089.馬車にゆられて王都にて(アズ視点)
「キッカ危ないよっ」
私は馬車の窓を開けて身を乗り出して外を見るキッカの腰回りの服を引っ張った。
馬車の窓が開くとか聞いてないし、今この馬車はそこまで早くないとは言っても動いている。
そんな馬車から身を乗り出して落ちたらキッカがどうなるかわかったもんじゃない。
キッカがなんで窓から外を見たのかは一目瞭然。
外に、この数週間旅をしてきた目的地——モロニック王国『王都モロニック』を守る堅牢な第一城壁が見えてきたから。
大きな石造りの城壁に守られた円形の巨都。
そう聞いてはいたけど、まさかこんなに巨大だなんて思ってもみなかった。
軍事的な壁のヴィランとは大違い。
「ん。アズ、私の称号、いってみ?」
「え? 剣聖と魔剣士?」
「わかってるなら手を離すといい」
「なんで!?」
危ないから引っ張ってるのになんで手を離せと言われるのかっ。
でも。そう言われて気づく。
キッカ、私が必死に引っ張ってもびくともしていない。むしろ、そんな私をみて「ふふん」みたいな顔をしているのが少しイラっとくる。
「逆にアズが危ない。私の体はのろのろ馬車から落ちたくらいでは死なない体になった」
ああ、なるほど。
この数週間、私たちは少なからず魔物と戦うこともあった。その戦いの中でメキメキと成長していったのはキッカだ。
剣技はヴィラン騎士団の護衛の人たちやミィさん達に教えられて上達して、それを遺憾なく魔物にぶつけて成長していった。
もちろん私も少しは成長したと思う。だって『早撃ち』以外にも『三連射』ってスキルだって覚えたんだから。
……当たるかどうかは、別と、して……
私だけじゃなく、シレさんもハナさんも、この旅で成長したつもり。
でも、そんな成長も、キッカには適わない。
もう、キッカがどこに進もうとしているのかわからないくらいには。
「なんかキッカさんの今の言い方、ちょっとエッチ」
「……どこにその要素があったか問い詰めたい」
時々ハナさんは不思議なことを言う。
キッカと同じく、私も今のところのどこにそういう要素があったのか聞いてみたい。
でも、そんなハナさんの一言に呆れたキッカは窓から身を乗り出すことをやめて席に戻った。
……で、なんで私の胸にダイブしてぐりぐりしだしたのか、と思う。
「アズ達の世界にはなかったのですか? ああいう城壁は」
不思議そうな顔をするミィさんに聞かれる。その隣に座るナッティさんも不思議そうにしている。
なんていえばいいのか、ちょっと言葉に困る質問だなと思っていると、
「ないと言えばないけども……ほら、あれって魔物とか戦争とかの人の侵入を防ぐ壁でしょ?」
シレさんが代表して答えてくれる。
「ヴィランみたいにどこまで続いているのってくらいの壁はあったのよ。でもこんな感じで回りを守るように囲まれた都市ってのは私たちの生まれた時代にはもうなかったわ」
「この世界ではどこもこんな感じですけどね」
「やっぱり入るときは行列に並んだりするんですか?」
ハナさんが窓の外を指差した。
ゆっくりと城壁にぽつんと空いた穴のような入口があって、そこに徒歩だったり小さな幌馬車だったりと並んでいるのが見えてくる。
しかもその列の近くにはキャンプしているようなテントもあるから、もしかしたら入るのだけで数日とかかかっている人もいるのかもしれない。
王都に入るだけで数日……。
ぞっとする。
このためにこの数週間の一部を夜営に切り替えたんじゃないかと思うほどに、その光景は私には異様に思えた。
「いえ。あれは平民用です。……平民で、身分証明ができない方々用ですから、身分が証明できる平民は別の場所から入っていますから、数日かけて、なんてことはありませんよ」
ナッティさんが答えてくれる。
身分証明ができない、というところが少し気になった。移民や難民が王都に駆け込んでるってことなのかもしれない。
そう言った人たちがどういうときに現れるかを考える。
戦争や、町がなくなった時。
特にこの世界は魔物によって村や町が壊滅させられることもあるらしいから、そういった人達が王都で職を探しに来たり庇護を求めて訪れるのかもしれない。
「私たちはその少し離れたところにあるあちらに」
ナッティさんが扇子で指す方向を見ると、そこには私たちのように周りに護衛を連れた馬車等が行き来していた。
綺麗な馬車も多く見える。先ほど見た行列の門に比べると、華やかささえ見えてくる。
入口の門も何台もの馬車が通れるような巨大さで、遠目に見て、顔パスのようにも見えるので意外とさっさと通過している馬車が多い。
歩行者なども一部いるけど、整理されているのか、歩道のようなところを歩いていて、しっかりと整備されているようにも見える。
その門の見た目は元の世界でも見たことがある。なんて名前だっけ。……そう、凱旋門!
元の世界では写真でしか見たことなかったけど、まさか異世界に来て見るなんて。でも、あれよりもっと大きく見えるけど、左右に城壁があるからなのかな。
「貴族用の門がありますの」
「……あれを今から……?」
「はい、あそこを通って、皆さんとソラさんの住居まで。そこでヴィランの屋敷へと行きますよ」
馬車は話している間に門の前へと辿り着く。
ヤンスさん達冒険者チームは貴族ではないので、ここで一旦分かれてまた後で合流するみたい。先ほどの歩行者通路を歩くヤンスさん達を馬車が通り過ぎていく。途中手を振るとみんなが笑顔を向けて振り返してくれた。
ヴィラン一行の馬車は、私たちを乗せて騎士団の皆さんに囲まれつつ王都の中へと。
「領都ヴィランもすごかったですけど、ここもすごいですね……」
ハナさんが窓から見える景色に思わず呟いた。私はこくこくと頷くしかない。キッカも気づいたら胸ぐりぐりをやめてぼーっと車窓から見える景色を見続けていた。
大きく区画整備された道。その道は中世ヨーロッパのような街並みでありながら、しっかり区画整理されているようで、立ち並ぶ家々は碁盤のような目にように均等に綺麗に立ち並んでいる。
細い路地のような道も、何人もすれ違えるような大きさで、しっかりと馬車と歩行者の道がすべてに分けられているそうで、大きな道と小さな道で分かれた道が遠くまで続いていた。
舗装された道を馬車が走っている間、歩道と馬車道の間に街路樹も程よく植えられていて、それが均等に続いている道は壮観。この街路樹が季節によっていろんな景色を見せるとナッティさんが言っていて、どんな景色になるのかと想像すると待ち遠しくなる。
「あそこにまた城壁がある。……王城から数えるならあれが第一城壁? 二つの城壁を抜けて先に進むのは困難そう」
キッカが指差したのは中央。
中央にはまた先程見た城壁を小型化したような城壁があって、その城壁の周りは水門で八つの道からしか出入りできないとマイさんが教えてくれる。八つの門はそれぞれ石橋で繋がれていて、敵が攻め込んできたときはその城壁内部中央のモロニック城への住民退避を確認後は石橋を落とすことで難攻不落の要塞になるそうだ。
王城っていったら、ヴィランで挨拶した、ワナイ陛下とカース君がいるところだよね。
あんなところに住んでいるんだと思うと、あの時一般市民同然の私たちがあの場でお辞儀もせずに立っていたのって不敬だったんじゃないかと、今更ながらに不安になる。
でもキッカ。攻める側の立場になって考えてるみたいだけど、キッカはこの王都に攻め入るつもりなのかな?
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次回、キツネさんが現れます。
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