121.そして彼は真実の愛に出会う(カース視点)
結果として、晩餐会は私も参加して、無事に終わった。
疲れたので明日に色々考えようと部屋に戻ろうとしたところで、かつかつと、音だけでわかる、明らかに怒っている様相の父上が、宰相とヴィラン公を連れて私一直線に歩いているのをみて、思わず「あ」と声を上げてしまう。
そうだ。忘れていた。
あのアサギリの『光る物』を壊してしまったことを、ユーロとナッティがおおごとにして父上に告げ口したんだった。
たかが物を壊したくらいで本当に告げ口するとはなんてやつらだ。
「カース。話をしよう。ドル、悪いけど応接室の用意を。ああ、ナッティ嬢とユーロ君も一緒にいいかな」
「はっ、ユーロには準備させておりますので、ヴィラン令嬢を後ほどお連れします」
「父上、私は主催の晩餐会で疲れています。話なら明日ゆっくりと聞きましょう。どうせナッティ達にあらぬことを聞かされているでしょうから」
「悪いけど、悠長に時間を割いていられない。シテン殿が来る前にお前から話をしっかり聞かないと何が起きるか分かったものじゃないから」
シテン?
そういえば、ナッティもソラというやつを恐れていたな。
……ああ、あのキツネ面したエロい格好のやつかっ!
「父上も宰相も。何をあのキツネ面に恐れているのですか」
「ここまでくると、本気で考えたほうがいいんじゃないかい、ワナイ」
呆れ顔のヴィラン公に言われた父上は、「もう少し時間をくれ」と大きなため息をついた。
毎回思うが、ヴィラン公は何を考え直すように父上に言っておるのだろうか。私の知らない何かに悩んでいるのなら、次期国王の私に伝えてくれればいいものを。
「……つまりカースは、アサギリ令嬢のスマホ、というものを、壊した、と?」
「はい。割れて使い物にならなくなった様子でした」
「……直せるのかな?」
「おそらくは、無理かと……」
「もう、名称からして絶望しか感じないけど。あっちの物品じゃないよね?」
「……」
おお、あれはスマホという名前だったのか。とナッティが父上達に事情を説明している間、暇だったのでコーヒーを飲みながら話を聞いていた。
「……カース」
「私が欲しいと言ったものを、買い取るとまで言ったのに渡さないあいつが悪いでしょう!」
「買い取るといったのは壊した後の話です」
ユーロ!?
お前はどっちの味方なんだ!?
「……昨日といい今日といい、あんた達私のこと呼びすぎじゃなぁい?」
話が一通り終わった後、疲れた様子を見せる父上達を見て、私も晩餐会の準備と労いに疲れたのだからそろそろ休ませてもらいたいと思った時に、綺麗な声が聞こえた。
天上の声とでも言うべきなのか、綺麗な声の持ち主が誰なのかと思って応接室の扉を見ると、そこにはいつぞやのキツネ面のエロい格好をした女がいた。
「おお、シテン殿。何度も申し訳ございません」
「宰相さんにそう言われちゃったら許しちゃうわよ私」
「え、なんで……僕も何度も呼びたいんだけど。ドル、代わって」
「あんたまだ私のこと諦めてなかったの!?」
「……宰相の仕事を代わっていただけるなら代わっていただきたいですが?」
そう、シテン。シテンだ。
なぜか父上達と対等に話をする女だ。
呼ばれ方がばらばらでわかりにくい。
「で、呼び出したのはなんか用があって?……——げっ。なっちゃんの婚約者もいるじゃない。なになに、なんかあったの!?」
「いやそれがですな。……スマホ、でしたか?」
「スマホ? ああ、見たの? 凄いでしょあれ。電池で動くんだけど、こっちにはないから珍しいでしょ。探しても数台しかないんじゃない? アズちゃん達が持ってるやつくらいかしら」
「そ、そのスマホ、ですが。……落としたりしたらどうなりますかな?」
「んー? あー……。高いところから落としたりして固いところに当たったりしたら割れるわね。内部のSIMが壊れてたらアウトよ。あー、でも、こっちに通信機能ないから壊れててもいっか。……そうねぇ、内部データが壊れたとしたら、バックアップがあればいいけど、まー、向こうは消えてるでしょうねぇ」
しむ? でーた?
ばっくあっぷ?
向こう??
このキツネ面のエロいやつは何を言っているんだ?
