097.称号(アズ視点)
「今日も皆様お疲れ様でした」
今は夕方までの忙しさが嘘かのように静まり返った店内。
空はもう暗い。先程みんなで片付けをして、今やっと休むことができた。
ミィさんから労いの言葉をもらい、今日もお仕事が終わる。
「ここ最近、毎回思うんですけど。……どうしてこんなに忙しいんですか」
思わずべたりとカウンター席の机に顔をへばりつかせる。
綺麗に拭かれて魔法で殺菌されたその机は、ひんやりと、仄かに冷たさを感じて疲れ切った肌に心地よかった。
……木製、なんだけどね……。
「アズ、そりゃ、わかりきったこと。私みたいな可愛い子が働いてれば」
「その自信、どこから出てるのキッカ」
「さてはて。どこからかは出てるはず。少なからず、アズ達は可愛いから仕方ない」
「ありがとキッカ。キッカも私の可愛い親友だよ」
「どういたしまして。そう。私はアズの可愛い心友」
私が座るカウンターの反対側で、まるでバーテンダーのように、きゅっきゅっと音をたててコップを拭くキッカが言った。
……キッカ。それ、コップを拭くときにするポーズじゃない。多分なんかカクテル作ってるイメージでコップ拭いてるでしょ。
じとっと睨むと、キッカはにやりと笑って拭き終わったコップを置くと、そこにジュースをたぷたぷと注いでくれた。
「お嬢さん、そんな疲れた日は、甘いものでも飲んで忘れるといい」
「やだキッカ。私そんなキッカに惚れちゃいそう」
「惚れるといい。思う存分に。惚れたら疲れを癒すために後で一緒にお風呂はいろう」
「わー、それみんなといつもやってること。あー、ご飯食べた後にゆっくりお風呂に入るのが楽しみ」
そんな茶番をやっていると、シレさんとハナさんがそれぞれ仕事が終わって私の左右に座ったので挨拶した。私と同じようにキッカからジュースがプレゼントされてお風呂のお誘いをされて一緒に入ると笑っている。
キッカ。そんなにお風呂に入りたいの……?
「やー、今日はいつにも増して大変だったわね」
「今日も人気でしたねシレさん。ハナさん、ずっとキッチンにいましたけど、ラーナさんと二人だけであの量の注文を捌くのは大変だったんじゃないですか?」
「大変というか、ラーナさんの動きが凄すぎて。残像見えるくらいに動いてるのに楽しそうにしてるのを見てると私も頑張らないとって思いました」
残像……。
そういえばミィさんもマイさんも、時々すごい動きをして分身してるんじゃないかって感じになってたけど、それと同じようなものなのかもしれない。
後、ハナさんがとっても頑張り屋だなって思ってほっこりする。
「あれ、シレさん。ジンジャーさん達は?」
「え? さっきユウ君連れて2階から領都に戻ったわよ。ほら、ユウ君眠そうだったから」
「ユウ。ずっとここで勉強してた。大変そう。途中から寝てたけど」
ユウ君は、この喫茶店のマスコットみたいな立ち位置になっている。
来る人に構ってもらいながら、この世界のこととかを勉強してるみたい。
私たちは冒険者になったときとか、先輩たちに教えてもらったりして感覚的にうっすら程度に覚えてきたけど、ユウ君はまだ小さいから冒険者になるわけにもいかず、本とか読んで覚えようとしている。
後、これから王都の学園に通ったりするけど、ユウ君だけ小学生だから一人で通わなくちゃいけないこともあって、基礎知識を覚えてないとダメって判断みたい。
将来は、
「僕、みんなと一緒に旅はできそうもないからみんなを支援するんだ」
と言ってたんだけど、それは大きくなってからもそうするつもりなのかな、とか思う。
私たちとしては帰ってくる家に誰かがいるってのはとてもうれしいことなんだけども。男の子なんだからっていうと失礼だけど、ちょっとはこの広い世界を冒険したいとか思わないのかな。
数年もしたら冒険者ギルドに登録できる年になるから、きっとすぐに冒険者になって旅だっちゃうんだろうなぁ……。
そういうの考えるとお姉さん、ちょっと寂しい。なんて。
「ねえキッカちゃん。優君、何を覚えたりしてるの?」
「経済とか。他にも種族とか。結構ドワーフとかエルフを調べてることが多い。私も恩恵に預かってる」
「ドワーフとエルフ? 有名な他種族だからかな?」
私たちの世界でも有名な空想上の種族、ドワーフとエルフは、この世界には当たり前にいる。
当たり前というと失礼か。この世界ではそれが普通なのだから。
いがみ合っている種族もいるけども、ドワーフとエルフは人族と友好的な種族だ。二種族もそこまで険悪な関係でもない。
ドワーフは人族より小さい、小人とは言わないけど身長が低くて筋肉質な、顎髭が凄い種族。女性は身長は小さくて可愛い人が多い。どちらも手先が器用で工芸日や武具を作って生計を立ててることが多いと聞いている。わたし達の世界で想像されていたドワーフとあまり変わりないみたい。
エルフは、以前領都でも見たけど、美男美女のすらっとした長身の種族。精霊魔法とか火属性以外の魔法に精通していて、森を愛する森の守護者って聞いている。それぞれの部族が主要な森林地帯を管理していて、森とともに生きているって聞いた。
そう言えば、ミィさんとマイさんもエルフだ。身長、高くないけど。
「あー、違いますよ、ユウ様が覚えようとしているのは、別の理由からですよ」
ちょっとみんなで考え込んでいると、マイさんがひょこっと現れて教えてくれる。
私は考えていた内容がユウ君のことではなかったので、ミィさんとマイさんがエルフではないと否定されたような気がして慌ててしまう。
「私たちは皆さんと違って見れないのですけど、ユウ様の称号とか見られたことありますか?」
「……ん? マイさん、ステータス見れないんですか?」
「ええ。この世界の人たちは見れませんよ。ステータスを開けるのは異世界から来た方の特権とお聞きしてますから。自分の能力を可視化?すると聞いてます。私たちも旦那様からお聞きした限りではありますけども」
……あれ?
なんだか、今のマイさんの話に違和感を感じた。
みんなも気になったようで、特にシレさんは「やっぱり……」と、何か確信したみたいなことを言っている。そう言えば、シレさん、ずっと何か引っかかることがあるみたいで考え込んでることあったけど、それは解決したのかな?
「本人から聞くほうが正しいのでしょうけど、ユウ様、たぶん言わないと思いますし」
「え、ユウ君、なにか特殊なんですか?」
「まず、アズ様と同じ、『勇者』の称号を持たれています」
「え……」
「おお、二人目の勇者」
勇者の称号。
思い出せば、異世界からこちらに来た人の中で、私以外にも持ってる人はいっぱいいたみたいだから珍しいことではないのかもしれない。
キツネさんは、勇者って称号そのものがキャパシティが高いから初期スキルが生えてこないとも言ってた。
どんどんと自由にスキルを覚えていく、自由な称号とも聞いている。称号もそれ一つがあらゆる称号を内包していて、キツネさんが
実際、私も、どんどんとスキルを覚えている。先日も、もっと早く動きたいって思って意識してたら、『身体強化』ってスキルを覚えて、ものすごく早く動けるようになってたりする。
……ウェイターしてたら覚えたってことは想定外だったけど。
「それと」
「……え。それと……?」
「『精霊使い』と『鍛冶師』と『錬金術師』が称号にあるとお聞きしてますよ」
……あれ? あれ!?
キツネさん!?
ユウ君、初期からものすごくいっぱいでてますよ……っ!?
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