128.私の向かう先(シレ視点)


「そもそもヤンスさんは、ヤンスヤンスって日頃からうるさいんですよ」

「ヤンス!?」

「シレ……それは言ってやるなよ」


 誰もが言いたかったであろうことをヤンスさんに伝えると、ヤンスさんは衝撃を受けたような顔をして固まって動かなくなった。

 そんなヤンスさんを庇うようにジンジャーさんが私に抗議の声をかけてくる。


「ジンジャーさん、ヤンスさんがヤンスってるのには理由でもあるんですか?」

「ない」

「ないなら庇う必要ないじゃないですかっ!」

「いやそうはいってもなぁ……凄い教育をおやっさんから受けてたから、マスターしたときのヤンスを見てっからなぁ……」


 正座したままのジンジャーさんに近づいて首元についた赤い跡をふきふきして落ちないか確認したりしながら話を聞く。

 ヤンスさんは義父のガンス侯爵様になぜかヤンスというようにヤンスられたって教えてくれるけど、それ何の意味があるのかしら。

 それと、この跡、いつになったら落ちるかしら。どんどん冷静になってくると恥ずかしくなってくる。ジンジャーさんにはしばらく服着てもらおう。こんな肌露出させてたら、いろんなところに跡ついてるからじろじろいろんな人に見られちゃう。


 ……はっ。そういうこと。

 ミント様達が恥ずかしそうにしてたのは、この跡をみたからねっ!?


「シレ様。我が国の皇族古来からの言語なんです、それ」

「ヤンスがっ!?」


 どういう服をジンジャーさんに着させようかとかそんな別のことを考えているときに、ミント様から衝撃の答えを聞いて私も固まる。

 ヤンスさんが皇族だってことにも驚いてるのに、ヤンス語が皇族専用言語だったことにも驚くしかない。だって、私達時々ヤンスが移っちゃってヤンスって言っちゃってたし。

 ……あれ? そういえば、ナッティさんもヤンスが移ってたことあったけど、ナッティさんはヤンス語が皇族用語だったりは知らなかったのだろうか。


「シンボリック教国の中でも皇族くらいしか知りませんし使いませんから。外に出ることも滅多にないでしょうし、それに使っていても……その……」

「ああー。使ってても変な言葉喋ってる程度にしか思われないからですね」

「ヤンスっ!?」


 まー、でも。

 知ってる人からしたら、ヤンスさんは皇族だってことがわかるってことね。

 なるほど、そりゃ聖女さんがすぐにヤンスさんを見つけ出すこともできたわけね。

 だって、「ヤンスって語尾につける方やヤンスって執拗に言ってる人がいたら教えてほしい」って言えばそれだけでヤンスさんに行きつくから。


「……話を戻しますと。ヤンス様。是非、一度我が国にお戻り頂きたいのです」

「……なんででヤンスか」

「皇族が誰一人いなくなり後継者がヤンス様だけということもありますが、ガンス侯爵がヤンス様にお会いしたいと言っておられます」

「お父様がでヤンスか。それはないでヤンス。ヤンスはすでに侯爵家から籍を抜かれて勘当された身でヤンスから」


 ジンジャーさんから以前聞いたけど、確か次期侯爵のお兄さんと継承争いするのが嫌で冒険者になるっていって出てきたんじゃなかったかしら。その時に勘当みたいなことをされてるとは聞いたけど。

 あれ。じゃあなんでジンジャーさんをお目付け役みたいに一緒に行動させたんだろう。心配性ってジンジャーさんは言ってたけど、ガンス侯爵様はヤンスさんが皇族だって知ってたわけだから、ジンジャーさんって護衛も兼ねてたのかな。


