別れと私たちの立ち位置

092.『喫茶・スカイ』は今日も騒がしい 1

 王都に辿り着いた初日に遡り。



 モロニック王国の、王と上位貴族が住まう中央を囲む第一城壁から、下級貴族や一般市民が住む場所を守る第二城壁まで、十八個もの円環道路の数字が大きくなるごとに少しずつ大きく広がる王都。モロニック王国王都モロニック。

 その一番円環道の、中央に至る八つの橋の内一つの橋の近くに立った、小さな喫茶店。


       『喫茶・スカイ』


 その喫茶店の前に豪華な馬車が喫茶店門前に止まり、辺りに有力貴族がその喫茶店に訪れていることを知らしめている。


 私たちは、その馬車より少し喫茶店寄り。

 喫茶店の庭先に立ち尽くしていた。

 なぜなら、先ほど、とんでもないカミングアウトのようなものをされたから。


 だって、そのカミングアウトした人——いつもは狐のお面を常に装着している巫女装束着ていたはずの人が、着流しを崩して胸元チラリズムさせて、性別変わって男の人になっちゃってるんだからもうびっくり。


 いつもの綺麗で美しくて可愛くて面白くてスタイル抜群な私の知るキツネさんはどこへ行ったのか。


「いい、胸筋ね……」

「え、シレさん……——あっ、そうかシレさん、ガチムチが好きだから」

「い、いぇぁえ!? ち、違うっていうかそれもうやめてぇーっ」

「でも今の発言は賛成できる」

「キッカまで!?」

「……アズさん、あれはちょっと、賛成できないほうが……」

「いや、まあうん……私もそりゃじっと見ちゃったんだけども……」


 ああ、私、多分かなり今混乱してるのね。

 頭の中はぐるぐるぐーるぐるといろんなことが思い浮かんでは消えていく。


 みんなもどうやらそんな感じみたい。

 さっきから、しきりに目の前の男の人のチラリズムから目が離せないから。


 何が起きたのか、なんて考えるのも、考えたら負けなのかもしれない。

 だって、キツネさんだから。

 この男の人。さっき自分をキツネさんだって名乗ったから。


 キツネさんならなんでもありって言われても納得できちゃうから、考えても無駄かも。


「んで、どうする?」


 いつものキツネさんとは違って、少し乱暴そうな言い方とそのチラリズムに、ちょっと鼻が痛くなってきた。これそろそろ鼻血でちゃうかもしれない。


「まあ、ぶっちゃけ。この姿だと女と遊べるから、ついでに楽しんでみるか?」


 とか、その知っているはずの人が、急に言い出したもんだから。


「ぜひ! でもソラさん、私は女性の姿でも遊べますから、なんだったら女性の姿セットで私とあそびませんこと?」


 と私たちの背後にいた王爵令嬢——ナッティさんが、令嬢あるまじき了承をしてひと悶着があったりして。

 ナッティさんだけだったら冗談で済んだかもしれないんだけども、そこにミィさん、マイさん、ラーナさんまでも「遊ぶ!」と目を血走らせて鼻息荒くしたもんんだから、もう収拾つかなくなっちゃったのよね。


















 キツネ面の男の人に「まあ、立ち話もなんだから入れよ」となんかワイルドな感じで顎くいっとされて店内に入れと命令されて、ドキドキしながら喫茶店の内部へと。


 入った喫茶店の木の温かみ溢れる香りと、ほのかに香る元の世界で嗅いだことのある匂いに、


「この匂い……コーヒーですね」

「こっちでもあるんだ、コーヒー……」


 少しだけ感情が揺さぶられたのか、涙がぽろり。


 全体的に木造造りのこの店内は、四席分の椅子が置かれた、丸い木机六卓ほど並べられていた。

 カウンター席もいくつかあって、ざっと数えて三十人が入れるくらいかな。

 でも、机がしっかりと離れて設置されているから、そこまで窮屈というわけでもなさそうな、満席になってもすれ違えるくらいの余裕をそれぞれ持たせているから、空間的には広く見える店内だった。


 店内半分を占めていると思われる厨房の前のカウンター席にぽすっと座ったキツネ面の男の人は、ぽふんっと音を立てて煙のような何かを纏う。

 唐突すぎて驚いているとその煙が収まって。煙から現れたのは、見知った人——


「——もー、そんなに驚くことー?」


 キツネ面をつけた、肩見せ巫女装束を着た、キツネさん。

 私たちをこの世界で見つけて助けてくれた、とんでもないお偉い人だ。


 そんなキツネさんが、言った一言が、あまりにも、


「「「「驚くことですっ!」」」」


 何を言っているのか発言だったので、さっきの男の人だってことを忘れていつも通りのツッコミをみんなでキツネさんに入れてしまう。

 それをいつも通り、キツネ面を揺らして笑うキツネさんを見て、安心してどっと疲れが押し寄せてしまったのか、私は近くの机にふらふらと倒れ込む。

 椅子がそこにあったのでそのまますとんっと座って、一息吐いて自分の気持ちを落ち着かせる。すぅっと息を吸うと、木材の温かな香りで心が落ち着いていくのがわかる。


「旦那様……」

「んー? どったのミィ」


 疲れによるふらふらとは違うふらふら感でキツネさんへとゆっくり近づいていくメイド服姿のミィさん。

 ちょっと絶望感溢れる顔なのが、少し気になった。

 そんなミィさんと同じく、マイさんもラーナさんんもとても残念そうな……それこそ世界の終わりかと言っているかのような、いつもの可愛くて綺麗な顔が台無しな表情を浮かべていることに、何があったのかと思わず身構えてしまう。


「な、なぜ……なぜ女性の姿へ戻られたのですか……」

「え。だってさっき揉めたし。アズちゃん達がやりにくそうだったから戻ったほうがいいかなぁって」

「で、では……ではっ!」


 すごく必死な表情で、今にも涙をこぼしそうなミィさん。


「私とおあそびいただけるというお話はっ!」

「あんた何にそこまでショック受けてんのよっ!?」



 ……本当に。

 キツネさんの周りって、騒がしいなって。



 でも、嫌な騒がしさじゃなくて、どこかアットホームな騒がしさに。



 ああ、我が家に帰ってきた。



 なんていう感情を起こしてしまったのは。

 私たちが、ついさっきまで、領都ヴィランから何週間もかけて王都へと辿り着いた後だったからかもしれない。

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