119.スマホ(アズ視点)

「……ヤンスの浮気相手というのはどなたですの?」

「あ、そういえば、ヤンスさんの婚約者さんの写真撮ってたんです」

「写真?……これですの?」


 ナッティさんが不思議そうな顔をしながら私が取り出したスマホを見る。

 こんこんっと画面をおそるおそるといった感じで触るナッティさん。触った拍子にディスプレイが起動して画面が光る様を見て驚くナッティさんが可愛い。


 ロック解除してフォト画面へと移動してナッティさんに写真を見せてみる。


「これは……中に人がいますの?」

「私達からしたら原始的発言」

「ああ、なるほど。こちらでいう水晶体で映す映像ですのね。すごい技術ですわね、こんな小さな箱の中にこのような精巧な写真、というのですか? それを詰め込めるわけですから」

「こっちにはない技術?」

「ないというより、これは機械だったかしら。その技術自体がこの世界では珍しいですの」


 ナッティさんはすぐにスマホの扱いに慣れてシャッシャっといろんな写真をスライドして楽しんでいる。時々「こ、この建物は?」とか「こ。この美味しそうな食べ物はなんですのっ!?」とか驚いてそのたびに私達に見せてくるのがとても新鮮で面白い。


 ちなみにその食べ物。ぱんなこったです。


 ナッティさんが言うには、魔法があるからある程度なんでもできてしまうので、機械という技術は発展しなかったんだろうという見解だった。シレさんも前に言ってた気がする。まさに異世界テンプレだなぁとか思ったけど、それでも少しは技術としてあるんだなって思うと、私達の世界と同じように、科学が進んだこの世界フォールセティもあったのかもなんて。ちょっとロマンを感じた。


「このスマホ? ですか。私も一台欲しいですわね」

「私も持っていますが……。お渡しはできませんよ? 修理できないですし、手に入れられないので貴重なものですから」

「残念ですわね。皆さんとお揃い、とか楽しそうでしたのに。……今度ソラさんに聞いてみようかしら。……ああ、それはそれとして、この婚約者という方、本当に聖女・セフィリア・ウル・シンボリック様ですね」


 ことりと置かれた私のスマホには、先日喫茶【スカイ】で言い争いになった女性が表示されていた。

 毘盧帽びるぼうで髪を覆っていたけど、キメ細かな、光の当たり具合によっては長い金髪が光を放っているかのようにも見える、綺麗という言葉が似合う女性だ。

 我ながら写真映りはなかなかのもの。向こうだったらその僧侶みたいな服装も合わせて、気合の入ったコスプレだと思われること間違いないと思う。

 というか、ナッティさん、初触りで結構使いこなしてません?


「ああ、やっぱり。ナッティさんが先日言われていた、学園にいる聖女様って人で間違いないんですね……」

「ですが……おかしいですね」

「何がですか?」

「聖女セフィリア様は、マッハ・ガ・ヴァルスデ・ヤンス。シンボリック教国のガンス・ガ・ヴァルスデ・ヤンス侯爵の嫡男の婚約者のはずですわよ。確かもうすぐ結婚する予定だったかと」


