122.範囲外(アズ視点)
学園庭園。
いくつかのイメージごとに分かれた庭園の一つ。
令嬢たちが好んで訪れる、『華の庭園』と呼ばれている場所にお呼ばれされた私達。
そこは学園が誇る大樹がある庭園。緑溢れる、美しい花々が咲き乱れる庭園だ。
大きな大樹がそこにあって、向こうの世界でもおめにかかったことが滅多にない、どこぞの離島の世界遺産と言われていた大樹と同じくらいの大きさに圧倒される。もしかしたらもっと大きいかもしれないその大樹の傍で、緑を称えてそこに佇む大樹を見ながらお茶会というのも、なかなか面白い催しだなと思う。
周りも綺麗に整えられた花壇で囲まれ、綺麗な花も花開く。まるでおとぎ話の花の園にでもいるかのような気分を味わいながら。華の庭園というより、自分が妖精になったかのようなイメージに、ここに集まる女生徒はそんな気分を味わいたいがためにこの場所に集まるんだろうななんて、そんなことを思っていた。
昨日の一連の出来事は、忘れて、である。
「アズ、ソラさんはなんと言ってましたか?」
お茶会——とはいっても身内だけ——にお呼ばれされてその場でのんびりしていると、主催者のナッティさんが心配そうに私に声をかけてくれる。
その隣に座るディフィ男爵令嬢も昨日の話を聞いて心配そうにしてくれているのが少しだけ嬉しかった。
昨日、王都で一時的に寝泊まりさせてもらっているヴィラン邸に帰ると、凄い勢いで走ってきたキツネさんに心配された。
「だれ!? 誰がスマホ壊されたの!?」
「キツネさん!?」
がしっとハナさんの肩を掴んでずももっと至近距離でキツネのお面がある。
あれされたら、ちょっと、怖いかもしんない。
「じょ、情報早いですね……」
ハナさんが口角を引きつかせながら、視線を私のほうへと向ける。
「みんなの壊されたの!?」
「アズのだけ」
「アズちゃんだけが壊されたの!? なにがあったのよぉっつ!」
どうやらキツネさんは、スマホを壊されたという情報だけ聞いて慌ててきてくれたみたい。
簡単に事情を説明して、件のスマホを渡すと、
「……あいつ、この世から消しちゃったほうがこの世界のためになるんじゃない?」
と、妙なオーラを出したので慌てる。
「転生するとかだったら他の世界が可哀想」
「それもそうね」
……キッカ? キツネさん?
カース君ってそんなダメな子ですか……。
「——という話があって、スマホは元の世界で直せるか確認しに、その日のうちにキツネさんは向かっちゃったみたいです」
「行動的ですわね……」
ナッティさんはほっと溜息をついて紅茶を優雅に飲むと、「あら……そうだとしたら、また男の姿になるのかしら?」と何か邪な笑顔を見せだした。
「お姉さまは……他にも色々気を持たれているのですね」
「あら……ディフィ、どうしたの? あれと一緒になることを考えたらそれ以外の相手なんてしていられないわよ」
「お姉さま……そう、お姉さまは、もう、私だけのものではなくなるのですね……」
まるで世界の終わりかのように絶望した表情を浮かべるディフィさん。
「あら、私はいつだってあなたのものよ、私の子猫」
「……お姉さま。でも、お姉さまは、あの王太子の妻となり、そしてこの国の王妃になるのですよね」
「そうよ。忌々しいけどそれが政略結婚——この王国でも最上位の貴族に産まれて、領民達に支えられて生きてきた私の使命ともいえるわね。でも、貴方は私の傍にいるでしょ。これからもずっと」
ナッティさんは続けて、「それに、あれが国王になったら、大変なことになるわよ」と苦笑いする。
ナッティさんの婚約者は、私のスマホを壊したカース君だ。
言われてみれば、あんな後先考えないと言えばいいのか、他人のことをわかっていないと言えばいいのか、そういう人が王様になったら、この国は滅んじゃうんだろうなぁとなんとなく理解する。そのカース君を抑えることのできるナッティさんが王妃となって王国を護ろうとしているのだということも理解はできる。
「私たちの世界では理解できない話」
「あら、そうなの?」
「理解ができないというより、自由婚な私達の世界では、だと思う。私たちの世界でもまだそういう結婚の仕方もあったと聞くし、今もあると聞いてる」
「……自由婚……」
「昨今では、同性でも婚姻関係結べますからね」
ハナさんが言った同性婚については、私達があの世界にいた時はまだまだ普及しているものでもなかったけど、これから当たり前になっていくんだろうななんてことも感じていた。
ディフィさんが「羨ましい」と心の底から呟いたように思えた。
キッカが「私はアズに署名してもらえればできた」と謎の発言をしているけど、それはどういう意味なのか後でしっかり聞いたほうがいいかもしれない。
婚姻届けの書類を用意してたってことだよね?
もう自分は名前書いてたってことだよね?
え? お兄さんたちも持ってた?
……ガチすぎてちょっと怖くなってきたよ、キッカ……。
「そんな世界に、私も生まれたかったです」
「あら、アズ達の世界に生まれたら私と出会っていなかったわよ?」
「そんなっ。もちろんお姉さまのいらっしゃる世界に一緒に生まれて、お姉さまに添い遂げるに決まっています!」
百合熱が凄い。
でもわかる気がした。
ナッティさんは、なんというか……とてもすごい人だ。
なんでも卒なくこなし、心も体も強い。戦うことだってできて、その上貴人。容姿端麗、才色兼備という言葉がすぐに思い浮かぶ人って早々いないんじゃないかな。
以前、領都にいた時に、ナッティさんの話を冒険者から聞いたことがあった。
ナッティさんはこの国に欠かせない重要人物だと。
あの馬鹿な王太子が国王となった時、国を運営するためにはナッティさんがいないと始まらない。
馬鹿を抑えることもできるのはナッティさんだけであって、そのナッティさんがお荷物を引っ提げていても、この国は彼女が王妃になれば発展するだろう、って話。
王都含めた周辺国家四国の王様や各国の重鎮の後継者からヴィラン令嬢を手に入れた国はすべてを支配することができるとまで言われているそうだ。
そんなナッティさんが。これから王妃となる人が。
自分の婚約者には興味はまったくなくて、むしろ毛嫌いしていて。そしてまさかの、同性好きだってことは、あまり知られていないのかもしれない。
「いくら私にとって遠い存在だとしても。いくら私が貴族の中でも下位であっても」
そんなナッティさんを愛してやまないディフィさんが感極まったかのように立ち上がった。
タイミングよく辺りに強い風が吹いて、近くの花壇の花々が、大樹から木の葉や花が舞い散って私たちのいる場所にちらちらと雪のように降ってくる。
それは、今からディフィさんの言おうとしていることを祝福するかのように、ディフィさんを際立たせた。
「私には、貴方を諦めることができないのです。なぜなら私は、深くお慕い申し上げているから——」
ふわりと、風に弄ばれるピンクのきめ細やかな髪が。くるりと回った瞬間に翻る制服が。
今この瞬間が。
まるでディフィさんのためにあるかのように。
「ディフィ……」
「お姉さま……」
「私も、あなたのこと、愛してるわ。私の大切な子猫……」
「ああ……お姉さまぁ……」
そそっと、互いが近づき、二人が見つめあう。
二人だけの世界に入り込んでしまって、私達さえ見えてない。
そんな二人に、「うわぁ……」ってハナさんと二人で顔を赤くしていると、
「……アズ、私たちもする?」
キッカ……。
本気でじっと見てくるの、やめましょう。
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