131.学園で捕まえて。ただし、捕まえられる側は望んでいない(ハナ視点)


「……はぁ……」


 思わずため息をつくのは、私たちの前でぐでっと、令嬢らしからぬ態度を見せて机に突っ伏している、ナッティさんの侍女のディフィ男爵令嬢さん。

 いつも、そこにいるだけで楽し気な雰囲気を周りに与える彼女がしょ気ているのをみると、心なしか、周りの空気も影響されて雰囲気が変わったようにも思えるから不思議だ。

 ゲームのヒロインみたいな彼女だから、これぞヒロインぱぅわぁだと納得したくもなるんだけど、それはそれで、迷惑だなと思ったのは内緒だったりする。


 実際は、迷惑と思っているわけではなくて。


「殿下がご迷惑をおかけしているようで……」


 私と一緒にこの画材教室に隠れている、モノクルが似合う青髪の青年、ユーロ様は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえ、ユーロ様がそのようなこと……」


 慌ててディフィさんが突っ伏していた顔を持ち上げて違う違うと腕を振る。

 男爵爵位からしたら、侯爵家の人がいきなり頭下げたらそうなると思う。


「ユーロ様、あれは何があったのですか?」


 私は今起きている面倒ごとが、なぜ起きているのかをユーロ様へと聞いてみた。

 私達は今、その面倒ごとのために、ディフィさんの護衛として、学園の端の美術の授業で使う画材置き場となった小さな教室に隠れているのだから。


「私も、なぜ急にあのようになったのかまでは分からないのですが……」

「それにしては酷いですよ?」

「……申し訳ありません」


 別にユーロ様に謝ってほしいわけではないのだけれど。


 最近、どこぞのカース殿下こと、カスにしか見えないこの国の王太子であるカス殿下がしつこい。


 この言葉に尽きる。


 先日から、妙にナッティさんに声をかけるようになったカス殿下は、ナッティさんに声をかけるのは口実であって本当はその傍にいるディフィさん目当てのようだった。

 最初はそこまで気にならなかったけども、目線が常にナッティさんではなくディフィさんにあることに薄々気づきつつあったナッティさんが、ディフィさんが一人の時に殿下達に声を掛けられ囲まれることがあって怖いとナッティさんに泣きついたことから、私達にナッティさんがいない時はディフィさんと一緒にいてくれないかと相談があって、今こうやって護衛みたいなことをしている。


 昨日はアズさん、一昨日はキッカさん。そして今日が私。


 もう、何といえばいいのか。

 カス殿下がナッティさんがいない時にディフィさんに迫る様が、気持ち悪い、の一言に尽きる。


 例えば、

 花を愛でてヒロインぱぅわぁを発揮しているディフィさんの、正面花壇の中からいきなりカス殿下が現れて声をかけてきたり。

 教室移動中のディフィさんのある一定の距離で後ろに常に立つカス殿下だったり。

 食事中のディフィさんに近づいて、無理やり隣に座って食事を共にしようとして、手作りだと知ると食べたいアピールをするカス殿下。

 自分がとっていない選択授業なのに、王権乱用してわざわざディフィさんの選択している授業に参加。隣に座ろうとするカス殿下。そもそもその選択授業はメイド教育ですよ、カス。


 お花を摘みに立ち上がったディフィさんの、一定の間隔で後をついてくるカス殿下を見た時はぞっとした。

 恐怖に駆られてトイレに駆け込んだディフィさんを追いかけて女子トイレに入ろうとしたカス殿下を、ユーロ様が止めなかったら、とんでもない事案が発生していたんではないだろうかと思う程に……。



 カス殿下は、ディフィさんのストーカーとなっていた。



 そんなカス殿下をユーロ様が止めている間に私がディフィさんと一緒に走って逃げて。途中殿下を巻いたユーロ様が合流したところで、殿下のディフィさんを探す声に三人揃って恐怖して近くの教室に隠れ入ったのが今。





 なんで?

 なんでこんなことに?

