134.焚きつける(キッカ視点)



「ユーロ」



 モロニック王都 ヴィラン王爵邸。

 先程到着したにっくきヤンスと愛するアズが庭園へと消えていったのを見送り、ナッティさんの追求から逃げるようにハナさんがその場からそそくさと消えた。シレさんとジンジャーさんもハナさんを追いかけていなくなった。シレさんには、「ゆうべはお楽しみでしたね」とでも朝言ってやろう。


 残ったのは、私と、ナッティさんとキンセンさん。後はナッティさんから離れないディフィさん。


 皆がいなくなった後、キンセンさんも逃げようとしたところでナッティさんが扇子で口元を隠しながら呼び止める。


「……なんだい、ナッティ」


 ぎぎぎっと、音が出そうなほどに嫌そうな振り向き方をする片眼鏡モノクルの使い手は、何を聞かれるのかわかっているようで。


 そりゃそうだわ。


 私達のハナさんになにを手を出そうしているのか、と。

 私の心の中も怒りの炎で煮えたぎっている。

 答えによっては私の怒りという名の剣聖スキルが発動してしまうかもしれない。むしろ発動させてみるべきか。身体強化を添えた上から振り落として頭をかち割る【流墜閃】からの下から顎へ向けての斬り上げる【流槌閃】であんたのそのかっこいい片眼鏡とともに吹き飛ばしてくれるわ。


 ……と、言いたいところだけども。


 アズもヤンスとヨリを戻しそうだし、シレさんはジンジャーさんと秒読み入っちゃってるし。ハナさんもキンセンさんといい感じになるってのはわからなくもない。

 ジンジャーさんはシレさんの性癖だからいいんだけども、この世界の男どもはみんな顔面偏差値が高い。何を食べたらそんな偏差値になるのかと思う。


 私も、いつか皆みたいに誰かしらといい感じになるのだろうか。

 私はアズと一緒にいられればそれでよかったんだけども。それは難しいのだろう。アズはそういう気持ちは持たないだろうし。私もこの世界で生きていくならそういう相手も見つけないと、皆に迷惑かけちゃうかとしれない。


「あなた、本当にハナとはなにもないのかしら?」


 そんな私の思っていることとは別にナッティさんのキンセンさん尋問が始まる。


「ぐっ……な、なにもないぞ」

「その、ぐっ、が気になる」

「キクハ嬢……勘弁してくれないだろうか」

「お姉さま。私から見ますと、キンセン様はハナさんに声をかけたくてもかけられなくて困ってる様子ですわ」

「あら、そうなの? よく見てるわねディフィ。嫉妬してしまうわ」

「お姉さま……私はいつだってお姉さまを見ています……」

「私もよ、ディフィ」


 始まった。

 ナッティさんとディフィさんはいつだってどこでだって見つめあう。

 こんなにも愛し合ってる二人を見てるのに、なぜにカス殿下はディフィさんを追いかけるのだろうか不思議で仕方ない。


 ディフィさんは確かに可愛い。

 ピンクの髪がふわっふわで、微笑む姿もとびきり綺麗。それはもう。私から見ても、あんな二人を至近距離から見ててもドキッとする。

 でも、その笑顔は常にナッティさんに向けられていることを私は知っている。ディフィさんも、ナッティさんしか見えていないことがよくわかる。


「どうしてまぁ……そうなのに追い掛け回すのか」

「ん? 何か言ったか、キクハ嬢」


 片眼鏡くいっと持ち上げて話題を逸らそうと頑張るキンセンさんは、必死すぎる。

 だが私はキンセンさんの味方ではない。


「何もしてないから焦ってる」

「ぐっ」

「……ユーロ……」


 はぁっと、ナッティさんがため息をついてキンセンさんを責めるように見ると、キンセンさんは「ぐっ」と一声唸った。

 というかキンセンさん、あんたさっきからそれしか言ってない。


「ハナは、異世界人だということは理解しているわよね?」

「そ、それは理解できている」

「そのハナは、この世界でも十分通じる作法を最初から会得していて、あの容姿もさることながら、人気があることは?」

「……知って、いる」


 そう。ハナさんは、凄いのだ。

 ナッティさんの言っていることに付け加えるなら、頭もいい。気配りもできる。非の打ち所がない女性で魔物だってメイスでフルボッコできる。もちろん身内びいきなところもある。


「だけども、異世界人は、私達とは、考え方が違う」

「……」

「その距離感に、勘違いする子息もいれば、関係を築こうと必死にアピールする子息もいる。節度を護った距離感でもあるけども、それでもあの磨かれた美しさに気軽に話せる関係というのは、誰から見ても魅力的でしょう?」

「ああ……」

「だったら、あなたも。もう少し、積極的になってみては?」

「ナッティ……君は……」


 おまけに話も面白い。相手も持ち上げ太鼓持ちのようなこともできるハナさんは、ナッティさんや私たちが傍にいなければ、きっといろんな貴族子息から声をかけられていただろう。


 そして貴族から求められれば、一般市民の私達は、強制されざるを得ない。

 その防波堤が、ナッティさんでもあるのだけども。


 ちなみに。

 キツネさんの恩恵は、学園では、ほぼ、ない。


「このままいくと。婚約者のいないあなたは、私とくっつくことになるわよ」

「っ!?」


 突然のナッティさんの告白に、私の眼鏡もずり落ちる。


「どゆこと?」

「キッカ。殿下は、このままだと、廃嫡されるわ」

「うわ、不敬」


 とんでもないことを暴露するナッティさん。でもあれだけやらかしてたらそりゃそうなると思う。


「私の家に釣り合うのは、あなたくらいよ。王家にコケにされた私の父が、いくら仲いいとはいえ、再度王家と婚姻を結ぶはずないでしょう?」

「それは……」

「殿下と添い遂げるくらいならあなたでもいいくらいよ、私は」


 そこでナッティさんは言葉を切って、じっとキンセンさんをみた。

 その目は、決断を迫る目だ。


「……少し、考えさせて欲しい」

「時間はないわよ? よく考えなさい。今しか、時間はないのだから」


 そう言われたキンセンさんは、俯くように頷くと、王爵邸に用意された自室へと戻っていった。


「ナッティさん。今の話、ほんと?」


 静かになったその通路で、私は本人がいなくなったことを確認するとナッティさんに問いかけた。


「ユーロは、侯爵家で、この国の宰相の嫡男ですから引く手数多ですわ。私の家格に釣り合うのはあれくらいですわね。……お父様は、殿下を廃嫡したあとの私の相手として数少ない相手に入れてますのよ」

「政略結婚?」

「この世界の貴族はそんなものですわ。……貴方がたの世界が羨ましいという気もありませんが、こと、自由婚についてはこの世界にもたらしたい政略ですわね」


 ナッティさんは、少し寂しそうな笑みを浮かべると、ディフィさんの頭を優しく撫でる。

 しばらくすると、ナッティさんから、明日もあるからと言うことで部屋へと戻ることになった。


「……上手くいかない」


 ナッティさんが少なからず気心知れて幸せになるには、キンセンさんが有力なのかもしれない。でも、そのキンセンさんを想って、ナッティさんはハナさんとキンセンさんをくっつけようとしている。


 ハナさんも満更でもない。たぶんキンセンさんならハナさんと仲良くやっていけるだろう。



「……この世界で、いい人を見つける、か」



 私は、いつか誰かしらといい感じになるなんて、まったく思い描けないな、と思いながら、空に浮かぶ満天の星を見て、ため息をついた。

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