110.やらかしたキツネさん 2(ソラ視点)


「この無礼極まりない不敬の輩は! こともあろうに、我らの王国の王たる王族を前にして、臣下の礼を取らずに王へ無礼な振る舞いと蔑んだ! それだけでも死罪に値します!」


 ……なんだっけこの人。

 ああ、テン・デ・ダラー? だっけ。どこの伯爵様なのかしら。


 私は、声高らかに一人の女性を非難して陶酔している目の前の伯爵から目を逸らすと、私が頭をたらさなきゃいけなかったらしい王様を見てみる。


 王様——ワナイ君は、私の視線にぶるりと震えると、ちらりと四公を見るように目線で伝えてきた。


 そこにいるのは、王を支える四公——


 東の小王国、領都ヴィランの、領主から、私とは違う意味での小国の王へと格上げとなった、東の『剣』、ドーター・ヴィラン王爵。


 モロニック王国を、西の脅威インテンス帝国から守る『盾』、エッジ・フォー・タジー公爵。


 流通と支援に特化し、王国の流通を支える南の『交』、ラヴェル・ト・トレード公爵。


 最後に、王国でもっとも信仰深く、王国の秩序である北の『信』、シライン・ワーシップ公爵。



 これら四公をまとめてじろり見ると、四人揃って明後日の方向を向く。


「シテン殿。ラヴェル公麾下の新興貴族でございます」

「あ、ドル侯爵、そりゃ酷いよ。俺を売ったな!?」

「高く売れそうですな」


 反対側からドル君が私へ告げ口する。四公と宰相さんは仲いいのよね。学生時代の友達らしいけど、どういう物語があったのかしらねー。

 みんながみんなかっこいいから、やっぱり色々あったんだろうなって思ってる。そうイロイロと。イロイロ、ね。はかどるわぁ。


 ちなみのこの会話は結構な声量で話はしているけど、それ以上に伯爵の熱弁が大きいのと、なんだかんだで伯爵は中央付近で注目を浴びてるから、私達の会話はワナイ君に近い位置にいる王の息のかかった上級貴族と関係者くらいにしか聞こえていない。そんな上級貴族たちは呆れてモノもいえない状態となっている。

 何にモノいえないかって言うと、そもそも私への不敬だと言ってる伯爵と、賛同しかけている下位貴族たち新興勢力に対してと、その話をまったく興味なく話してる私達へ、ね。

 王様が気さくなもんだから、意外とみんなざっくばらんに意見出したりとかも許されてるのよ。


「へー。トレード君とこの伯爵階級なのねあれ」

「ちょ、いや、待ってくれシテン様。俺は何も悪くはないぞ?」

「悪い悪くないで言ったら、今回の話の元凶は、ワー君とこが一番悪いわよね?」

「聖女につきましては申し訳ございませんシテン様。かくなる上は、私がシテン様より過去に聞いた正式謝罪、セップクにて、お詫びを」

「やめなさいっ!」


 思わずなかなかのおっきい声で叫んじゃったわ。

 気持ちよさそうに演説していた伯爵さんも驚いて言葉止めちゃったわよ。


「き、貴様……っ! 我らが王への不敬もさることながら、発言を許されてもいない立場でよくも……っ」


 そりゃ、気持ちよく話してたのを邪魔されたからの怒りでしょ。

 ん? 発言? ああ、こういう場って王様が許可しないとしゃべっちゃダメなんだっけ?


「……ワナイ君。私あんたへしゃべるの許可してもらわないとだめ?」

「勘弁してほしいな……。おい、そこの」

「テン・デ・ダラーでございます! 王への不敬を正すべく、このテン・デ・ダラー! 王に許可を頂きたく! そこの女狐をこの場で追い出し民衆の前で処刑することを提案いたします!」