 私は『学園ホラー〜ストーカーさん捕まえて〜』みたいな、乙女ゲームの中にでも入り込んでしまったのかもしれない。



 私達はみんなして「?」マーク。

 数日前は何も気にしていなかったのに、なんで?


 アズさん達の時は、何も起きなかったって言ってたのに。


 そもそもカスは、ナッティさんの婚約者のはず。なんでディフィさんを追いかけ回しているのか。節操がないとは聞いていたけど、今度の標的はディフィさんにした、とか? 婚約者の侍女に手を出すとかどれだけ手癖が悪いの。しかも手を出すことを気づかれているのに、それでも手を出そうとするその根性が意味わからない。


 カス殿下だけならいい——いや、それもよくはないのだけれども。

 取り巻きの赤髪シュミ緑髪ネスもディフィさんのストーカーとなっているから厄介。

 ただ、カス殿下より普通に声をかけてくる分にはまだましなのかもしれないけれども。


「……もしかして、ユーロ様も?」

「……え?」


 ユーロ様も殿下の取り巻きの一人。

 まさか、ユーロ様もディフィさんを狙っているとか。


「いやいや、お待ちを、ユウゼン令嬢」

「ハナでいいですよ。同級生なんですから」

「おお、それは嬉しい。で、では。……は、ハナ」

「は、はい……」


 眼鏡くいっと、少し恥ずかしそうに私を呼ぶユーロ様。

 そうちょっと恥ずかしそうにされると、私も名前呼びを自分から提案しておきながら恥ずかしくなった。


「私はディフィ令嬢を前々から知っていますのでそのようなことはありませんよ」

「あぁ……」


 前からディフィさんを知っている。


 そう言ったユーロ様の、その言葉。とても説得力があった。

 つまりは、ディフィさんとナッティさんが恋仲だということを知っているということだから。

 ユーロ様は安心できる。そう思うと、ほんの少し、胸の奥がほっとした。


「信じていただけたようでなによりです」

「すいません」

「いえいえ」

「「……」」


 ……どうにも、気恥ずかしい。


「お二人とも、どうしたんですか?」


 そんな私達を、にやぁっと変な笑顔で見てくるディフィさん。

 二人揃って、「何でもないです」なんて口を揃えてしまったもんだから余計に恥ずかしくなった。


「……先日、アサギリ令嬢の【すまほ】を壊して謝りに行った時、ディフィ令嬢を見たようで、急に私にも探りを入れてくるようになりました」


 こほんっと、咳ばらいをしたユーロ様は、話題を変えるように言った。

 アズさんのスマホを壊したカスは、その後謝りにきたようで……きたようで……?


「……あれ? アズさん、謝られてないですよ?」

「え……?」

「私もアズ様とはほぼ毎日一緒にいますけど、殿下がアズ様に何か言っているところはあれ以降みていないです」


 私がいないところで謝られたのかもしれないけど、そうだったらアズさんも何かしら言うはず。

 言わないってことは、たぶんそういうことなんじゃないかと。

 アズさんの性格上、謝られても許さないような気はするけど。……ああ、許さないのはどちらかというと、キッカさんか。


 ユーロ様はその回答に顔を蒼褪めさせた。


遺物アーティファクトを壊して、謝罪もまだしていない……? 王からも厳命されたことを、していない?」


 と、なかなか危険なことを口走っている。

 なんだか、ユーロ様は、とても苦労しているんだろうな、と、なんとなく同情した。


「ディフィ~、話したいことがあるんだ、出てきてくれないか~?」


 遠くからそんな声が聞こえて、三人揃ってびくっとする。


 とにかく今は、この場から離れて逃げること。

 三人揃って顔を見合わせてこくりと頷く。


 ナッティさんの元へ行けば、多分大丈夫。

 ああ、本当に。

 殿下は名前の通り、カスだなって、思いながら、私たちは教室から出て、逃げる。



 これが、これから先学園での日常になるなんて、この時は思ってもいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る