124. ヤンスを解読できないシレ(シレ視点)


「ヤンスよぉ。俺から話しても大丈夫かぁ?」

「ジンジャーさんならヤンスでヤンスよ……ヤンスはなんでこんなヤンスなのかまったくヤンスでヤンスから」

「そうだよなぁ……なんでこんなことになってるかさっぱりわからんよなぁ……」

「ャンスー……ヤンスのことをどうしてセティはヤンスって言ってたのかもヤンスでヤンス……ヤンスがわからないでヤンスよ……」

「ああ、そうだなぁ……だって、セティ嬢とヤンスはそういう関係にならないしなぁ……」


 ジンジャーさんがヤンスさんの代わりに話をしてくれるみたいだけど、ちょっと助かったと思ったのは内緒にしておこう。

 だって、ジンジャーさんがヤンスさんの話を聞いてそれに相槌打ってる話を聞いて少しずつしか理解できないから。


 ここ、ここに来て、ヤンスさんから話を聞こうとしたときの重要な問題。

 それは致命的な問題だった。



 ヤンスさんが何言ってるか、私はアズちゃんじゃないから、分からない。アズちゃん、どうやって本気のヤンス語を理解してるのよこれ。

 後、ちょっとジンジャーさんの話を聞いててモヤっとした。


「……ジンジャーさんも聖女さんと仲いいんですか……」

「ぅぉえっ!?」

「セティ嬢って愛称で呼んでるから。まー、確かに。綺麗でしたもんねー」

「ちょまっ!? ま、待てシレっ。お前ほど可愛い子はいねぇからっ!」

「……ほんとですかぁ?」

「ほんとだってよぅ! そもそもありゃあ俺なんかが相手にされる相手でもねぇしなぁ。上位貴族が相手にする、俺からしてみたら天上人みたいなもんだぞぅ?」

「……違う違う」

「な、なんだぁ?」

「ジンジャーさんが私のこと可愛いって思ってることがほんとですかってことですっ!」

「そっちかよぅ!?」


 なるほど。ジンジャーさんは私のことをしっかりと可愛いと思ってくれている、と。

 ほくほくしながらジンジャーさんに抱きつくと、ジンジャーさんから明らかにほっとした雰囲気を感じた。


「……で? なんで愛称呼びなんですか?」

「うぉぇ!? い、いや、だってあいつはよぅ! おやっさん――侯爵様の御曹司の婚約者だったからよく会ってたんだよ!」

「……侯爵?」

「ヤンスのヤンスでヤンスよ」

「……」

「そうなんだよ。ヤンスの兄貴の婚約者なんだよあの方は……」


 ヤンスさんから何言われたのかと思わず卒倒しちゃったわ。

 なによ、ヤンスのヤンスって。……アズちゃん、あんた、ヤンスとどこへ行こうとしてるの?


「ジンジャーさん? シレはんは知ってるでヤンスか?」

「ああ、俺が口滑らせた」

「ャンスー」

「まあ、いいじゃねぇか。それよかセティ嬢のことだよ。ヤンスはなんか聞いてねぇのか?」

「何も聞いてねぇでヤンス」

「ジンジャーさん、ヤンスさんのお兄さんってどんな人ですか? ヤンスさんが貴族でお兄さんがいるって前に聞いてましたけど」

「あぁ。俺もお世話になった、おやっさんの嫡男。次期侯爵当主のマッハ・ガ・ヴァルスデ・ヤンスって方でなぁ」

「早いの!? 滅ぶの!? ヤンスなの!?」

「お、ぉう? よくわかんねぇけど、ヤンスのとこだけなんか意味違わねぇか?」


 ど、どれに突っ込めばいいか分からない名前よそれ。

 ……え、待って。


「……ヤンスさん、ヤンス・ガ・ヴァルスデ・ヤンスさん?」

「ヤンス」

「……ああ、今のヤンスはわかったわ」

「ヤンス!?」


 ヤンスさんの名前もまた凄い名前ね、ヤンスがヤンスってることがよくわかるわ。なんて思っていると、ジンジャーさんは遥か遠くのここから北のほうを指して、「あっちにあるシンボリック神教国の侯爵様の婚約者だ。で、マッハ様の婚約者だからヤンスの義理の姉になるんだが、昔から妹的に扱われてたから妹になるのがセティ嬢だ」とすっごい適当な説明をしてくれた。


 この王国の貴族様ではないってことなのね。

 なるほど。で、ヤンスさんは前の話を聞く限りは、そこから家出して勘当された次男さん。ジンジャーさんが知ってるのは、ジンジャーさんが侯爵家のお抱え薪売りだったからなのね。お世話になったのが侯爵当主様だから、ヤンスさんともよく会ってたってことね。


「お兄さんの婚約者だったなら、なんであの時ヤンスさんのことを婚約者だって言ってたんですか? それに、あの時のヤンスさんが言われてた名前、違ってませんでした?」

「ん~? なんて言われてたんだぁ?」

「えーっと……ヤンス・トゥエル・ウル・シンボリック?」


 そう。こんな感じの名前。……そういえば、この名前も凄い名前ね。


「……」


 ジンジャーさんが、ぽろりと、持っていた斧を落とした。

 どすんっとものすごい音を立てて地面に突き刺さった斧は、一歩間違えると、ジンジャーさんの足の指を切り落としていそうなくらいにぎりぎりに落ちた。


「……ヤ……ヤンス???」

「え、なに。なになに二人して」


 ヤンスさんも驚いた顔をして固まる。

 私、変なこと言ったかしら。


「……そりゃおめぇ……シンボリック神教国の、皇族につけられる神聖文字じゃねぇかぁ?」

「神聖文字?」

「トゥエルとウルって言葉は、シンボリック神教国の現皇様や皇族だけが使っていいって名前なんだよ。分家はトゥールとジルで皇族を区分けしてるんだわあの国。……しっかし、ヤンスがぁ? セティ嬢何言ってるんだぁ?」

「ヤ、ヤンスはヤンスでヤンスよ? ガンス様の妹が母でヤンスから、その後親がヤンスされてヤンスってるわけでヤンスし、ヤンスは確かに実のヤンスではないでヤンスが、ヤンスにヤンスがヤンスとかってことはありえねぇでヤンスよ?」



 ……うん。何言ってるか分からないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る