129.シレさんぶっこむ(アズ視点)


「——ってことがあってね。みんなと少し離れて旅してきます」


 王都モロニック。ヴィラン王爵邸。

 第一城壁内の上級貴族が住まう王宮から、城壁外、第一円環道の一区画にどでんと、そこが本当は王宮なんじゃないかと思うくらいに大きな敷地を有して建つヴィラン王爵邸は、お城ではないにしても領邸としては破格の大きさだ。

 それこそ私達の知る大きさを図る例の基準。ドームで換算するなら、ドーム三つ分くらいの敷地の王爵邸に私たちはお泊りさせて頂いている。


 ちなみに、王宮はドーム二つ分くらい。そこから離れた場所に上級貴族のお屋敷がずらずらと並んでいるのが第一城壁内だったりする。


 王宮と王爵邸の違いは、王宮はお城だけでなく王族ごとに使う様々な邸宅や庭園に分かれているけど、王爵邸はどでんっと、大きな三階建ての屋敷があって、屋敷に向かう前までの道に庭園だったりと憩いの場が広がっている。

 王爵邸は王族も呼んでパーティするらしいから広々としてるんだろうなって勝手に思ってる。


 学校も終わり、ナッティさんと一緒に帰宅したそんな王爵邸。

 冒険者稼業に精を出して私たちの生活費を稼いでくれているシレさんが遅れて帰宅。

 豪華な食事が並ぶ食堂で、ナッティさんも含めて食事中に、話があるとシレさんに言われて言われたのが、私達と少しだけ離れて別行動をするってことだった。


「……えーっと……つまりは、どういうことですか……?」


 色々説明されて、頭が混乱している。

 私は目の前のパンケーキをぱくっと口に入れると、口の中に広がる蜂蜜の甘さに、このままその甘さに蕩けて言われたことを忘れてしまおうかと思えるほどには。


 ヤンスさんが皇族?

 ヤンス語が皇族言語?

 教国がヤンスさんを探してる??


 はー。ヤンスさん、偉い人だったんですね。


「ナッティさんは、ヤンスさんがそういう身分だってことは知ってましたか?」

「いえ、存じ上げませんね。シンボリック教国はこの国とは友好関係にあるものの、事皇族に至っては極秘事項とされていましたから。政権に関わらない皇族。お飾りの象徴という印象しかないのと、公式に発表されている皇族ならまだしも、その末端の皇位継承者を知っているかと言われているわけですから、流石にそこまでは」


 ナッティさんは、すでに王妃教育も終え、国政にも関わっている。

 だからこそ、国外についても詳しく、周りの話を聞く限りは、国外の王族さえもナッティさんの政治手腕に舌を巻き、欲しているという噂を聞くくらい優秀だと言う。ナッティさんは、凄い。


「先日の。聖女によってソラさんの喫茶店が全壊した件ですが」


 かちゃかちゃと、小さく音のなる食堂で、少し間を置いてナッティさんが切り出した。


「あの一件からすでに一週間ほど経っておりますが、すぐに釈放されておりましたね」

「……睨まれたりして大変です」


 聖女、セフィリア・ウル・シンボリックはあの一件があったにも関わらず、一日程度、牢屋にしては綺麗な、上位貴族に宛がわられる牢屋という名の王宮の一部屋に監禁され、簡単な事情聴取を受けた後釈放されている。

 キツネさんのことをよく知らない王宮官僚が、聖女派閥のお偉い貴族様から賄賂を受け取って釈放したらしくて、それを聞いたワナイ王が激怒して貴族を降格、官僚は王都から追放されたとナッティさんから聞いている。


 どれだけ腐敗しているのかなと思う反面、それだけ聖女というものとシンボリック教という一神教の教えが根深いものなのだろうという、宗教権力の恐ろしさを見た気がした。

 だって、何をしても許されるってことでしょ?

