088.馬車にゆられてゆらゆらと 8(キッカ視点)



 アズが最近おかしい。


「アズ、私の胸は小さい?」

「うん」

「ほー。アズも言うようになったもんだ」

「うん……——って、ええ!? キッカ、今なんて言ったの? 全然聞いてなかった」

「私の身長は小さいかって話」

「うん。私より小さい」

「ほー。アズも言うようになったもんだ」


 話しかけても、このように上の空なことが多くて反応が鈍い。

 あまりにも上の空だから、胸とか揉んでみたりしたけども、ほとんど無反応。

 昔は恥ずかしそうに「ちょ、き、キッカ! やめてっててばっ」みたいな反応をしながらも笑いあっていたのに、今となってはそれも懐かしい。



 それもこれも。

 全部、あいつのせい。



「ヤンス。アズになにした」

「ヤンス!? ヤンスがなにかしたでヤンスかっ!?」


 犯人はこいつ。

 でもヤンスに聞いてもわかるわけない。だってこいつは朴念仁。


 自然とヤンスを目で追っているアズ。それに気づいて笑顔を向けるヤンス。恥ずかしそうにするアズを見て「?」みたいな、「ヤンス?」みたいな顔しているやつが、朴念仁でなければでくの坊。

 あんなにわかりやすいアズを見て何も思わないとは。




 アズは、間違いなく。ヤンスに恋をしている。




 私とアズの、甘酸っぱい青春を返してほしい。

 まあ、あんなかっこいい顔したのに助けられたり、見張りの時に何があったのかは知らないけど、


「アズ、どうせ、「風邪ひくでヤンスよ」とか言われてヤンスの温もりたんまりなコートかけられて惚れちゃったんでしょ」

「うわぁぁっ!? キッカなんでそれ知ってるの!?」

「……合ってたか」

「惚れたどうかは違うけど、でも、あ、合ってるけど、どっかで見てたの!?」

「アズがかけてもらったコートを、くんかくんかっ、ぐへへへってすっごい勢いで匂い嗅いで喜んでたのは見てた」

「私そんなことしてないけどっ!?」

「本当に?」

「……し、してないっ!」


 見てるわけない。そりゃもう私はその日、護衛対象のナッティさんと百合話で盛り上がってそのままおやすみしたし。


 護衛なのに毎回一緒に爆睡して。そりゃあもう、途中で先に見張り番をしていたハナさんとローザさんに怒られて、私と組むはずだったリディアさんが一人で見張りをしてくれて、「寂しかったわよ。一人では」と笑いながら嫌味を言われ。次の日にセシルさんと見張りを経験したけど、「冒険者になったらそういうことあるから気にしない」と、そりゃもう大笑いされた。それくらい、私は朝が弱くて夜は眠い。


 まあ、アズが誰かいい人と仲が良い感じになってくれるんなら、それはそれでいいんだけども。

 親友としては、ちょっと寂しい。










 それから数日。

 私たちの知らないところで騎士団の人たちが盗賊を捕まえてたり、ミィさん達が少し離れたところにいたBランク級の魔物を倒してきて、その肉をラーナさんが料理してくれて、騎士団含めて虜になってみたり。


 順調に、王都への旅は続く。


「キッカ、そっちいったでヤンス!」

「あいよーでヤンス」

「おい、セシル! そこの守りを固めろでヤンス!」

「あんたらみんなしてヤンス移ってるでヤンス!」

「そういうセシルもずっと移ってるでヤンス!」

「リディアさんもでヤンス!」


 そこまで頻度も高くはないけども、街道を進んでいると、魔物に襲われることもあった。

 騎士団の人たちにナッティさんを任せて私たちも応戦する。


「あら。皆さん、お強いでヤンスね」


 そんな声とともに、背後から放たれた魔法力が空を覆い、一斉に魔物たちに降り注ぐ。辺りに響く轟音に、私は思わず耳をふさぐ。

 逃げようとした魔物も、誘導ホーミングした魔法に打たれて仲良く黒焦げになった。


「今の、ナッティさんの魔法でヤンスか!?」

「そうでヤンスよ、アズ」


 いつも手元に持ってる扇子で口元を隠しながら空を指差すナッティさんが放った『雷撃サンダーボルト』は、多重詠唱の広範囲に広がる魔法。守られるべき人が騎士団の先頭に立って私たちの援護をしてくれていた。


 ……援護っていっても、殲滅しちゃってるけど。


 いつも魔法について教えてくれるリディアさん曰く、


「あ、あんなの、短時間でできる魔法使いなんて、早々いないでヤンスよ……」


 だそうだ。


 もちろん、ナッティさんのその魔法は、チートなキツネさん仕込みだから、それくらいは当たり前らしい。

 ナッティさん、別に護衛いらなくない?


 王都の宮廷魔導士の中でも、あの速度であれだけの雷撃を叩き落せるのは、宮廷師団長くらいではないかと言っていた。その宮廷師団長ってどこかで聞いた気がするけど、なんかどうでもいい話で聞いたような気が……。


 ……あ。カース殿下の取り巻きか。


 ナッティさんは領都で普通に騎士団と一緒に森を探索していた時期もあって、十分に強いらしい。

 今護衛としてついてきている騎士の人達も、ナッティさんが育て上げた精鋭みたい。

 そんな精鋭もナッティさんも、キツネさんにいろいろ教わってここまで強くなったって聞いた。


 教育もできて、強くて優しいキツネさん。おまけに、権力なんてこの世界の中で誰よりも持っている。


 キツネさんのチートっぷりにはほんと驚きでヤンスよ。



「……あの、みんなでヤンスの真似するのやめないでヤンスか……?」

「「ヤンスはそれだけのことをした」」

「ヤンスは何をしたでヤンスかっ!?」



 ヤンスの罪は、アズの気持ちに気づかないことでヤンス。

 アズ以外の女性陣みんなの気持ちでヤンス。受け止めるでいいでヤンス。





 そんな旅もまもなく終わり。

 魔物と戦って連携の大切さを知ったり、冒険者として夜の見張り番の心得を教えてもらったり。


「……で? シレさんは、ジンジャーさんと仲良くなった、と」

「えー……そこまで仲良くなったわけじゃないけど……」

「あ、なんかシレさんから大人の余裕を感じます」

「ハナちゃん? 大人の余裕って……私一応みんなよりちょっとばかしお姉さん……」


 シレさんがジンジャーさんと見張りをしたときに、どんな心得を教えてもらったのか、根掘り葉掘り聞こうとしたけどなかなかガードが固い。


 そんな、シレさんとアズに進展があった旅。

 楽しくも、普通はもっと大変だろうなと思う初めての私たちの旅は、もうすぐ終わる。


「おーい、お前ら。見えてきたぞー」


 馬車の中でナッティさんと談話している私たちの耳に、外で警護しながら歩いていたジンジャーさんの声が聞こえてきて皆して馬車の外を見る。


 王都までの最後の町を出て、見えてくるは城壁。

 領都ヴィランでも見たけど、どこまで続いているのかと思えるほどの、魔物や外敵から町を守る、長い壁だ。

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