132.数日ぶりに会う彼は(アズ視点)
モロニック王都 ヴィラン王爵邸。
夕方に差し掛かった頃、応接室で談話していた私達。
いつものメンバーに、ディフィさんを連れて帰宅したハナさんとユーロ君が話したいことがあると、唯一の男性参加の珍しい組み合わせで夕食前のお茶会となった。
その話とは、ハナさん達が学園で遭遇したストーカー事件についてで、相手が相手なだけに、どれだけ怖かったかを教えてくれた。
事件といっても、学園を所有する王国の王太子が起こした事件であり、その事件の当事者たちしか知らない事件なので、事件と呼ぶべきなのかどうかは分からないけど、被害者側からしてみれば、事件は事件。
思い出しては目に涙を溜めながらナッティさんに抱きつくディフィさんに、いつもなら愛の言葉でディフィさんをメロメロにするナッティさんが、慌てて抱きしめつつハナさんとユーロ君に目で詳細を問いかける。
二人が目撃し、二人もディフィさんと共に体験した出来事を聞いて、私たちはカース君がどれだけカスなのかと、名前さえも自身を体現しているのかと思って絶句した。
私に至っては、
「……アサギリ令嬢のすまほの一件で、殿下が謝罪に向かわれたとき——」
「謝罪? なんの話ですか?」
「……ぁあぁ……ハナが言っていた通り……。まさかの、王からの勅命を殿下が無視しているとは……」
膝から崩れ落ちるとはまさにこのことか。
そう言わんばかりにユーロ君は膝を折って土下座状態。
でも、どれに驚いたらいいだろう。
謝られていないところ?
カース君が私に謝るよう王様から指示されていたってこと?
謝れと言われないと謝れないことに? むしろ謝らないところ?
ユーロ君がなぜか代わりに謝っているところ?
それとも、王様が私に謝ることを勅命としていたこと?
どれに突っ込めばいいのか、どれに驚いたらいいのか。
カース君が名前の通りだと思うだけでいいのだろうか。とか思ったんだけども……。
でも、それよりも気になるのは……
「……ハナぁ?」
にたぁっと、この世のすべての卑しさを凝縮したかのような、いやらしくも満面の笑顔を、言った本人のユーロ君にではなく、ハナさんへ向けるキッカ。
「……トクニ フカイイミ ハ アリマセン」
機械のような声で、ふいっと誰もいないところを向くハナさん。
恥ずかしそうにして顔を真っ赤にしてる様を見ると……。
……あれ? あれあれ?
「キッカキッカ。もしかしてこれは……」
「そう。そういうのに気づかないアズでも気づく」
「本当に、深い意味はなくて……そうですよね、ユーロ!」
「「……ゆぅろぅ?」」
「ち、ちがっ。……ディフィさんと一緒に逃げてるときに、同級生だから互いにそう呼んでって言っただけです!」
ほほぅ?
どんどんと暴露していくハナさん。なるほど、なるほど。
……ん? キッカ。いま、私のこともディスった?
「そこまでにしておきなさいなお二人とも。その場にいた第三者のディフィに聞けば済む話です。どうなの? ディフィ」
どんどん墓穴を掘るハナさんを助けようとしたのか、苦笑いをしながらナッティさんが助け船を出した。
「お姉さま。私はそんな話を聞いていないような聞いていたような。積極的だったとお答え致しますわ」
「ディフィさん!?」
涙を拭いてもらいながら楽しそうに笑顔で答えるディフィさんに、「いい子ね。素晴らしい回答よディフィ」と、ディフィさんの答えになでなでが止まらないナッティさん。本当に助け船だったのかも怪しい。言葉ではないナッティさんの慈しみに、ディフィさんの機嫌も直ったみたい。
「まあ、お二人の話は後で詰めるとして」
「詰められても困ります」
「問題は、殿下が何を思って私の愛しいディフィに近づこうとしているか。その辺りはわかるかしら、ユーロ」
「……殿下の斜め上の考えは、分かれば今までも苦労していませんよ。強いて言うなら、数日前から急にですね。すまほの一件の後日といったところです」
ナッティさんに「いい加減立ちなさいみっともない」と叱咤激励されて、――正しくは蔑みの目で見られて――こほんっと咳払いしながら気持ちを切り替えて眼鏡もくいっとあげて質問に答えるユーロ君。
ハナさんと目があって少し恥ずかしそうにしている二人。
……爆ぜればいい。なんて、思ってはいないけど。
「……あれかしら」
ナッティさんは、思い当たる節があったのか、ディフィさんをじっと見た。その熱視線に「おねぇさまぁ……」とディフィさんは別の意味で瞳を潤してる。
……こっちも、爆ぜればいいかもしれない。なんてことは思っていない。
「ナッティ、心当たりが?」
「すまほ事件の後、ディフィが私に盛大な愛の告白をしましたの。あの時の可愛くて美しく花さえ祝う姿を見たら誰だってディフィの虜ですわね」
ナッティさんがディフィさんの頬を優しく撫でると、ディフィさんはその手に愛おしそうに触れてうっとりと言った表情を浮かべ、いつも通りに二人が見つめ合う。
……客観的に見たら、私もあんな感じになってたのだろうか。誰と私のときとは言わないけど。
横でキッカが「爆ぜろ」と呪文を唱えてるけど、私はこう見られていたのかと思うと恥ずかしかった。
「私にはそれが分からないが、ナッティが言うならそうなのかもしれないな」
「あら、貴方が見ても惚れ惚れしてたわよきっと」
「いや、私は……」
二人が見つめ合う様に見慣れているのか、ユーロ君はため息をつきながら眼鏡を直す。
直しながらちらりとハナさんを見るユーロ君に、女性陣はみんなして「ほぉ」と小さく声を上げた。
ユーロさん、男子の視線は、女子には丸見えですよ。ほら、ハナさんがまた恥ずかしそうです。
「キンセンさん、意識しすぎ」
「い、いや、むしろ君たちも私のことをユーロと呼んでくれれば問題ないだろう?」
「ハナさんだけにそう呼ばれたいに決まってる」
「う、いや、それよりも、アサギリ令嬢こそ、このままでいいのか?」
くすくすとキッカのユーロ君いじりに笑っていると、露骨な会話逸らしに私が巻き込まれた。私がこのままでいいとはどういうことだろう。
「父から聞いたが、君の恋人の冒険者、シンボリックの皇太子だったのだろう? 公には出来ない話とも聞いているけど、ここの皆はすでに知っているはずだから言うが」
「こ、こいびと!? ヤンスさんは違いますよっ! ヤンスさんには聖女さんっていう恋人が」
「いや、聖女セフィリアは別の婚約者がいるからそれはないだろう。まあ、少し話を聞きたいと思っていたから、ここに呼んでおいたので聞いてみるといい」
「は? よ、呼んだ?」
ユーロ君が私から視線を外す。その目線の先――私の後ろに、誰かが立っている気配に気づいて、ゆっくりと振り返った。
「アズはん……」
びくっと。
思わず体を震わせてしまう。
そこにいるのは、王爵邸に居心地悪そうにするシレさんと腕を組むジンジャーさんと――
「――ヤンスさん……」
久しぶりかのようにも思えるヤンスさん。
シレさんから事情を聞いている私は、寂しそうな表情を浮かべるヤンスさんに、どう接したらいいかわからなくて、思わず俯いてしまう。
でも、あんなことがあったのに、
ヤンスさん、今日もかっこいい
なんて思った私は。
……私が一番、爆ぜたほうがいいかもしれない。
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