120.父親にも殴られたことはないっ(カース視点)
なんてことだ。
思わず頬を抑えて見上げてしまう。
あんなにもひ弱そうな眼鏡女性に殴られるとは。
女性に殴られるということ自体不名誉であるのに、殴られて尻餅をついてしまうとは。
この、国王である父上にも殴られたことのない、私の顔を、まさか平民に殴られるとは、思ってもみなかった。
「おめぇ、いまなにやったかわかってるのか」
「ひ、ひっ!?」
私を見下ろす女性は確か、ナッティの従者——いや、ヴィラン城で出会った、【封樹の森】から助け出されてた女性のうちの一人。名はなんだったか……そう、そうだ。キクハ、キクハだ!
「なんてことを……」
キクハの背後でナッティが驚きと蒼褪めている。
あの、何をしても卒なくこなし、人前で感情を悟らせないナッティが明らかに動揺している姿に、王太子を自分の従者が殴ってしまったことによる失態に蒼褪めているだろうと思った私は、キクハがこれからどうなるのか面白くなった。
当たり前だ。次期国王である私を殴ったんだから、国に喧嘩を売ったと同義だ。いいとこ奴隷落ち、最悪一家関係者もろとも公開処刑だろう。
なんだったら、私が口利きして奴隷落ちして私が買ってやろうか。
そう思うと、頬の痛みも薄らいだ気がした。
私を傷つけ脅したんだ。思う存分痛めつけてやる。キクハの周りの女どもも、私が囲って飽きたら捨ててやろうじゃないか。最近女が釣れずいなかったからちょうどいい。器量だけはいいからなあの四人は。
「キッカさん、手は大丈夫ですか?」
私がそんな考えを巡らせていると、
「問題ない。ほんとなら身体強化してぶん殴ってしまいたかった」
「ただでさえ見れたもんじゃない顔がもっとぐちゃぐちゃになりますよ。まもなく私の夫になるのに、顔もダメになったら、何もいいところがなくなります」
「これで終わりにしろっていいたい? 許せると思う?」
「いえ、本当はもっと痛めつけて思い知らせて、見れたもんじゃない状態にしてもらえれば、国内令嬢や市民女性への被害も減ると思うので是非やってもらいたいところです」
……あれ?
なにかおかしい。
ナッティの怒りが収まっていないように見えるしそう聞こえる。私の心配ではなく、私よりもキクハの手の心配だと??
待て。たかが平民が持っていた珍しいものを触って壊しただけでこんなにも怒られるものなのか? もしかして、これはナッティのものだったとかなら話は分かるが、どう考えても、このアサギリとかいう女が持ち主であったろう。どうしてここまでナッティが怒っているのだ。
「ナッティ、私はすぐに王へ連絡する」
ナッティの怒りを諸に受けていまだ立ち上がれない私の助け船が背後から。
髪色と同じくらい蒼褪めたユーロだ。
そうだ、言ってやれ、ユーロ。
やはりお前も思うだろう? 王太子が殴られたのだ。そもそもなんでこんなにも周りは静かなのだ。本当ならもっと騒いで然るべきではないか?
おい、
「カース殿下。今何をしたかしっかりと把握されていますか?」
「……え?」
ユーロが、私を見て呆れたように質問してきた。
……あれ?
なにか雲行きがあやしいぞ。
「殿下、今あなたは、アサギリ令嬢の所有物を壊したのですよ」
「そ、それの何が悪い。いや、それは悪いことではある。だけど、私が、この私が殴られるような事態だとは言えないだろう!? なんだったらこいつは、私を傷つけた不敬罪で牢にぶつこまれ、いや、この場で斬首されても文句はいえないだろう!?」
そうだ。
今問題なのは、アサギリの持ち物を私が壊してしまったことではない。キクハが私を傷つけたことだ。
「殴られた原因が、そのあなたが奪って落として壊し物品ですよ」
「こ、こんなもの、探せばいくらでもあるものだろう!? なんだったら同じものを買えばいい!」
「ないですよ」
「……は?」
そう言うと、ユーロはナッティのほうを見て、それから、先ほどまで『ピカピカと光ってぶるぶると揺れる物』を見たまま俯くアサギリを見ると、アサギリに近づいてゆっくりと丁寧に、それこそ紳士的な動きで優しく立ち上がらせた。
「アサギリ令嬢……申し訳ございません。なんといえばいいのか……」
「いえ、ユーロさんが謝る必要ないですよ。……多分、ダメだと思いますけど、キツネさんに確認してもらいます」
「……」
たかが物が壊れただけでどうしてそこまで睨まれなければならないのかと、苛立ちが湧く。
アサギリもアサギリだ。
返してほしいなら返せと言えばいいではないかっ。……いや、それは言っていたか。
「ええぃっ。だったらそれを私に献上すればいいだろう! 壊れたものだ。私がありがたく受け取ってやる! それとも買い取ればいいか!? よし、それでいいだろう! いくらだ。いくら出せばいい」
「カース殿下……お金の問題でもないのですよ……」
ナッティの目が底辺まで冷え切っている。
なんなんだ。
壊したのは悪かったと思っている。だからそれを買い取ってやろうというのだ。元々私が欲しがってそれを壊してしまったのだから、買い取れば済む話ではないか。手に入らないなら手に入らないでお金で示談とすればいいではないかっ。
何か私はおかしいことをいっているか!?
王太子として、次期国王がこう言っているのに、なぜ私がこうも責められなけばならないのだっ!
「ともかく……ユーロは今すぐ王に。場合によっては、父も呼んだほうがいいかもしれません」
「はい。私の父も呼びましょう。……とはいっても、まあ、お二方とも、今日の晩餐会に出席でしょうから、城内にはいると思いますが」
「問題は、ソラさんですね……」
二人が辛そうな表情を浮かべている。破損したそれがもう光らなくなったからか?
そこまで大事なものであったなら、見せびらかすように置いていたこいつが悪いではないか。
アサギリ達に、「では、後ほど」と声をかけてユーロは早歩きでその場を去って行く。
ナッティも、「あなた達も来なさい」と私に命令してくるではないか。
「なぜ私がお前の指示を聞かなければならない」
「今日の晩餐会の話もしたいと声をかけてきたのは殿下のほうでしょう? もっとも、今回のこれのことで、殿下が出れるかは不明ですが」
と、抵抗すると嫌味で返される。
確かに、昨日なにかがあって後日にずれた、私とナッティ主催の晩餐会を失敗することはあってはならない。次代の王と王妃のお披露目会なのだから。準備はすべてナッティに任せたので楽ではあったが、流石に私も手伝わないとまずいだろうと思って声をかけただけなのだ。
そんな晩餐会よりも大問題になることなのかこれはっ!
ナッティの無言の圧力に屈した私は、渋々、学園からナッティが用意した馬車に乗って王城へと向かう。
ヴィランの馬車はとにかく乗り心地がいいと聞いていたが、まさにその通りで、あのような物より、この馬車が欲しくなった。
私が殴られた原因を、ナッティに少しは責任を取らせて、この馬車をもらうことで帳消しにするために、どう動けばいいか、王城に向かうまでの少しの時間に私は考えることにした。
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