105.私たちの一日(アズ視点)

 私たちの一日は、意外と忙しい。



 朝は領都ヴィランのキツネさんのお屋敷で起床する。

 初めてキツネさんのお屋敷で寝泊まりしたときはみんな同じ部屋だったけど、今は一人部屋を割り当てられていて、毎日ミィさんとメイさんに起こされている。


 ……自分で起きろって?

     ……努力はします……。


 顔を洗って着替えたら、ヴィランのお屋敷から玄関そばにある扉から空間移動。王都のキツネさん経営の喫茶『スカイ』の二階へと移動すると、毎回香ばしい匂いと共に歓迎してくれるのはラーナさん。


「ラーナさん、おはようございます」

「おはよ~ございます~」


 のんびりとしたほんわかするような声に癒されながら、当たり前のように席に座ると、ラーナさんが食事を運んでくれる。さながら気分は、高級レストランのお客様気分。綺麗で可愛いラーナさんに運ばれた極上の食事に、一気に目が覚めてまた虜になる。


「いってきまーす」

「みんな頑張ってねー」


 喫茶店の庭先で、シレさんに見送られながら私とキッカ、ハナさんの三人は学園へと登校する。

 シレさんはもう学生って年ではないので遠慮している。時々ナッティさんが大事な話をするときだけ事前に連絡をもらって、護衛の立ち位置で学園にくることはあるんだけどね。

 最近は、ジンジャーさんと一緒に冒険者稼業に精を出してるみたい。

 仕事がないときは喫茶店のウェイトレスとして頑張ってくれている。私達の生計を整えてくれるお姉ちゃんだ。




 セティ王立学園は、喫茶『スカイ』からそこまで遠くないので、毎日徒歩で通っている。

 王立学園までは、だけどね。


「相変わらず、広い」

「あはは……ここからが勝負なんだよねいつも。学校につく前に疲れるんだよね……」

「寝坊したら、確実に朝の授業には出れないですね」

「卒業するまで慣れないと思う」


 王立学園の入口門から遠くに見える学園本校。歩いていくにつれてどんどんと大きくなっていくのは、まるで遠くの山を見ているようで、ミニチュアからどんどん大きくなっていく感じがして面白い。

 歩いているこっちからしてみると、なんでこんなに遠いのって気分しかないけども。


 貴族の見栄っ張りだってキツネさんとナッティさんから聞いた。貴族は遅刻してでも、優雅に誇りある自家紋を付けた馬車でゆっくり学園へと向かうそうだ。なので、私たちのように徒歩で学園まで向かう人は庶民の人がほとんだったりする。後は馬車等を常時用意できない下位貴族や貧乏貴族。時々辻馬車で来る人もいるみたい。

 でも、そういう人たちは大体学園寮に過ごしているので、外からくる人達は必然と少ない。私は、この時間もなんだかんだで友達との世間話にちょうどいいかななんて思ったりしてる。道も広いから隣り合って話もできるしね。



「ごきげんよう、皆さん」

「ナッティさん、ごきげんよう」


 地獄の通学路が終わって、学園に到着。

 きらきらと朝の光を浴びて優しく輝く豪勢な西洋風なエントランスホールに入ると、それぞれが教室に向かってばらけていく。

 私たち三人は一緒の組なので一緒に歩いて教室に向かうと、室内から私たちに気づいたナッティさんが口元を隠しながら挨拶してくれた。

 私たちも倣ってカーテシーをしながらナッティさんに挨拶を返すと、


「今日は綺麗な姿勢でできていますね」


 と、お褒めの言葉を頂いた。


「特にハナ。あなたはとても綺麗です」

「お褒め頂きありがとうございます」

「どうですか? 今度私とゆっくりと夜にお話でも……」

「それはディフィ様とどうぞ」

「あら、つれないわね。私の可愛い子猫ちゃんとは毎日のようにさせてもらってるわよ」


 くすくすと笑うナッティさんは、相変わらず冗談好きだ。隣に座る子猫と言われた女性も恥ずかしそう。


「お姉さま、恥ずかしいですわ」


 ディフィ・ロォーン。

 ロォーン男爵家のお嬢様で、ナッティさんの従者さんだ。

 ナッティさんが王妃となった際には専属従者となるそうで、よくナッティさんと一緒にいる。

 ナッティさんのことをお姉さまと呼ぶ、可愛いらしい女性。ラーナさんほどじゃないけど、ふわっふわのピンク髪なディフィさんは、簡単に言うと、恋愛ゲームの女主人公みたいな人だ。


