107.聖女・セフィリア 2(ソラ視点)
「あ、アズはん? あ、こ、これは、ち、違うでヤンスよっ!?」
今日のラーナのお食事なんじゃらほい♪
な~んて思いながら、ちょいと嫌なことがありつつ戻ってきた私が耳にしたのは、ヤンスのヤンスらしからぬ、明らかにアズちゃんに対して何かやらかしてヤンスってる声。
「おやおや~?」
個人的な話をしてしまうと。
ちょいとばかしいやぁな気分なので、あまり揉め事に関わらずにラーナのご飯を食べてとっとと寝て、起きたら即向こうの世界にでも行って、しばらく何も考えずにのんびり田舎で引きこもろうとか思ってた矢先のトラブルの様相に、私はイラっとしてしまう。
とはいえ、状況はまだ見てないけども、ヤンスのヤンスってる声からして何かとんでもないことが起きているようにも聞こえる。それに合わせての、いつもはこの時間は忙しい時間帯でわいわいと騒がしいはずの私の喫茶店からは、しーんと、まるで誰もお客様がいないかのような静けさを感じる。
ヤンスを身内や保護すべき対象として見て、この状況を平和的に解決するために私が出ていくべきか。
それとも、ヤンスは元々保護対象でもないので無視してこのままここで待っているべきか。
関わりたくない、なんて思ってる私の心境から、私の体も関わりたくないからこそっとした動きになる。
二階の階段そばから、階下を見つめてみる。
もし今の私を一階から見ている人がいたら、きっとホラーなんだろうなぁ。二階は暗いから、多分向こうからは暗闇で目が光ってるみたいに見えてるだろうし。
「何がですか?」
「い、いあ、この、このセフィは違うでヤンス!」
「違うも何も、別に私に訂正しなくてもいいじゃないですか」
ああ、今の私の恰好見たら、誰もが「なにやってんの?」って思うだろうなぁ、とか。そんなことを思っている私のことは無視して、階下の口論は進んでいる。
おお。まさかまさかの、痴話げんか。
アズちゃんとヤンス、ついにそんな仲にまで……。でも私のお店でやらないでほしいわね。
もうちょっと入口側を見てみようと、階段前の踊り場に寝そべってる体を前へと出すと、より店内がよく見えるようになった。店内からみたら、きっとにゅっと何か奇妙なものが出てきた感じね。誰も見てないけど。こういう時こそ、隠蔽魔法だったり隠れ身の術だったり、スキル『身の隠し』が重宝するわぁ。
隠れてなかったらこんな変な行動できないからね。私にも恥ずかしいとかそういう感情あるんだから。
そこで見えたのは、
「……ヤンス……恋人いたのね……」
法師のような格好した女性を大切そうに抱き寄せたヤンスと、それに向かい合うアズちゃん。
こりゃまた……先ほどそういう関係になったかと思った手前、こりゃきっついわぁ……。
「ヤンス様、やっと会えました。セフィはヤンス様がいなくて寂しくて寂しくて」
「婚約者さんが久しぶりに会えて嬉しがってますよ」
「ヤンス!? アズはん!? ちょ、セフィ!? 何を言ってるでヤンスか!?」
「よかったですね、聖女様。婚約者の方と会えて」
「あら、平民さん、ありがとうございます。ごめんなさいね、見せつけるようで」
「いえいえ、お気になさらず」
アズちゃんの背中しか見えないけど、シレちゃんやハナちゃんの顔見たらどんな顔してるかよぉくわかるわぁ。
めっちゃ怒ってるわね、あれ。
多分あれよ、笑顔がめっちゃ怖いパターンね。キッカちゃんも自分のことのように怒ってるからとんでもない修羅場なのは間違いないわ。キッカちゃん、本当にアズちゃんのこと大好きだからねー。
「ヤンスさん、大変申し訳ないのですが、キツネさんのお店に恋人同士のトラブルを持ち込まれたら困ります」
「……キツネ? あら、このお店は——」
「——こっ!? ヤンス! 違うでヤンスよっ! アズはんっ!?」
「聖女様も、このようなところではなく、婚約者と出会えたのならこのまま静かなところにお連れになって逢瀬でも重ねてください」
「ではお言葉に甘えて」
「ちょ、ちょっと待つでヤンスよっ!?」
……ヤンスのあの慌てよう。
なーんか、拗れてる感じがするわね。それか、本当に間男っぷりを発揮しちゃって、本命にキレられて焦ってるとか。この場合の奥さんはあの子で、本命はアズちゃんになるわね。
……ん? 聖女?
