115.キツネさん、やらかす(アズ視点)


「困ってるっていうか、困惑してるっていうかね。まあ、そんなことよりも、よ」



 キツネさんは本当に困っているかのようにひらひらと手を振ってため息をつくと、思い出したかのように私達に向かって声をかけてくる。


「あんたたちに、言わなきゃいけないことあったのよ。あんな公のとこでじゃなくて、今みたいなとこでじゃないと言えないからね」


 キツネさんが、四人揃っていてちょうどよかったというと、


「あのね」


 ちょっと言いづらそうにしているキツネさんが何を言いたいのか待っていると、キツネさんはぐてりとオーバーアクションで項垂れてため息ついた。


 後悔しているとでも言っているかのような。

 そんな動きと、「よしっ」と小さく声をあげたキツネさんは、何かを決めたようだった。

 その決意は——


「こういう時は、しっかりと顔見て行わないとね」


 ——キツネさんが、項垂れたままで、


「あんた達に、怖い思いさせちゃったわね」






 自分の


    ——キツネのお面に、手をかける。






「だから、しっかりと謝らないとと思って」


 キツネさんが、顔を上げる。

 いつものお面は、キツネさんの手の中に。


「だから、本当に、ごめんね。怖がらせちゃって」


 悲しそうに、顔をほんの少し歪めながら謝るキツネさん。

 お面を外したキツネさんの顔がそこにあった。















 目を見張る。という言葉がある。

 その言葉がぴったりと当てはまる。そう言っても差し支えない美女がそこにいる。


 左右ずれなく黄金比と言えるほどに整った顔は、言葉を発しなければ、見た者の胸の内に小さな波紋を波出させる。

 さらりと揺れるその漆黒の髪と反比例するかのような白い肌。その肌は日焼けなんてものをしたことないんじゃないかと言う程に、王の間のシャンデリアの光に晒され輝くようで。



「ほら、あんた達を威圧でぼっこぼこにしちゃったからね。痛かったでしょ。弱めたとはいえ、ちょ~っとそこにいるのに気づくの遅れちゃってねー」


 話すその声は、いつもと変わらない。


「だから、ごめん。痛いも思いもさせたり、怖い思いもさせちゃったし。全部合わせて、ごめんなさい」


 でもその口が動いて言葉を紡ぐ様を見ると、ぷるんと潤うその唇を触ってしまいたいと欲望が現れるほどに凝視してしまう。

 その口から言霊が紡がれる。一つ一つの言葉が染み込む。それが正しいと、間違っていないと心がざわめく。踊るような、嬉しいといった感情が聞くたびに溢れるようで。

 言葉に魔が乗るとはまさにこのことだと思った。若さが溢れているとはこのことだと思った。


 でも、話せば話すだけ、その美女のことが可愛く見えてくる不思議。

 私達のほうが若いのに、どうしてここまでこの人を若いと思えてしまうのだろうか。



 器量と声と人柄。

 三拍子すべてが美人という言葉を形容するに相応しい。


 思わず、魅入る。

 美という言葉の魔物に魅了されるというのは、このことなのかと言葉を失うことしかできない。


 どんどんとキツネさんを愛でたいと思えるこの感情。

 ミィさん達が、キツネさんに心酔する理由の一つがこれなんだと、分かった気がした。


 ごめん。


 その言葉に、こくこくと、頷くことしかできない。

 言葉が出ないから、頷くことで意思を表現することしかできない。


 許すも何も、威圧で抑え込まれただけで、私達が怒る話でもない。

 そりゃ、威圧に怖さはあった。その後の大惨事に、権力の怖さを知った。その力が直接向けられたらと思うといまだに怖い。


 神の力というものは、世界を股にかけるほどの力であって、その集約した力が一点に放たれることで、あのように音もたてずに消し去ることだってできるのだろうってことを、目の前で見させられた。

 それこそ、神の前では何をしても無駄なんだろうと思えるほどに強烈すぎて現実味がない。

 そんなものを、私たちはつい数時間前に見させられた。


 でも、その力が、キツネさんが私達に向けることがないことは分かってる。

 向けられたところで、きっと気づかぬうちに死んじゃってるだろうし。

 痛くないかなぁくらいなんじゃないかなと思う。


 もしかしたら思考が追いついていないだけなのかもしれない。

 追いついたら怖くなって震えてしまうのかもしれない。


 だけど、そんな現実味がまだ湧かない今だからこそ。

 これが、この感情が。

 キツネさんの魔性に触れたからだとしても、そうやって、謝ってくれただけで、それだけでいい、と私は思った。


 ……私、チョロいかな?


 なんて、思っちゃうほど、キツネさんがお面を外してくれたことが、衝撃的すぎて。



「ってなわけで、許してもらえたってことで——そうちゃーっく」



 かぽんっと。

 いつものキツネのお面をつけ直したキツネさんを見て「あっ……」と、そのお面を剥がしてもう一度見せてもらいたくなるほどに、その顔をなぜもっと見ていなかったのかと、瞬きをしてしまった自分さえも責めてしまう。



「まあ、なんにせよよ。まだまだあんた達も来たばっかで色々分からないことあるだろうけどさ。これからも仲良くやってきましょうね」



 仲良くしていただけるなら本望です!


 なんて言いたくなるほどに。




 キツネさんは、







        綺麗で、可愛かった。





















 ……バタバタと。

 貴族の皆様が、美しさに当てられて、へなへなと倒れてしまって、運ばれていく。





 キツネさんの顔を初めてみることのできた私達からしたら感動ものだけど、どうやらこの場にいた皆さんは一度は見たことがあって、恋い焦がれていたみたい。


 気持ちはわかる。

 わかるからこそ。


 思わず、笑みが零れる。


 キツネさん。




       やらかし、ましたね。








————————————————

キツネさんの素顔は、皆様のご想像にお任せいたします。

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