「カース……まさかと思うけど、彼女たちが普通の娘だと思ってた?」
「平民でしょう?」
「爵位は持っていないという意味では平民であるかもしれないけども……。光の柱という奇妙な現象が発生して、冒険者ギルド最高ランクのS級冒険者がわざわざ【封樹の森】に行って助けに行っているという異常事態の末に助けられた彼女たちが、お前には平民にしか映らないと?」
「いや、平民は平民でしょう」
とはいったものの、確かに不思議だと思った。
【封樹の森】というヴィラン公が封じ込めているあの森から助け出されたというなら特別な存在なのかもしれない。
それよりも私は、キツネ面のエロいやつがS級冒険者だということに驚くべきだと思うのだが、なぜ誰も驚かないのだろうか。
「カース。アサギリ令嬢達は、特別な存在で、王国の庇護下、そして朕を含んだ各国の王の庇護下にあるということはわかっているかい?」
「わかりません。あのような小娘たちが護られていると言われても、庇護をしているのが我々王族なのであれば私に従うべきでしょう」
「カースに……? 百歩譲って王である朕にならわかるけど、なぜ?」
「それは……っ。私が王族の一員で次期国王だからですっ!」
「……ワナイ。だから言っただろう? こういう考えなんだよ」
「ぁぁぁ……ここまで馬鹿だとは……そ、そうか。教育係が貴族主義だからっ」
「いや、これは生粋のじゃないかな……ワナイ、君もつくづく親バカだね……」
馬鹿とは失礼な!
そこまで私は馬鹿ではない!
「……え。待った。まさかあんた、アズちゃん達のスマホ、壊したの!?」
そう言うと、キツネ面のエロいやつは、「アズちゃんとこいってくるけど、こいつにはしっかり謝らせなさいよっ!」と慌てて出ていった。
「ふん。誰が謝るか。私は悪くないからな」
もう少しあの体を眺めていたかったが、まあ、そのうちお相手させてやろう。
そう思ってぼそっと呟いたら、父上の拳が私の頬に炸裂した。
「いい加減にしろっ!」
あんなにも怒った父上は初めてで。
初めて父上に殴られたことに、本当にまずいことをしたのだと少しずつ理解する。
次の日。
私は学園をうろちょろと歩き回っていた。
アサギリに謝るためだ。
あのスマホという物。あれがとんでもないものだとは思わなかった。ただの光って震える物だとしか。
ダンジョンや古代遺跡等でもめったに見つかることのない、
遺物であれば壊れにくい、それこそ神話や英雄譚に出てくるような伝説の剣や槍、武器、防具類、魔法道具だったりするのが当たり前じゃないかと思わずにはいられない。
しかし、どう謝ればいいのか。
学園内を歩きながらアサギリを探しつつ、切り出し方を考える。
いっそのこと、アサギリは好みではないのだが、私の妾にしてやると言えば喜ぶのではないだろうか。
私としてはもう少し胸があるほうが好みではあるのだが、この際仕方がない。
よし、その手で行こう。なあに、アサギリもどうせ私に興味を持たれたくてあのような行動をしたのだ、きっとそうだ。
「お、見つけた」
学園の庭園。
広く、区画に分けられた一区画。
そこは学園が誇る大樹がある庭園。緑溢れる、美しい花々が咲き乱れる庭園だ。
令嬢たちが好んで訪れる、『華の庭園』と呼ばれる一角に、アサギリの後ろ姿をみた。
そこで見たのは。
「いくら私にとって遠い存在だとしても。いくら私が貴族の中でも下位であっても」
風が吹き、学園の美しい花がぱらぱらと心地良く舞い散る大樹の下で、高らかに謡う女性。
人懐っこい性格で、誰からも好かれる、可愛げのある男爵令嬢だったと記憶している。
あれは誰だったか。
ああ、そうだ。ナッティの傍によくいる従者だ。ナッティがいつも紹介してくれないしすぐに隠すから忘れていた。
確か名は——
「私には、貴方を諦めることができないのです。なぜなら私は、深くお慕い申し上げているから——」
妖精。美しい花のような。ピンクの髪を靡かせた妖精。
花の妖精なのではないかと、見紛う程に美しい女性がいた。
まるで演目のようにその大樹の下で、舞うように、請うように、愛の言葉を告げる。
私に向けて、歌うように、踊るような告白に。
私は、一瞬で彼女——ディフィ・ロォーン男爵令嬢の、虜になった。
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