113.やらかしたキツネさん 5(アズ視点)


「蜘蛛の子を散らすっていうのは、あのようなことを言うのですね……」


 法師のような恰好をした教皇様が呆れている。

 先ほどまでとんでもない数の、上下位貴族が集まっていた王の間は、今は閑散として、静謐な空間と化している。

 この部屋はいつもこのくらいの静けさがあることが正しいのだろうなと思う反面、先ほどのようなやり取りも繰り広げられる場なのかなと思う。


 先程まで行われていたのは、キツネさんの断罪。

 でもその断罪は、キツネさんが正体を明かすことで音沙汰なしとなった。


 神。


 先日、キツネさんは自分のことをそう言っていたことを思い出した。


 神に似たような存在。亜神。

 この世界を創り出したフォールセティ神よりも高位神の使徒であるから、この世界の創造神より偉い、と。


 そんな存在を、人がどうやって断罪できようか。


 それをやってしまえば、人は自分たちを創り出したフォールセティさえも断罪することができてしまう。


 神というものは存在しない。

 空想上の存在として考えればいいのかもしれない。


 目の前に人の姿をした神様を見てしまえば、それはもう否定できない。


「使徒様——いえ、今は使徒様ではなく、なんと呼べばよろしいのでしょうか」


 教皇様が膝を折って玉座にふんぞり——こほんっ。姿勢正しく座っているキツネさんに臣下の礼を取る。臣下といっても、あくまでそれは目上の存在に対する礼であって、主従といったものではないみたい。あくまで尊い方への挨拶。そんなところなんだと思う。


「……いやねぇ……ミントちゃん、ほんと私も凹んでるのよー……いつも通りキツネでいいわよ」

「ではそのように」

「……いや、私、キツネじゃなくてソラよ? 自分で言っておきながらなんだけど」

「キツネさんは……キツネさんってイメージですよね?」

「どんなイメージよそれっ!?」


 キツネさんは玉座の肘掛けを使いながらため息をつく。

 あの時——






 キツネさんをこの国を転覆させる者だと騒ぎ立てた伯爵——テン・デ・ダラー伯爵は、キツネさんの正体を最後まで信じられなかった。

 実際、私達もいきなりそんなこと言われても、というところだったので信じられないのも仕方ないことだと思う。

 貴族であるならなおさら。

 話を聞いていると、新興貴族が古くからの王侯貴族と王を軽く見ているようにも見え、それこそ王を敬うことなんてしない貴族の典型的な人だった。


 それこそ不敬。

 民衆を蔑んでいたから、貴族がもっとも偉い、高貴な血が流れていると考える貴族至上主義の考え。そこに王は入っていないというのもまたおかしな話だけども。

 王を蔑み王制と王政を変えようという志でももっていたのかもしれない。


 民主主義にどっぷりつかっている私達からしても、王様が全般的に政治に関わるってのも不思議な感じはする。そんな体制を変えようとしていたのかもしれない。もしそれがキツネさんという存在を起点として革命を起こす、起こしたとなったとしたら、私達は歴史が動く瞬間に立ち会ってしまったということにもなったのかもしれない。



 でも、その結果は。

 ……ある意味、歴史が動いた瞬間でも、あった。



「我らが奉るフォールセティ様の御威光、そしてそのお声を、神託ではないお声を、本王都にて皆様がお聞き出来たこと、それは祝福ともなりえるのではないでしょうか」


 それは、王の間の断罪劇において、キツネさんが自身の正体を大公と明かして、周辺国の王よりも偉いとされる天爵と明かして。そして、玉座に偉そうに、それはもう偉そうに座って階下を見下ろすキツネさんの、周りに集まった上位の王侯貴族と周辺国の王に連なる貴族の中から現れた教皇様が、劣勢に立たされた新興貴族とダラー伯爵とその追従者と王の間にいる全員に語り掛けるように言った言葉。


