしかいなかったあの領都宅と変わらない間取りに、私の心はどことなくほっとしていた。
第二のお家と言えばいいのだろうか。
今はもうそんな風に思っているキツネさんのお屋敷がここにも広がっていると思うと、少しだけ涙が出てくる。
なんだろう。なんだか、帰ってきたって思えて、嬉しくなった。
「旦那様が昔購入していた一区画に、先日旦那様が建てていきました。正真正銘の旦那様と私の愛の巣です」
キツネさんのお家。
愛の巣ってところはまあ、この際無視して。
建てていったと言われても、なんだかキツネさんならあっさりとやりかねなくて違和感ないから不思議。
「あ、そう。アズ、シレ。キッカとハナに伝えておいてください」
「あの、その前にミィさん。この屋敷に」
「あなた達もですが、そろそろナッティ嬢のところからこっちに戻ってきなさい」
「こ、ここにですか!?」
先に言われて、またここに住める。
そんな思いもあるのだけども。
「ユウも無事到着したことですし、またここで喫茶店を再開するそうですよ」
「こ、ここで!?」
「ええ。ああ、もちろん屋敷で行うのではなく。いまあなた達が歩いてきた手前の庭を改造して、喫茶『スカイ』をまた経営するそうです。今度は第一円環道のような人目のつくところではなくひっそりと行うそうですよ」
住んでいいと言われても。いきなりすぎませんかね? ミィさん。
でも。
この屋敷――やっぱりキツネさんのお家の一つである、この屋敷に、またみんなで一緒に住めるのかと思うと、嬉しくて。
私はすぐにヴィラン王爵邸へと戻って、みんなに話すことにした。
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