 あら。私、ワナイ君に軽口叩いたから殺されちゃうみたい。

 ギロチン? 首に落とされちゃうのかな刃物。私の首、切れるのかしら。


「……処刑。……なんの罪でだ?」

「それこそ、この王都を破壊した大罪。そして王への不敬でございます! また我ら王侯貴族に歯向かう国民への見せしめにっ!」

「国民への見せしめとは?」

「たるんでおります! 昨今は貴族へ盾突く民衆も多く! 公式な場でこのような破廉恥な服で現れた女狐がいい例でございます!」

「……たるむ。盾突くとは?」

「はっ?……お、王よ……? ま、まさか、このような女がこの王の間にいることに、何も思わないのですか!?」


 破廉恥とかこのようなとか言われてる私。

 まーいいんだけど。貴族至上主義みたいなことを言い出してるけど、大丈夫かしら。

 いるのよね。こういうやつ。貴族ってのは民がいるからこそ成り立っているわけで、民がいなければ貴族だって何も意味をなさないってことがわかってないのよね。人がいてなんぼよ。人を護り、助け、助けられ自身の土地を発展させ、その地で民を導いていくことを責務とするのが貴族だっていうのに。

 じゃなかったらなんのための領土なのかって話よね。


 トレード君のところは、結構新興貴族が多いのよ。

 物とお金を扱うから、ひょっこりと爵位を手に入れて領地発展で一攫千金目指す人が多いのよね。その中には、本当にダメな貴族もいて、こうやって自分が護るべき領民を自分の道具だとか思ったりしてるやつっているのよ。そういうやつに限って、不正してたりとか、

 そういうのをなくすためにご新規様を集めて取り締まって指導するのが、トレード君のこの国での役目でもあるんだけど。


「トレード……この場、どうするつもりだ?」

「今回の件、特に今あの者の何一つ意味のない発言に、王と大公の貴重な時間割かせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


 ワナイ君が、じろりとトレード君を睨むと、トレード君が頭を下げた。

 ざわざわと、波紋が広がるようにざわめきが溢れた。


「ト、トレード公爵!? 意味のないとはっ! なんとも失礼——」

「だまれっ!」


 ワナイ君が、王笏をかつんっと地面に突き立て一喝したことで、辺りのざわめきが収まった。


「不敬不敬と、バカの一つ覚えのように……。それで言うならお前が不敬であろう」

「わ、私が不敬!? 私は王のためを思い——」

「余のことを思うのであればこそ! そのお前が蔑む方へのその発言をやめるべきであろう!」


 ワナイ君が立ち上がる。

 一歩階下へ降りたことで、階下側の上級貴族たちが臣下の礼を取った。


「彼女は何と呼ばれてこの場に来た! 申してみよっ!」

「こ、この女は……た、大公と申されておりました」


 ふと思ったけど。

 大公ってなにかわからないのかしら。今にして思ったら、この世界の貴族階級では聞かないわね。

 貴族っていうか小国の王って意味なんだけど、小さくても国は国だから、そういう言い方されないから、この世界にない言葉よね。ドーターは大公じゃないし。


「あー。だからここの世界の人たちって、大公って言われてもぴんと来ないからこんなこと平気でできるのね」

「シテン殿。自分の中だけで完結しましたな、何かを」


 ワナイ君に連れ立つように、四公と宰相さんが降りてワナイ君を護るように左右に立った。


 なんだか。こう、渋さが際立つかっこいいのが集まると、何しても様になるわね。

 なんて思ってたら。


「いいかっ! よく聞け! お前たちにとって、大公という言葉はまだ浸透してないのかもしれぬ! 大公というのはこの国の王と同列であると心得よっ!」

「「お、王と、同列!?」」


 え、そうなの? てっきり王様よりワンランク低いと思ってたわ私。

 ほら、みんなもびっくりしてるじゃない。ざわざわが止まらないわよ。


「それに付け加え、先にお前は言ったな? 頭を垂れずに不敬であると。この方——ソラ・シテン大公を前にして、頭を降ろせというのであれば」


 ワナイ君はそういうと、ゆっくりと周りのみんなと同じようなポーズを取り出した。

 王笏を降ろすと、ゆっくり片膝をついて私にお辞儀する。


「天爵――この大陸の誰よりも崇高なソラ様へ、余等のいざこざに巻き込んでしまったことへ、深い謝罪を」



 ワナイ君――王が臣下の礼を私にして頭を下げると、王の側近達と上級貴族が同じく、王と同じ仕草で私に跪いた。


「……やりおったわ」

「後は任せたよ、シテン殿」


 ……こいつら。

 色々面倒になったからって、私にすべてを委ねるためにやらかしおったわ。


 ……本当に、暴れてすっきりしてやろうかしら。

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