 ……だれ。

 思わずぽかんと口を開けて呆けてしまう。



 ちょっとした間がその場に流れたその時。


「こんなところにいたのか、ナッティ」


 そこに男の人の声が聞こえた。

 背後から声をかけられたので誰かと思ったけど、ナッティさんの「げっ」と声には出てないけど顔には出ているいやぁな顔を見たら誰かわかった。


 カース・デ・モロン王太子。

 ナッティさんの婚約者で、王国の次期王様だ。


「……何か用ですか、カース殿下」

「いや、延期になった晩餐会だが……——ん? おい、それはなんだ」


 カース君が、私のスマホを奪い取っていく。

 勝手に私のスマホを触ると、画面に触れて起動するディスプレイに「おおっ」と驚きの声を上げている。

 流石にロックは外せないからディスプレイだけだけど。それ、パスワードを何度も間違えられると困るんだけど。


「ロックかかるので返してください」

「返す? 先ほど見ていたのはなんだ。こんな画面がきらきらと光る珍しいものを、なぜ王家に献上しない」

「……は?」

「いえ、殿下。それは——」

「お前たちもそう思うだろう?」


 カース君は私のスマホをひらひらと自分のものかのように見せびらかす。背後にいた側近の赤いのと緑のが面白そうに頷いている。


「殿下、それをすぐにアサギリ令嬢にお返しください」


 その側近の中で、一人、青髪の優男がカース君に噛みついた。

 ユーロ・ハ・キンセン。

 ドル宰相の息子さんだ。ドル宰相様と一緒で、モノクルがよく似合ってる。


「相変わらず固いやつだな、ユーロ」


 ちらちらとスマホをユーロ君に見せると、ユーロ君は妙に焦って、必死に返すようカース君に言い続ける。カース君は、私のスマホに夢中になって赤いのと緑のと一緒に弄りだした。

 見ていると、なんだかカース君がユーロ君をイジメているようにも見えてきて、不思議な光景だった。

 だって、それ、私のスマホだし。

 流石に嫌いな人に触られるのも嫌なので、返してもらおうと再度声をかけるけど、パスワードミスしてぶるぶるとバイブしたりするスマホに興奮気味のカース君は返してくれない。

 流石にイラっときたので思わず立ち上がると、私だけじゃなくてみんなが立ち上がっていた。


「これは俺がもらっておこう。いいよな」

「ダメに決まってるでしょう!」

「うぉ!? な、なんでナッティが怒るんだ。お前もさっき触っていたのだろう? この国の王に献上するのだから喜ぶべきだろう!」


 だんっと机を叩くように怒ったナッティさんに驚くカース君は、相変わらずとんでもないことを言っていることに気づいてない。

 赤いのも緑も、ナッティさんに驚いているだけで事の次第を理解できてないみたい。ユーロ君だけが顔を真っ青にしていた。

 そのユーロ君を見て怪訝な顔をしているカース君は、本当にこの国の王太子なのかと疑うべきなのかもしれない。


「今の、不敬罪」


 はぁっとため息をついたキッカが、びしっとカース君を指差す。


「は? 誰が」

「お前が、王に」

「いやいや、父上がなぜ出てくる」

「自分を王と詐称した」

「あってるだろう?」


 その場にいるカース君勢以外の誰もが絶句する。

 次期王様だろうが、今は権力も何も持ってないただの王太子であって、自分が偉いわけではないってことを、本当に勘違いしてる。

 王と名乗っていいのは、この王国では一人だけ。王太子とはいえ、王ではない。そんなことも分からず自分が王だと言い張ることは王への不敬に値するってことを理解できていないことに、私でさえも驚いた。



 ……いや、それよりも。

 そのスマホ、もう手に入るものでもないんだから大切に扱ってほしいし、それに私のだから早く返して。


「もう、いいから。それ、あげる気もないし、とっとと私のそれ返して」


 私が一歩前に出て返すよう促すと、カース君は嫌がるように手を素早く持ち上げた。さすがに私より背の高いカース君にそうされると私には届かない。


「誰が返すといった、これは私のものだと——」




 ——つるりと、カース君の手から、私のスマホが零れ落ちた。



「あ」



 カース君が、しまったといった顔をしたと思った時には、スマホは、大理石のような石畳の地面に接触。

 ぱきりっといい音を立てると、何度かバウンドして、こてんと、倒れた。



「ちょ、なにしてんの!? これ精密機器だよっ!?」



 すぐさまスマホを掴んで画面を見る。

 画面はバキバキに割れ、亀裂が入りすぎて見れたもんじゃない。








 ほんの少しの、誰もが言葉を失う無言の間が、その場を支配する。










「……お前、なにやってんだ」




 怒り狂ったキッカの拳が。


 カース君の頬に、突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る