096.喫茶店は今日も忙しい
オキナさん、オウナさんとお別れして、ユウ君と一緒に過ごすようになって一か月程度経った。
「おーい、注文頼むわー」
「はーい! 少々お待ちをー」
私たちは、今日も賑わう喫茶店で接客をしている。
今日はすごく繁盛しているから大忙し。
いつもは店内の席が埋まる程度なのに、今日に限っては外もカウンターも埋まっていて、外で地べたに座りながら話している人だっているくらいの盛況ぶり。
喫茶店の外にも簡易的に作った席を用意しているけど、そこも満席で。
地べたに座りながら楽しそうにしている人達を見ると、わたし達の世界のニュースで見かけた、花見の季節の騒ぎを思い出して、少し懐かしさもあった。
私は、店内で両手にお盆を持ちながらキッチンと店内を行ったり来たりと大忙し。
さっきも注文待ちのお客さんから声をかけられたけど、本当に待ってほしいとしか言えないくらい。
いつもはミィさんとマイさんがキッチンにいるラーナさんの極上の食事類をテキパキ運んで廻していたけども、そんな二人がいても忙しい今日。
注文取りたいけども、手が全然回らない。仕事って大変なことなんだなって現実逃避してみるけど、誰か助けてほしい。
「アズ、そこはこう言うのが正しい」
助け船は意外と近くから。
カウンターを引き受けている私の親友キッカが、いつもつけている眼鏡を外して、お店のカウンターから笑顔を見せる。
「そういうのは、私達に言うんじゃなくて、自分たちで言いにく・る・ん・だ・ぞ☆」
いつもの不愛想なジト目な彼女が、なぜか普段見たこともない笑顔を見せた。
背後に「きゅるるん」という謎の文字が見えそうなほどのあざとさがこてんと首を傾げたことで更に倍増。
その声は甘くかわいげのある声。そんな声、キッカから聞いたこと一度もないような気もするけど、なんで今そんなこぇ——
「「――キッカちゃん、俺そこに今から向かうよっ!」」
ちょっとばかし大きなお兄さんたちが一斉に席を立ちあがってキッカのいるカウンターにどどどって音をたてて向かっていく。
ちょっと待ってキッカ。あんたそんな必殺技もってたの!?
おかしい、おかしいよっ! この喫茶店ってお偉い貴族様が来たりしてるんじゃなかったっけ!?
「ふふん。人気者はつらい」
キッカはカウンターに座るお客様を相手にしながら、キッチンから出される軽食をウェイターの私に渡してくる。
そんな人気者に「どうせ私は取り柄がなくて人気者じゃないですよーだ」と拗ねて見せると、その人気者はにやりと笑った。
忙しい中での友人との他愛無いいつもの会話は、忙しいからこそか、楽しい。
「ねぇねぇアズお姉ちゃん」
テーブル席に軽食を渡して戻ってくると、私の服の裾を、くいくいっと優しく引っ張る男の子。ユウ君。一番端のカウンターでキッカに面倒見てもらいながら勉強中だ。
祖父母を亡くしたユウ君は、前を向いて少しずつ元気になっている。
時々寂しそうにしてるけど、そういう時はみんなでユウ君とおしゃべりしたりしてたりする。そういうことで少しずつ元気になってくれたらいいなと私は思ってる。まあ、そうじゃなかったらこんな忙しいところに連れてきてたりしないよね。少しは騒がしいところにいたほうがユウ君も気が紛れるでしょってのはキツネさんの配慮だ。
「アズお姉ちゃんも人気者だよ? 僕大好きだから」
「ユウ君……っ」
気遣いもできる子。なんていい子なの。
思わず接客そっちのけでユウ君をぎゅーって抱きしめる。
「ユウ君、ありがとうね」
「……」
あれ?
頭を撫でたらちょっとムスっとされた。なんで?
「ユウ。それだとアズには伝わらない」
「えー」
「?」
何が伝わらないのかさっぱりだけど、とりあえずいつまでもサボっていられないから接客に戻ろう。ちょうどラーナさんのお手伝いに入っているハナさんがキッチンから軽食を運んできたからそれをもって移動する。
「シレちゃーん。こっちきて酌してくれよぉ~」
「はいはーい。酔っ払いはとっととお帰りくださーい」
「おぅぅぅ。そんなシレちゃんは今日も可愛いぜ」
この喫茶店は少しばかりお酒も提供している。
流石に未成年——とはいっても、この世界の基準では私たちも飲める歳なんだけども——の私たちは飲んだことないからその美味しさとか全然わかんないんだけど、飲んでるお客さんたちを見てると、すごい美味しそうにみえてくるから不思議。
「おい、てめぇ、俺のシレに手をだすんじゃねぇよっ!」
そんな酔っ払いのシレさんへの絡みに、一人怒る男の人。
もー、「俺のシレ」って言われて満更でもないシレさん。なんか急激に接近してる二人。どこでなにがあったのかと今度問い詰めてみよう。
「いらっしゃーい、ジンジャーさん、と——」
「頑張ってるでヤンスね、アズはん」
「ヤンスさんっ、こんにちわっ」
ぱさりとフードを脱げば、「おおっ」と女性客から声があがるほどの、イケメンがそこに。
若干この喫茶店にはこのイケメンに会うために来ている常連客もいたりするほど。……大体はミィさんとマイさんのファンだけども。そこにキッカやシレさんが参入してきたもんだから人気がうなぎ登り。手作りしてくれるハナさんやラーナさんの人気もすごい。
オーナーであるキツネさんは用事があるっていってどこかに行ったっきり数日戻ってきてないけど、キツネさんがお店に出てくると、もっと人が押し寄せるっていうんだから、このお店、もっと大きくして従業員も雇って繁盛させたらいいのにと思う。
「ほれ、ユウ。お主がアズといい関係になるには、アズにとって最愛の私と、あのイケメンを倒さないとならんのじゃよ」
「むぅ……じゃあ先にキッカ姉を倒してあいつと戦う」
「ほほー。この剣に愛されしキッカに勝てるとな。思う存分遊んでやろうではないか」
「ヤンス兄ちゃん! 僕絶対ヤンス兄ちゃん倒すからねっ!」
「ユウはん!? 来て早々倒す発言されてるんでヤンスけど!? 何の話でヤンスかっ!?」
そうか。私に辿り着くにはまずキッカを倒さないといけないのか。
……なんで??
キッカが何を言ってるのかよくわからないけど、そんな周りに可愛がられながら楽しそうにしてどんどん元気になってくユウ君を見てると、キッカに任せてよかったなって思う。
「アズはん」
「は、はい!」
「なんでメイド服着てるでヤンスか?」
それはそれは、話すと長くなるんです。と言いたいところだけど。ミィさん達が着てるメイド服、ただ単に、制服じゃないけどミィさん達が着てた服が制服みたいになってたからです。
着てみたかったから着れたのはうれしいんだけどね。
って。……あれ?
「ほほぅ。ヤンス、そなた、なかなかいいところに目をつけおるな」
「キッカはん? さっきからその話し方、なんでヤンスか?」
「ヤンスと普通に会話してるとヤンスが移るからその対策でヤンス」
「ヤンスが移るってなんでヤンスか!?」
……あれ? おかしい。
どうして私たちは、喫茶・スカイで働いているんだろう……。
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