「そういえばシテン殿。あの声は本当にフォールセティ様なのかい?」

「なによ、疑うのドーター」

「いや、ほら。僕らの世界は一神教として信心深いとはいえ、一部の人しか神の声を聞いたことはないから」

「……本物よ。あんた達にはしっかり聞こえてなかったみたいだからいいけど。フォールセティには悪いことしちゃったわね」

「え、どうしてだい? 素晴らしいことじゃないか」


 教皇様が貴族たちにありがたい言葉をもって、いかに凄いことが起きたのかを語っている間、玉座に座るキツネさんがヴィラン王爵に質問されていた。


 あの時、キツネさんが破壊行為をする直前、確かに空から声が聞こえた。

 脳に直接響くような声。

 なんて言っているのかはよく分からなかったけど、キツネさんはその声に対して、フォールセティと言って返していた。

 私達には早口のように聞き取れない感じだったんだけども……


「んー……確かに、神様、焦ってた感じが丸わかりだったわね」


 シレさんは違っていたみたいで。


「……シレさん、あれ聞き取れたんですか?」

「え。みんななんて言ってたか、聞こえてないの? キツネさんが怒ってるから焦った感じで声かけて止めてたわよ? お待ちくださいっ!とか、そんな感じ。世界に影響出てるとかも言ってたかな……」


 多分、聖女という称号があるかないか、それかそれに準ずる何かがないと、神様の声は聞こえないのかもしれない。

 それは、ヴィラン王爵とキツネさんの会話からもわかる話だった。


「きょ、教皇様がおっしゃられるということは、やはりあの時聞こえてきた天の声は……」

「フォールセティ様……私達を見守っておられた……」

「そうなると、あそこにいる——いや、いらっしゃるあのお方は……」


 ざわざわとざわめきが収まらない。

 誰もが体験したことのない経験。


 王都中に響き渡った神の声。神託。

 それが、


「シテン様への語りかけ。そしてその結果起こされた神罰。それがあの外壁の結果となるのでしょう。我らが神と同等の力を秘めた方。我らの知らない神の使徒。その方を、あなた方は、まだ断罪しようと思われるのですか?」

「そ、それは……」

「では、止めようと試みて神託さえも辺りに発したフォールセティ様の御心を無下にすると? それこそ神罰に値する。……この外壁が破損した結果が、神の、我らへの戒めである、そう思えばいいのではないでしょうか」


 無茶苦茶な理論。

 でもそれが、神にもっとも近い教皇から発せられているのだから、それに異を唱えられるわけもない。


「で、では……教皇様は、あの、あのお方を、我らの創造神と同列であると、そう認められるということかっ!」

「違いますね」


 納得できるわけもない。

 そんな声を発した貴族の一人へ、切り捨てるように教皇様は言う。


「我らが神はフォールセティ、ただ一人。ただ、別世界における神というものが存在するというのもまた事実。それこそ、先日ヴィラン王爵が発表した、森の向こうがあるのですから、そうあっても間違っていないのでは? 我らは我らの神を、ただ一つを信じるのみです」


 かつんっと、教皇様の持つ錫杖が地面に一度叩きつけられて音をたてる。

 その音と共に発せられた教皇様からの後光。

 まるでそこに神がいるかのようなその光に、王の間にいる誰もが称え敬い膝を折る。


「フォールセティ様に触れられた、等しく愛される愛し子たちよ。フォールセティ様を身近に感じることのできたこの記念すべき一日と、その一日を、別神としてこの世に顕現し、そして起こしたもうたシテン様へ、最大の感謝を」


 両手を高々と広げて歌う教皇様からの後光が辺り一面を覆っていく。






 ——そうやって、キツネさんが起こした一連の破壊行為は。


 神が神として世界に影響を与えた、記念すべき日に早変わりした。


 後に、世界はこの日のことと一連の出来事を、こういう。



       モロニックの神の降誕。




 キツネさん界隈では、





      キツネさんのやらかし、と。

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