「私の可愛い子猫ちゃんは、そういう恥ずかしがるところも可愛いのよ」


 二人が本当にそういう関係だったことに気づいたのは、つい最近……。


 そんなディフィさんと私たちは、学園ではナッティさんの従者という同じ立ち位置。

 だからよく一緒に行動を共にさせてもらっている。

 ナッティさんは学園中の誰からも認められているとてもすごい人だ。

 歩いているだけで様々な令嬢が頬を赤らめて声をかけてくる。

 頬を赤らめて……。

 頬を……。


 王国を代表する公爵令嬢——今は唯一の王爵令嬢として、より信頼を集めている。

 どこぞの王太子とは大違いだ。




 学園の授業は朝早くから始まり、昼休憩前で授業は終わって、後は夕方くらいまで思い思いの学園生活をする。

 私たちの世界で言うと、朝九時頃から授業は始まり、昼の十二時まで授業があって、十六時くらいまで学園で生活するって感じかな。


 勉強するために図書館で本とにらめっこしている人もいたり、サークルと呼ばれるクラブ活動をしている人もいれば、帰宅して王都の町で仕事したり遊んだりする人と様々だ。


 授業はこの世界の歴史から始まり、武器の扱いや魔法理論についてだったり、世界で使われる言語の授業を教わっている。

 武器や魔法については、学園を卒業した後に冒険者になる人達もいたり、領地に帰って領地経営するときに使われることも多いから最低限の知識として教わるみたい。

 それ以上のことを学びたい人は、午後のサークルで、といった感じ。中には上流階級の貴族が作った、社交界での礼儀や技術を学ぶサークルとかもあって、意外と人気みたい。


 私たちも時々お邪魔することはある。

 キッカは剣術に興味があるみたいで、ハナさんは魔法や護身術、経済学に興味があるみたい。私はキツネさんの喫茶店に興味があるので冒険者ギルドとは別の、商人ギルドとかにも顔を出してみようかななんて思ってたりする。

 それぞれがばらばらに学園生活することになるんだろうなって思うと、ちょっと寂しい。でもまだ学園に来てまもないから、一つのサークルに絞るってことはまだまだ先になるんだろうなぁって思う。




 サークルに少しだけ顔を出したら、喫茶『スカイ』に帰って喫茶店のお手伝い。

 シレさんだけに喫茶店のお手伝いさせてるわけにはいかないからね。



「おーい、アズちゃーん。こっちの注文たのむわー」

「はーい」

「キッカちゃーん、今日も冷たい視線で俺らをなぶってくれー」

「よかろう」

「ハナちゃん、今日はこれとこれと、後ハナちゃんを今度お持ち帰りしたいんだけど」

「先約があるのでまた今度で」

「「先約あるの!?」」


 夕方少し前くらいから混んでくる喫茶店。

 冒険者や仕事帰りの人たちでごった返す喫茶店は、毎日繁盛している。私たちも少しずつ慣れてきて、今では名指しで呼ばれることもしばしば。


 ……ちょっと不吉な呼ばれ方してたりするんだけどね、キッカ。

 なぶるって。……何してるのキッカ。

 ハナさんはよくナンパされてるけど、さらりと断ったりしてるのさすがだなぁって思う。

 ……あれ? さらっと断ってた?


「シレさんっ!」

「はーい。なんですか?」

「あんな肉だるまとじゃなくて、僕と付き合ってください!」


 喫茶店の最近のお楽しみは、夕方くらいから酔っぱらった冒険者が行う、シレさん争奪戦。

 シレさんにダメモトで告白する冒険者が多くて、最近は行事みたいになっている。


「ごめんなさい」


 決まってお断りされてるんだけどね。

 しつこい相手はミィさん達がさっさっと箒で掃いて捨てるように追い出したりするのも面白いみたい。



 そんな毎日。


 充実した毎日を過ごす中。

 私は——



「ここに、ヤンス様が、いらっしゃるとお聞きしたのですが……」


 からんころん、と。

 固い地面の上を歩くような音とともに、女性の声が聞こえた。

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