095.初めての別れ


 今日はどんより曇り空


 異世界に来て早数か月。その数か月の間に元の世界と同じように天候のある世界なんだと思ってはいた。異世界だからといって毎日が晴れというわけでもないんだと思った。


 今日の天気もそう。

 先程まではしとしとと雨が降っていた。まるで誰かの心を映しているかのようで。


 キツネさんから話を聞いた私たちは、すぐさま家を出た。

 異世界に来て初めて会った人だけど、一緒にこの町までたどり着いた仲間。

 扇一家。

 オキナさんとオウナさん、そしてユウ君。


 短い間の交流だったけど、それでもこの世界に一緒に来てしまった数少ない仲間だ。


 オキナさんとオウナさんにはお世話になった。常に体調が悪そうではあったけど、常にそばで支えてくれるかのような笑顔でいてくれるのは、私にはとても心強かった。

 まるで後ろで支えてくれてるような。いつも優しく包んでくれるような、本当のお爺さん、お婆さんのようで。


 高級住宅街を抜けるとき、優雅に歩いているお嬢様や高級そうな馬車に乗る貴族の人たちが何事かと驚くさまがすれ違いざまみえたりしたけど、そんなの今はどうでもいい。

 走るより馬車とか使えば早かったかもなんて思ったけど、全力で走れば馬車より私たちは早い。むしろ馬車は何もないところでスピードあげさせたりなんかしたら危険すぎてまともなスピードが出せるわけがない。馬車なんか用意している暇もあるわけがないので、石畳の大道路を、ただただ走る。


 走って辿り着いたのは、領都の領主の住む城、ヴィラン城。

 ナッティさんに会いに数える程度ではあるけども、何度か入ったことのあるその大きなお城は、今は少しだけ寂しそうに見えた。


 第二城門で以前自信満々のキツネさんが止められたのも、今は懐かしさを感じる。別の門番になっていて、私たちを知っていたのか、状況が状況だからか、顔パスで通してくれた。警備がザルすぎるんじゃないかとか思ったりもしたけども、今は融通を利かせてくれたくれた門番さん達に感謝だ。


 城内も走り抜け、豪邸へと走る。

 その豪邸は、ヴィラン城と併設して建てられた領主様の屋敷だ。


「どうして、こんなことに……」


 流石に息を切らして屋敷に入るのはいけないと思い、速度を落として息を整える。場内は良かったのかとも思うけど、第二城壁のそばを走ってきたから迷惑はかかってないはず。


「アズ……今は急ごう。ユウが心配」


 キッカが声をかけてきて足を止めていたことに気づいた。


「優君、一人だから。そばにいてあげないと」

「ユウちゃん、大丈夫でしょうか……」


 歩くように促すシレさんとハナさん。共に歩きながら、みんが考えるのは一人残されたユウ君のこと。


 葬式は先日、すでに済んでいる。

 たった一人残ったユウ君が、周りに教えてもらいながら式をあげたそうだ。



「正直に言うとね。お二人とも、異世界転移に体が耐えられなかったのよ」

「キツネさん……」


 私たちが屋敷の入口に到着したとき。そこにはすでにキツネさん達が待っていた。


「あまり言いたくはないけど。あんなことなくても、遅かれ早かれであったのは確かよ」

「あんなこと……?」


 それが、私たちと一緒に異世界転移してきた最初の、魔物による虐殺ではないだろうことはなんとなくわかった。

 他にもなにかあった。

 きっと、私たちが王都に向かっている間に。


「ヤットコって覚えてる?」

「……あいつが、なにかしたんですか」


 ぞわっと、その名前を聞いて怒りが沸いてきた。

 別に私が何かされたわけでもない。でも、私はあの男に酷く嫌悪感を覚えていた。


 それは、私たちが貴族を知った初めてのこと。

 冒険者ギルドで、メリィさんを怪我させて、キツネさんにぼこぼこにされた男。


 C級冒険者パーティ。

 『トット・ト・イケ』のリーダー。

 準男爵だと自分を誇っていた、

 ヤットコ・デ・ヒラ。


 子爵家令嬢のメリィさんを傷つけてギルド内で暴れた男。

 ギルド長代理のキツネさんに冒険者証を剥奪されて、領都からも追い出されたと聞いている。


「あいつがね。どうやって入ったか知らないけど、町に入り込んでたんだって。アズちゃんたちがいなくなってしょんぼりしてたおちびちゃんを励まそうとして、ぼろぼろの体を無理して動かして領都を散歩してたところにばったり出くわして。扇一家に覚えはなかったみたいだけど、幸せそうなおチビちゃんが気に入らないっていちゃもんをつけて強盗紛いのことをしようとしたって聞いてるわ」

