王立学園の転入生

104.転入生はおおいに悩む(アズ視点)


「うああぁぁぁ……」


 セティ王立学園。

 私たちのいる世界——ナニイット大陸の王国、モロニック王国の王都、モロニックにある学園の名前。

 創造神フォールセティの名前からとられたその学園は、多種多様の種族を拒まず、貧富の差や格差を気にせず、あらゆる人種のために作られた学園だそうだ。

 王国直轄経営のその学園だからこそ費用などは掛からず。ただただ人のために作られたというその学園の志は高い。


 なんともまあ、私たちのいた世界でこんな学園があったら、きっと奨学金制度で後々支払う金額が凄いことになっていそうだなぁというレベルの学園というのが、その話を聞いて最初に思ったことだった。


 西の敵対国『インテンス帝国』も含む周辺国から、貴族や王族が留学するその王立学園へと私たちは転入することになった。

 編入や入学ではない。入学であれば一学年から開始だけども、転入であれば、違う学園から移ってきたことになる。編入だと曰く付きとも捉えられないから転入にしてくれたんじゃないかなって思ってる。


 もっとも、その元の学園は、秘匿されているんだけどね。

 言えるわけないし。他の世界の学校から転入してきました、なんて。


 そんな王国が誇る学園は、とにかく大きい。奨学金が凄いことになりそうだと思うくらいには。……大事なことだから、二回思う。


 ヴィラン城よりも大きな学園と言えば、わかりやすいのかもしれないけど、ヴィラン城もどれくらい大きいのかわからないほど大きかったから、どういえばいいのだろうか。


 ……そう、ここであれを使えばいいのね。

 前の世界にあった、おっきなドーム、十個分くらい。


 それくらい大きな敷地に、大きなお城のような学校。しっかりと、敷地の真ん中にあるそうだ。

 学校を真ん中にして十字路があって、綺麗に整地された道の先にはそれぞれ出入口がある。不審者が入らないよう警備員が常駐していて、警備も万全。学校から出入口があまりにも遠すぎて、貴族様は馬車で移動するみたい。この学校は一般市民も受け入れていて、一般市民の人たちはこの長い道を歩いて帰るのかと思うと、私たちはどちらに該当するのだろうと少しだけ不安になるほどの広さ。


 でも大丈夫。学校の正面入り口から見て左の道を進んでいくと、男女別の学生寮があるって聞いた。

 一般市民の生徒はここを使うことが多いらしい。貴族用の学生寮はその反対。学校正面右側の道を進んでいくとあるそうだけど、遠い場所で王都に屋敷を所持していない下級貴族が主に使っているそうだ。

 屋敷を持っている貴族や学生寮に入っていない一般市民は、登校する際は、馬車や家から歩いてきていると教えてもらった。私たちは毎日喫茶スカイから領都ヴィランのキツネさんのお屋敷で寝泊まりしてるから、学生寮じゃなくて帰宅組。


 ……あれ? 大丈夫じゃない。

 その帰宅組の私たちは、歩きなのだろうか、それとも馬車なのだろうか。

 馬車を使って学校まで来るのだから、出入り口の門から敷地の中心地の学校まではかなり遠いのだけど、やっぱり……歩きなんだろうなぁ……。だから門の入口も馬車が余裕で通れる大きさの道なんだろうなって。途中で停める場所もあったし。


 後は庭園だったりクラブ活動をするための別棟があったりと様々な棟が学校裏手に聳えていて、よりそれが学校の広さを物語っているわけだけども、別棟に向かうための道も、生徒たちの憩いの場や情報共有の場で常に賑わっているとも聞いた。



 元の世界で最後まで通えなかった、向こうとは違う学園生活が、ほんの少し楽しみだった。



 とはいえそんな王立学園に驚いて声を出したわけではない。

 学園の広さとかその他もろもろには、もうみんなで驚いた後。

 今は、ナッティさんの従者として転入手続きが終わって、ナッティさんと同じクラスで席に座ったところ。

 貴族と一般市民の学生が身分なく集まるこのクラスで、まとめて転入されてきた私たちは注目を浴びている。ナッティさんがそばにいてくれなかったらきっと一斉に群がられていたんだろうな、ナッティさんさまさま。


 でも、ちらりちらりとこちらを伺うような目を向けられていても、


「うああぁぁぁ……」


 何度も何度も、そんな声しか出せない。

 凹む。

 凹みすぎてもうそれくらいしか話せない。


 理由は簡単。


『アズはん。……婚約者いたでヤンスか』


 ヤンスさんに、勘違いされているから。


 誰に婚約者がいるって話なのよ。

 私に婚約者? それ誰。

 そもそも私が婚約者とかいるような大それた家じゃないってことくらいわかるでしょ。……あ、わかるわけないか。こっちの世界とあっちの世界では全然違ってるから。あっちの生活をこっちに当てはめると、普通の貴族よりいい生活してるかも。

 むしろ今にして思えば、こっちの世界の恋愛事情はあっちの世界ではとても厳粛で。こっちからしてみたら私たちってかなり性に寛容にみえるような気もするとか思ったりしてどうしたらいいのかとわからなくなる。

 婚約者って、もしかして恋人とかそういうことを指しているのかな。だったとしても、私、恋人いないんだけどっ!


「うああぁぁぁ……」


 なんて説明すればいいんだろう。

 そもそも誰のことを婚約者と勘違いを? あ、それはどう考えてもキッカのお兄さんたちのことか。

 だったら私は複数人婚約者がいることにならない? それどんなハーレム。

 それにお兄さんたちは優しかったけどそんな風に見たこともないし、気のいいお兄さん止まり。キッカの動画を見て私のことをそういう目で見てたのかって思いはしたけど、そういわれてもお兄さんたちに何も感情が湧かなかったから私の趣味ではないんだと思う。

 普段から優しく接してくれて面白い人達だったから、ちょっと薄情かなって思うところはあるけど、そんな程度だったんだと思って、なんか納得した。


「アズ。ヤンスに勘違いされたのがそんなにつらい?」

「キッカ……」

「あら。何か面白いことでもありましたか? 見たところ、アズが失恋——」

「ナッティさん、してないですっ!」


 扇子で口元を隠して笑うナッティさんが恨めしい。


「なにがあったんですの?」

「実は、ヤンスにうちのお兄ちゃん達がアズの恋人だって勘違いされてる」

「……アズ、婚約者いたのですか?」

「違うんです、違うんです……そもそも誰ともお付き合いしたこともないです……」


 私が思わず言ったことに、ナッティさんが「あら」と思いがけず驚いたといった表情を扇子の先で見せた。


「大丈夫、アズ」

「キッカ?」

「ちゃんとしっかり、朴念仁の誤解は解いておいた」

「キッカ……っ」


 持つべきものは友。


「ちゃんと、アズの恋人は私だって伝えておいた」

「……キッカ……?」

「宣戦布告ともいう」


 ……キッカ……っ!?



 それ、より変な誤解を与えそうだよ!?

 私は、次にヤンスさんに会った時に、誤解をしっかりとけるのだろうかと心配になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る