あー……シンボリック神教の聖女ちゃん。
「ヤンス様、ほら、行きましょう」
「セフィもやめるでヤンス! さっきから何やってるでヤンスかっ」
あー。なんかこのままだと変なことになりそうね。
そろそろ間に入ったほうがいいかしら。
本当に、嫌な気分なのに、どうしてこうも嫌なことが立て続けに起きるのか。
そんなことを思いつつ、はぁっとため息をついた私は、ヤンスが聖女ちゃんを力任せにはがしたタイミングで、一気に近寄りヤンスの手助けをしてあげた。
ヤンスと聖女ちゃんの間に入り込んで、二人の肩に触れて軽く押して離すっていう、とっても簡単な作業。
「あー、もぅ……アズちゃんも言ってたけど、私のお店で騒がないでくれるー?」
「あっ……」
軽く押しただけだったけど、ちょっとだけ力がこもりすぎてたのか、聖女ちゃんがふらりと揺れて護衛が慌てて駆け寄り肩を抱く。キッと強気な怒りの表情を向けてきた聖女ちゃんに、「ごめんねー強く押しすぎちゃったわ」と軽く謝っておく。
「で? ヤンス。聖女ちゃんなのかアズちゃんなのか、どっちかにしなさい」
「キツネはんまでっ!? ヤンスは何もしてないでヤンスよっ!」
シレちゃんもハナちゃん二人揃って「何もしてないから怒ってるのよ……」と呟いて頭が痛そうに抑えているけど、いやいや、これでヤンスが二人に手を出してたらもっとやばいわよあんた達。どんだけすごい修羅場を求めてるのよ。
……あ、違う。アズちゃんに手を出してないからってことを言ってるのね!
でもそれって聖女ちゃんがいなかったらの話だから、やっぱり今それ思っちゃダメなやつでしょ!
「まー、あんた達の言いたいこともわかるし、そもそもさ、聖女ちゃん、あんたなんでヤンスにそこまで近寄ってるのよ」
「……あなた、何者?」
「んー? 私のことなんでどうでもよくない? それよりも今はこの場をどうしてくれようかって話よほんと。アズちゃんもちょ~っと落ち着きなさい」
「キツネさん、ごめんなさい」
「キツネ……?」
そう言って謝るアズちゃんのその謝罪が、どこかずれている気がした。これは本当にヤンスに怒ってるわね。徹底的にヤンスを排除しようとしてるわ。
ま、傍から見たら遊ばれてる感じに見えるからねー。それを目撃したアズちゃん目当ての男どもも、きっとアズちゃんがそういう子なんだって思ってよからぬこと考えちゃったりするかもだし、いい印象はないわね。ここ、酒飲むところだし、余計にそうならないか心配だわさ。
「あぁ。……あなたが。……我が教団の志に歯向かう愚か者でしたか」
「ん?」
聖女ちゃんが、急に私へ怒りの矛先を向けた。
「ああ、なんて愚かなお店へ入ってしまったのでしょう。……ヤンス様、そのような汚らわしい存在、穢れた存在のそばにいるなんて……。さあ、早く私と共に国へ帰ってその馬鹿狐に毒された体を清めましょう」
「馬鹿……狐?」
それ誰のことよ。
……
…………
……………………
あ、わたしかっ!?
失礼ねっ! 私だって好き好んでこのキツネのお面してんのよっ、誰が馬鹿狐よっ!
「いや、あんた、いきなり初対面の相手になに——」
「神の名を騙る不届きものが経営する喫茶店。それだけで穢れた領域。どうりでこんなにも汚らしい人たちが集まってるわけですわ」
「……はぁ? 神の名はまだ騙ったことないけども。っていうか、あんた、私だけでなく客にも文句つけるとか何をいきなり言ってんのよ」
「我が神、フォールセティ神の真似もどきで信徒を集める詐欺師。中途半端で愚かな娼婦に群がる客なぞ、人と認識するのも悍ましい」
「娼婦じゃないけど。……まあ、服装的に、肩出したりしてるからちょっとこの世界の人には刺激が強いかもね。……あのさ、あんた。一応ここには王国の貴族様も来たりしてるからそれはないんじゃない?」
なんか急に聖女ちゃんがすごいこと言い出した。
自分の崇拝する神様になにかしたって思われてるのかしら私。神って名乗ったことはまだないんだけどなぁ……。はぁ、いやなことまた思い出したわ……。
フォールセティにはさっき言ってきたけど、それが漏れたわけでもないだろうし、何か勘違いしてるのかしら。
「なんか勘違いしてるみたいだからフォールセティと私の関係についてちょっと話でもする? ほれ、そこの席にでも座って」
「この世界の唯一神である我らの神と自身を同列に考えるとは、愚かな……」
私の一言一言に怒りが増すのか、どんどんと言葉が悪くなっていく聖女ちゃん。
同列……。同列、ねぇ……はぁ。やっぱ出てこなきゃよかったかしら。私の今直面した嫌なことがタイムリーすぎるのよね。
「我が神を愚弄する者が」
そんな彼女が。
私が指差した席の料理——ラーナが作った料理を見て。
「我が神を愚弄する者が経営する店の料理なんて、食えたもんじゃないわ。あそこで働いている愛玩動物が作った料理でしょ。そんなの、毛だらけで毛が入って食べられるわけない」
「動物……?……食えたもんじゃ、……ない……?」
「下賤な愛玩動物が作ったものなんて、口に入れられるわけがないでしょう。毒でも入っていそうだわその色」
「あ”?」
あ"ぁ? いま、なんっつった、この馬鹿女。
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