125.伏兵(シレ視点)


 ヤンスさんが何を言っているかなんてわからなくてもいいわって顔をしたら、ヤンスさんが「ヤンスっ!?」って私の表情からなにを思ってるか読み取ってショックを受けている。


 話を聞く限り、もし聖女さんの言ってることが正しいのなら、ヤンスさんは皇族ってことになる。宗教国家のお偉い人っていうことになるんだけど、もし本当なら、聖女さんがアズちゃんに嫌味っぽく当たったのもわかるような気もした。

 だって、一般市民が皇族と恋人っぽい雰囲気なんでしょ? そりゃその国の聖女さんが許すわけないわよね。おまけに、その聖女さんは義妹になるんだし。


「……ねぇ、ジンジャーさん。もしかして、この国の貴族の人達の……例えば、ヤンスさんの、ガ・ヴァルスデとかいうのって、神聖文字なんですか?」

「おぅ? そうだぞ? 古い新しいはあるだろうけども、シンボリック神教国の教皇が皇族に許可を得て、神からもらった神聖文字を貴族に譲渡してんだ。それされずに貴族名乗ってるとしたら、まー……インテンス帝国くらいかぁ?」


 激しい帝国さんは、神様も恐れないってことね。

 って、今思ったらその神様ってフォールセティ様よね。


「……あれ? ヴィラン王爵様とか、神聖騎士みたいな格好してるワーシップ公爵様とかも、ついていないのはなんでですか?」

「隠してるってことはあるだろうなぁ。シライン様は確か【ワー】が神聖文字だったはずだけど、爵位と合わせたって話を聞くな。ヤンス、ヴィラン様はなんか知ってるか?」

「ヴィラン様は神教国以外からもらう予定って話を聞いたことがあるでヤンス」

「……別の?」

<シテン様ですよ>

「あー、なるほど。ヴィラン王爵様は、キツネさんのこと好きすぎるからキツネさんからもらいたいんですね」


 私達、そんな神様より偉い人に助けてもらってるんだけど、神聖文字ってものにありがたみを感じないのは私だけなのかしら。


<できればササラさんには、そういわずに私の祝福をしっかりとお受け頂きたいところですよ>

「!?」


 さりげなく会話に混ざってきたその声が、ふふっと含み笑いのような笑い声をあげた。蕩けるような、それこそ耳元で囁かれた声に、思わずびくっと体を震わせてしまう。


 この声は、聞いたことがある。

 フォールセティ様だ。

 ああ、そうか、そういうことね。聖女の称号を持ってるとフォールセティ様とお話できるってことね。実際聖女の称号をもつ女性を多々抱えるから、シンボリック神教国としてやっていけてるってことなのね……。


 神様と交信できるって、確かに凄いことなのかもしれない。

 私がその能力もってるのってもまた不思議な話だけども。


「——あら、そちらにいるのは」

「んぁ——……いっ!?」


 私がきょろきょろしていることにそわそわしているジンジャーさんが、背後から聞こえた声に無条件で反応して変な声を上げた。


 背後におっきな騎士さんを連れた、法師みたいな格好した女性の人がにこやかな笑顔を向けてそこにいる。


「……うわぁ……」


 思わず私も、小さく声をあげてしまった。

 だって、そこにいたのは、シンボリック神教国の教皇様。確かミント様。

 護衛のように立っているすっごい強そうな男の人は、さっき話に出ていたシライン・ワーシップ公爵。


「今、ササラ様は、フォールセティ様とお話されてましたね」

「え、教皇様、わかるんですか?」

「ええ、私も昔はよくお話させていただいてましたから」


 教皇様はどうやら元聖女だったみたい。称号ってついたり消えたりするもんなのかしらなんて思ってたら、


「なんとっ。ササラ嬢は聖女様であらせられたか」


 公爵様が私の前に来て、急に片膝立ちで跪いて慌ててしまう。


「ササラ嬢、是非我が領地でその聖女としての力を捧げてくれないだろうか」

「……はい?」


 私の手を取り、手の甲に口づけを落とすまでがとにかくスムーズ。知識もなく慣れてもなかったらこれ一発で落ちる自信がある。だって、アズちゃんじゃないけど、かっこいい騎士様がやるのよ。すっごいがっちりとした筋肉してて、むっきむきさが鎧着ててもわかるんだから。

 あー、これはあれね。異世界って筋力ないとやっていけないからこうなるのねー。なるほどなるほど。触っても怒られないかしら。


「……シレ?」

「はっ」


 危ない危ない。

 思わず手を出してしまうところだったわ。私にはジンジャーさんって私の心をわしづかみする人がいるのに。


「……だめだろうか?」

「だ、ダメというか」

「我が領地はシンボリック教の教えを大事としている。しかしながら、シンボリック神教国のように聖女がいない。我が領地の大教会に聖女を招くことができれば、我が領地はよりシンボリック教の教えにより準ずることができるだろう」


 ……えー。なんだろう。

 ヤンスさんもわかりにくかったけど、別の意味でこの人、やりづらい。

 流石に筋肉凄くても、これはないわぁ……。


「ササラ様」

「は、はい! 何でしょうか教皇様!」


 なんてちょっと現実一歩後退しながら目の前の騎士様にひいてると、教皇様に声をかけられる。教皇様は私の反応が面白かったのか、口元を隠しながら上品に笑う。


「ミントでいいですよ。……その、ササラ様、今のやり取り、ご理解されていますか?」


 国のトップの人を呼び捨てになんかできませんって!

 どう考えても私より年上だし。……あれ? 年上。年上ですよね?……あれ、妙に幼い感じに見えるけど。

 私、この世界の人達から見たら、すっごい年増に見えてないだろうかと、教皇様——もとい、ミント様を見て妙に心配になった。


 ミント様に聞かれたことに、私は何か会話のやり取りに妙なところがあっただろうかと考えてみる。

 ただ、普通に王国とシンボリック神教国の間にある王国領地に招待されただけじゃないの?

 あ、でも、力を捧げるってこことは、その領地に来てほしいってことだから、領地を預かる公爵様に言われてるってことで、就職するってことになるのかしら。だとしたら確かにそれは困るわね。私、アズちゃん達とこれからこの世界を見て回ったりしたいと思ってるし……——





「今、求婚されていますよ? そこのシライン様に」

「……はぇ!?」



 領地に力を捧げる=領地の領主の妻になる。

 考えてみればとっても簡単なこと。


 思わずジンジャーさんを見たら、すっごい蒼褪めた顔して私のことを見てた。

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