 聖女様はいつもと変わらず学園に来て変わらぬ一日を過ごしているけど、再度捕まえたくても、一度釈放された相手を同じ理由で捕まえるわけにもいかず、手をこまねいているとナッティさんから教えてもらった。


 学園で会うたびにじろりと睨まれるわ、「ヤンス様は渡しません」とか言われたりするわで、結構迷惑してます……。

 もう、渡す渡さない関係なくて、ヤンスさんは私のでもないので持っていくなら持っていってもらいたいです……。

 ちょっとちくっと胸の奥が痛むけど、もう、それでいいかなって。


「今回のヤンスさんの話について。関係があるのではないか、と思いましたの」

「……聖女様がですか?」

「はい。あの聖女——セフィリア様は、以前お伝えしたように、シンボリック教国のマッハ・ガ・ヴァルスデ・ヤンス侯爵令息の婚約者ですので、ヤンス様の婚約者ではありませんの」

「ヤンスさんが皇族なのも驚きですけども」


 ナッティさんが、「ヤンス語が皇族特有の話し言葉だったと情報を得ていればすぐに気づいたかもしれませんね」と苦笑いする。言われてみれば、あんな特殊な話し方をする人って早々いないよね。


「なるほど」


 はむっと音が出ていそうなほど美味しそうにお肉を口の中に入れたキッカが、意を得たりというテイでナッティさんを見た。


「つまり、ヤンスが皇族だってことを知った聖女は、婚約者を捨てて、皇族になるためにヤンスにすり寄った、と。しかも、ヤンスと聖女は昔からよく知った間柄なので、すんなりと懐柔できると聖女は踏んでいた」

「さすがにそこまで簡単ではないかとは思いますが、概ねは」

「それだけではなくて、昔からの皇室と宗教の二つに分かれていた国を、一つに纏め上げるとか、そういう意味もありそうですね」

「ハナさんの言ってるそれもある。シンボリックって名前は分家とかで出回ってるけど、真の皇族という部分では交わってなかったんじゃないかと思う。それを一気に壊滅させて、後ろ盾をすべて消した後で、宗教側が後ろ盾になる意味を含めて直系と婚約する。そうすると、皇族の権威も使うことができる、まさに宗教国が出来上がるってことなんだと思う」


 ヤンスさんを宗教側に取り込むことによって、国の統率者を一本化する。

 そのために聖女様がヤンスさんに近づいたのかと思うと、国の権力争いに巻き込まれた聖女様としてはどういう気持ちだったのだろうかと、少し聖女様に同情してしまった。


「昔からヤンスのことが好きだった可能性もある。そこは聖女に聞かないと分からないけど」


 そんな私の考えを読んだように、キッカが私を見て言った。

 聖女様は、この機を逃せば政略結婚で決められた婚姻から、好きな相手に嫁ぐことができると思って乗ったのかもしれない。


「そのために皇族を根絶やしにするというのも恐ろしいことです」


 しーんと、食堂が一気に鎮まった。

 国を意のままに支配するために皇族を滅ぼした。

 一人だけ生き残っていたというのは向こうとしても計算外だったのかもしれないけど、それはそれで好都合だったのかもしれない。

 考えれば考えるほど、そうであるという疑惑が正しく思えてきて、その渦中の中心であるヤンスさんが大丈夫なのかと心配になる。


「で、まあ……その、私とジンジャーさんでヤンスさんの護衛を兼ねてシンボリック教国に行くことにしたわけで」


こほんっと、場の空気を変えるかのように、飲み物を飲みながらシレさんが言った。


「私達も行こうか?」

「いやぁ……うん。まあ、みんなは学園生活楽しそうだから、後少しだけだけど、楽しむといいよ」

「シレさん、一緒に学生生活できないからって嫌味っぽい」

「ち、違うよっ!?」

「シレさんがあの学園の制服着たら、ちょっとコスプレみたいに見えるかもしれませんね」

「そんなにっ!?」


 キッカとハナさんのシレさん弄りにナッティさんと一緒になって笑う。


「あ。ジンジャーさんがヤンスさんと同じ故郷なら、ジンジャーさんのお父さんにも会えるんですね、シレさん」

「……」


 はっと、笑いあっていたみんなが、私の疑問に固まった。


「……? え?」


 あれ?

 ……まさか。


「え? え?……え??」

「アズ、落ち着く……シレさん、本気」

「い、いやぁ……まあ、その……」


 まさか。

 まさかシレさん、そのまま挨拶いってジンジャーさんと一緒になる気だったんですかっ!?







—————————

作者より。

言い忘れてましたが、近況ノートにてカクヨムコンテスト9に参加している作品について記載させてもらっています。

お絵描きと共に。よかったらご覧ください。


https://kakuyomu.jp/users/tomohut/news/16817330667749691957


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