先へ進むには

118.割り切る(アズ視点)


 学園昼休み。

 学園の昼休みは、優雅な休憩のような……そんなイメージをもってしまう。

 朝九時頃から授業が始まり、昼の十二時まで授業があって、そこからお昼休憩を挟んで十六時くらいまでが学園生活。

 十二時から十六時までは自由な時間でもあるので、サークル活動をしている人もいれば、十六時まで優雅にお茶を飲んで話し込んでいる人達だってもちろんいる。


 イメージとしては、海外のシエスタ。


 この世界ではシエスタではなく、貴族生活を基本としたらそうなったらしい。領地をもった貴族は午前中に決済等の仕事を済ませて午後は領地を検分したりするそうだ。

 その貴族生活に慣れるっていう意味もあるみたいだけど、貴族の子息令嬢はこの時間を領地経営に使うのではなくて、領地経営をするための経験と知識、人脈を広げるための交流の場と捉えて活動する時間みたい。

 ここでサボっていると後々痛い目をみるって聞いているからか、貴族学生はみんな必死に学んでいる。庶民学生も、頑張りを認められたら次期領主候補の貴族から声をかけられたりして採用されたりするかもしれないし、庶民からしたら就職活動の場でもあるのかもしれない。

 私達の世界は授業主体の学生生活だから基準が違うけど、そういう先に向かって頑張ってるってところが学生ってイメージがあって、いまだ違和感は残るけど、私達も学園生活を満喫させてもらっている。 


 こういうこと言うと、


「そういうこと言うときのアズは、ちょっとおっさんくさい」

「お、おっさんくさくないよっ!?」

「アズさん……本当に私達と同じ歳ですか?」

「ハナさんまでっ!?」


 キッカやハナさんににそういわれるから、もう言わないけどね。



 そんな私達は、昼休憩ことシエスタで何をしているのかというと。



「昨日はお疲れ様でした」


 ナッティさんにお呼ばれされて、学園庭園内に交流の場として所々に設けられているおしゃれなガゼボの一つでお茶会だ。

 私達を労いながらくいっと優雅に飲むナッティさんを見ていると、所作が美しくてぽーっと見惚れてしまう。でもそんな所作が美しいナッティさんに負けないくらいに、私たちには強い味方、ハナさんがいる。


「ナッティさんも昨日は残念でしたね」

「残念というべきか、あの馬鹿のお守りをしなくてよかったというべきか、答えに困るところですわね」


 そんなハナさんは、久しぶりのガゼボ——東屋あずまやに嬉しそうにしている。

 二人が並んでカップを傾けながらお茶してる様を見ると、私とキッカがとてもみすぼらしく感じてしまう。


 ……どうやらハナさんは強い味方ではなかったみたい。向こう側でした。


「そう言えばハナさん、おうちに庭園があるって言ってましたっけ」

「あ、はい。そこまで大きくないですけどね」

「庭園なんて普通あるわけない。普通のおうちに住んでた私達には未知の世界」

「え。おうちに庭園ってないんですか?」


 ……どういう世界に住んでたんですか、ハナさん。

 庭じゃなくて、庭園、ですよね?

 私の家はお庭とよべるようなものもなかったけどもっ!


「アズ、凄い顔してますわよ」


 ナッティさんに言われて、ぐでっとしていた私はしゃきっと姿勢を正す。


 昨日は色々あったからか眠れなかった。

 もちろんいつも寝ていた場所——キツネさんの喫茶店【スカイ】が全壊してるから、扉をくぐって領都ヴィランに戻れないのもあって、昨日の立食パーティの後は待機していたナッティさんに助けてもらい、ヴィラン王爵のお屋敷(とんでもなく大きな屋敷でした)で休ませてもらった。

 緊張していたってのもあるかもしれないけど、そこで知ったことや見たことが思いのほか私たちの中で呑み込めないところもあったみたいで、私だけじゃなく、みんな眠れていない。



 だって、すごかったから。

 何がって、キツネさんが。



 とんでもない力を持ってると思ったら、今度はこの国の王様が座る玉座を譲って座りだして、おまけに各国の重鎮がかしずくとか。

 この世界の創造神フォールセティではないとしても、神様って本当にすごいんだなって、驚いた。

 思えば、神様だから異世界を行き来することができるんだって思うと、あまりの凄さに私たちはキツネさんという規格外に脳が麻痺してたんじゃないかなって。


 それに、キツネさん、とんでもない美女さんだった。

 まさかあの場で素顔を見ることができるなんて思ってもなくて、ミィさん達が心酔するのもわかる気がした。


 まさに、神。


 元の世界では神様って存在を信用してなかったけど、この世界では神はいるっていうことが当たり前なんだなって思うと、とんでもないところに来てしまったなって。

 そして、その神様が近くにいるってのもまた不思議なもんだなって思う。


 ……と。


 そこが何よりも気になってはいるんだけども、あの聖女は結局何がしたかったのかとか、ヤンスさんの婚約者とか言ってたけど、だとしても私はヤンスさんに結構ひどいこと言っていなかったとか、他にも色々ヤンスさんにやらかしちゃってないかとか考えると、


「あぁぁぁぁ……」


 思い出したら、もうそんな声しかでてこない。


「……アズは、何をこんなにも悩んでいるのかしら?」

「キツネさんのこともそうだけど。喧嘩したから」

「あら。……ああ、あの冒険者のヤンスと?」

「昨日のひと悶着の時、みんなの前で痴話喧嘩してた」

「あらあら。……そこのところ、詳しく」

「痴話喧嘩というより、修羅場でしたね。ヤンスさんを巡って聖女とアズさんの駆け引き——」

「駆け引きなんてしてなーい!」


 キッカとハナさんに抵抗してすぐさま二人の口を塞ぐけど、キッカは「でゅふふ」って笑いだしてるし、ハナさんも楽しそうに笑ってるし、それをみたナッティさんも扇子取り出して口元隠しだすしで、もう勘弁してほしい。


「でも、もし本当にあのヤンスさんが浮気してたとしたら、私はアズさんの対応はあれでよかったと思いますよ」

「浮気してたんならヤンス滅ぶべし」

「浮気もなにも。私、ヤンスさんと付き合ったりとかもしてないからっ!」

「とかいって、ほんとは二人はいい感じ」

「なるほど。そこらへんも詳しく」

「浮気されてることを知ったアズさんは冷たくあしらったんです。私とあなたは付き合ってもないんだから、言い訳されても困りますって」

「あぁぁぁぁ……」


 だから、浮気じゃないってばっ!


 とはいえ、ヤンスさんに婚約者がいたのなら、私も馴れ馴れしかったんじゃないかなとか思う。

 今度会った時はちゃんと謝って適度な距離をとろう。

 そう思える程度には、ヤンスさんを吹っ切ることができた。恋人になったりしてなかったからこんなにもあっさりと割り切れたのかもしれない。

 どうやら私は、恋しやすく冷めやすいのかもしれない。


 ……ほんとは、ちょっとやせ我慢してるだけだけど。

 だけど、こうやってみんなが声をかけてくれるのは、慰めてくれてるんだろうなって思うと、ちょっとだけ元気がでた。

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