「……それで……どうなったんですか……?」

「追放されてるのに町に入り込んできた時点で処刑もんなんだけども。逃げたらしいわ」

「キツネさん、ヤットコが、なにをしたんですか!?」


 少しだけはぐらかそうとしているように見えたキツネさんに、ほんの少し苛立ちが勝ってしまった。


「……刺されたんだって」

「そんな……」

「オキナさんとオウナさんはさっきも言ったけど、体そのものが蝕まれてた。それでさえ年寄りだったんだから、思うように動けない体でおチビちゃんを守るために必死にかばって、刺され続けたんだって。ヤットコが、たった少しのお金を得たいがために、ね」

「でも、私たち、それなりに強い」

「ああ、勘違いしないで。あんた達、異世界人だからって言っても、力がすごい強いわけでもないし、ほぼ確実にこの世界の人たちより身体的に弱いからね。ただ、この世界の人たちと違うのは、ステータスが見れてそのステータスで自分のスタイルがわかって、且つ、スキルを自在に扱えるくらいが有利なだけよ。若いもんだったら若さでカバーできることもあるさな。もっとも、スキルなんて異世界人みたいにぽんぽん覚えるわけじゃないからそこが一番の利点でこの世界の誰よりも強くなれる理由なんだけども」


 キツネさんからとんでもないことをついでに聞かされた気もするけど、それよりもオキナさんとオウナさんが殺されたってことのほうが衝撃的だった。


 思わず立ち止まって、悲しさに声が出そうになって口を抑えてしまう。


「私も平和ボケしてたわ。……お城にいれば、この領都なら安全とか思ってたんだけどもね……」

「キツネさんのせいじゃ、ないですよ……」

「いんや。私のせいもあるのさ。本当はあの場で貴族に手を出したんだから、処断しちゃえばこんなこと起きなかった。そう思うとね。甘かったなぁ、と思う。人の死には慣れてるもんだけど……」


 悲し気なキツネのお面が、本当に後悔しているんだなってことがわかる。

 でも、本当にキツネさんが悪いわけじゃないと思う。

 いくら使徒様と言っても、できないことだってきっとある。


 それからは静かに。誰も話すことはなく、豪邸の中へ。

 キラキラと、今は綺麗とも思えない装飾のエントランスを抜けて、奥の客間へ。

 扉を開けると、何人ものメイドさんや執事さんが小さい男の子を囲んで労わってくれていた。


 そんなみんなに、ほんの少しだけ笑顔を見せる男の子――ユウ君。

 眠れないのか、黒いクマが目立ち辛そうに。少しだけ目頭に涙がたまっているのはわかった。

 でも、泣けないみたいで。

 何かを必死にこらえているように。本当は何も起きてないって思いたいかのように。明らかに無理をしているその姿。


「アズ姉ちゃん……」

「ユウ君」


 私に気づいたユウ君が、ふらつきながら近づいてきた。小さな体を小刻みに震えさせながら、必死に悲しさを内に秘めて耐えていた。

 私は、そんなユウ君を優しく抱きしめる。


「ほら、これならだれも見てないよ」

「……うん……」


 泣いて、いいんだよ?

 そう、耳元で。


 ぎゅっと抱きしめると、おずおずと私の背中にちっちゃな手が必死にしがみつく様に触れて。


 時々、オキナさんやオウナさんがユウ君を抱きしめているときにしていた、ぽんぽんっと背中を優しくたたいてあげると、ユウ君は、今まで溜めていた涙を一気に溢れさせて、大声で泣いた。




 たった一人になったユウ君。

 私たちが一人にさせてしまった。

 そばにいたからといって、何かできたわけでもないと思う。

 キツネさんが言うように、本当にお二人とも、いつも体調が悪そうで辛そうにしてたから。いつかは起きるはずだったことが、早くなった。残酷な結果で、早くなっただけではあるんだと思う。



「お姉ちゃんたちが、ずっと一緒にいるからね」

「……うん……うん……」


 私たちみたいに、周りに年の近しい友達もいないユウ君は、頼もしい味方がいなくなった。

 残ったのは、赤の他人の、別世界から共にやってきた私達だけ。


 そうだからこそ。

 ユウ君の唯一の仲間だから。

 だから、私たちがこれからユウ君を育てていく。


 育てるといっても、すぐに私たちから旅立つくらいには大きくなるだろうけども。

 そんな成長を見れなくなったオキナさんとオウナさんのために。



 大事に、育ててみせます。

 だからオキナさん、オウナさん。

 空で見守っていてください。

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