「いや、ヤンス。お前勘当も何もされてないぞ」

「ヤンス?」

「じゃなかったら俺も一緒にいかねぇだろ? 勘当って言うのは、あくまでお前が自由に動けるように言ってただけで。普通に侯爵家の人間のままだぞお前」

「ジンジャーさん……知ってたでヤンスか?」

「いや知らねぇよ。お前が皇族だったとか知るわきゃないし。……あ、知るわけないでござんす?……んぁー。敬語とかどうやって使えばいいんだよぅ」


 ジンジャーさんが頭を抱えている。

 そんなジンジャーさんが可愛くてぴとっとくっつくと、ジンジャーさんが頭を撫でてくれてた。

 屈強な筋肉を愛でながら頭を撫でられるとか、至福。


「ジンジャーさんに敬語使われるとか困るでヤンスよ。ジンジャーさんは侯爵家にいた時もヤンスのヤンスなんでヤンスから」

「ぉう、そう言ってもらえると本気で助かるわ」


 ジンジャーさんはやっぱり、ガンス侯爵様がヤンスさんの護衛につけたってことよりも、仲のいい弟分が心配で一緒にいてあげた、がしっくりくるわね。

 兄貴分の熊さんみたいな人。……私の目に、狂いはなかったわ……。


「しっかし、気になるのが、おやっさんがなんでヤンスを探しているのかってことだなぁ。教皇様はなにかご存じで?」

「寝たきりになってしまったガンス侯爵が顔をみたいという話をお聞きしておりましたが」

寝たきりヤンス!?」


 ジンジャーさんとヤンスさんが立ち上がって驚いた。

 その拍子に私をしっかり抱きしめてふらつかせないジンジャーさんが素敵。


「あ、ありえねぇ……あのおやっさんが……?」

「ヤ、ヤンス……お父様は死んでも蘇るヤンスな人でヤンスよ……?」

「実際、侯爵位を嫡男に後継しているわけですからあり得ない話ではありませんよ」


 二人が愕然とした。

 ヤンスさんに至っては教国のほうを見ては心配そうな顔をしているし、ジンジャーさんも話を聞く限り、おやっさんなんて呼ぶくらいお世話になった人なんだから心配そうだった。

 んまー。ジンジャーさんがおやっさんって言うくらいなんだから、なんか屈強な人をイメージしてるんだけど、多分きっとそうなんだろう。


 そんなジンジャーさんが泣きそうな顔をして、ジンジャーさんの胸板を堪能している私を見て迷うような動きを見せる。


 ……ああ、そう。

 ジンジャーさんが慕ってた人が苦しんでるって聞いたら、そうなりますよね。


「シレ。俺……」

「いいですよ」

「シレ?」


 ジンジャーさんが申し訳そうな顔をして言うけど、そんな話を聞いたらダメなんて言うわけがない。


「行きましょう。シンボリック教国」


 ジンジャーさんがきょとんとした顔をした。

 なんですか、私をキュン死させる気ですか。


「え? 行く?」

「私も行きますよ?」

「いや、だって。シレはアズ達と……」

「いやいやいや、おかしいですよジンジャーさん。なんで私をみんなとセットにするんですか」

「?」


 考えてもみなさい。

 高校生って年でもない私が同じ学園にいけない時点で、私は比較的自由なんですって。

 みんなと学園生活を満喫したかったにはしたいけど、流石にちょっとお姉さんな私はみんなと一緒にわいわいできるかというと少し不安がある。

 ちょっと自分で思っておきながら悲しくなったけど、別に今もこうやって別行動してるんだから何ら問題はない。


「まー、そんなの気にせず。私はジンジャーさんと一緒にいるのがいいんです。だから一緒に行きますよ」

「シレ……ありがとう」


 みんなに数日別の国行ってくるって感じで言えばいいだけ。それにそのうちアズちゃんとヤンスさん絡みで行きそうな国だから、先に見てくるのも悪くないしね。お姉さんはみんなより先に知って町を案内してあげるのさ。



「ジンジャーさんとの長距離旅行、楽しみです」

「ぉ、ぉう?」



 そういった私に、公爵様が「であればついでに我が領土で式をあげ——」とか言い出したので、ミント様がものすごく怒り出した。

 というか公爵様。これだけジンジャーさんにくっついてる私を見ても諦めないとか、どういう神経してるんだろうかなんて思う。


「聖女と聞いたら見境なく求婚するその癖を、なんとかしてくださいっ! 私に求婚してきたときとまったく変わっていないじゃないですかっ!」

「ぬ。ぬぅん! 我が領地には聖女が必要であることは間違いないし、それは教皇様が断るから」

「保留にしただけです! そもそも教皇職している私が結婚してモロニック王国にいったら大変なことになりますよっ! もうすぐ後継に譲り渡す予定なのですから、もう少し……」


 ……ん?

 ミント様。もしかして……?

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