087.馬車にゆられてゆらゆらと 7(シレ視点)


「昔からヤンスと仲良くさせてもらっててな。今も昔も、ヤンスは俺のこと兄貴って慕ってくれてるけど、ヤンスのほうが身分的には偉いんだわ」


 ジンジャーさんが語るヤンスさんとジンジャーさんの話に、少し気になる点があった。


 ジンジャーさんはヤンスさんのところに奉公している商人だったという。木売りとなると暖炉に使う薪とかを売ってたのかな。……ああ、だからジンジャーさんってこんなに立派な体なのね、と、そこは妙に納得してしまった。


「ヤンスが、町を出て王都で冒険者になるっていっておやっさん怒らせて勘当されたんだけども、ヤンスだけじゃ危ないからってことで、俺も一緒に冒険者になるって決めたのが最初だなぁ。おやっさん心配性ってのもあるけどよ」

「……ジンジャーさん、商人は……」

「あー、俺は三男だから。そのままやってても継げるわけじゃないし、そのうち家も出るつもりだったからちょうどよかったんだよなぁ。ヤンスも、次男みたいなもんだからってのもあってなぁ。ヤンスのおやっさんに頼まれなくてもヤンスと一緒なら楽しそうだったから王都に出てきたんだけどよ」


 ……少しずつ。

 すごく、あっさりとではあったけど、ジンジャーさんが話すそれに、私は行き当たる答えがあった。

 でもそうだとしたら、こんなにもあっさり話してもいいのだろうかと疑問も出てくる。


「ヤンスさんも商人だったりするんですか?」

「ヤンスは商人じゃなくて……——むぐっ!?」


 ジンジャーさんがあまりにもあっさりと答えを言いそうになったので、私はとっさに振り返ってジンジャーさんの口を両手でふさいだ。


 ジンジャーさんと同じ商人の出じゃない。

 一つどころか、いろんな選択肢が消えた。

 でもって、ジンジャーさんが奉公しているって言うことは……


「なんとなくヤンスさんが何者かわかってきたので心の準備させてくださいっ!」

む、むがぁお、おおぅ……?」


 ジンジャーさんが商人だったってことにも驚いたけど、三男で外に出ることになるなら、そこまで大きい商家じゃないはず。

 家全体でそのおやっさんという人のところに出向いていたなら……


 商人のなかで身分が高い? 大商人?

 ……違う。

 ジンジャーさんの一家は薪を売る商人。大商人がわざわざ薪を買う?


 商人なら安く仕入れるだろうからそんなことしなさそう。するなら、大きい屋敷に住んでるような人くらい。

 薪を使うなら……暖炉?

 魔法のある世界で、暖炉……?


 それ自体は変じゃない。

 変じゃないけど、暖炉用に薪を購入して一家が生活できるくらいの薪を購入したり、養ってもらえるって……。


 それは……。




 ……間違いない。ヤンスさん。




        貴族の出だ。





 私が両手をジンジャーさんの口から離して元の姿勢に戻ると、ジンジャーさんは困ったような雰囲気を出してしゃべらなくなった。


 あ、でも、勘当されたって言ってるから、今更の話なのかな……。

 だからジンジャーさんもこうやって話してくれてるとか……?


 私は深呼吸して気持ちを落ち着けてから微妙な雰囲気を取っ払うためにジンジャーさんに声をかける。


「ヤンスさんって、ただものじゃないんですね……」

「ただものじゃないっていうかなぁ……。おやっさんが大層気に入っていたのがヤンスなんだけどよぅ。溺愛されてて、おやっさんの実兄に妬まれてなぁ」

「えーっと……ヤンスさんは実子ではない、と……」


 なんだろう、ジンジャーさんが小出しに情報を出してくれるんだけど、聞いていいのか聞いちゃだめなのかわからない。

 でも、多分——


「まー、おやっさんの妹の子供でな。伯爵家の妹夫婦が事故で亡くなったその隙に、寄子の子爵家が乗っ取ったなんだかで断絶したらしい。そのときに、まだ小さかったヤンスをおやっさんが請け負って実子登録したんだと。ヤンスとしては実兄と仲良かったのに急に妬まれたことに自分がこの家にいるからだって思ったみたいで、それで家を出る決意をしたって感じでな」


 ——聞いてたらどんどんヤンスさんの背景がわかってきそうで……どうしよう。

 結構大きな貴族の派閥だってことがわかってしまって。


 妹さんが伯爵家、そのおやっさん、爵位はそれ以上か同等の可能性が高い。

 伯爵より上って、王家に連なる家系じゃなければ一つしかないんだけど……。


「……ジンジャーさん」

「んでなぁ……ん? どうしたシレ、怖い顔して」

「怖い顔も何も、そんなにヤンスさんのこと言いふらしちゃって、だ、大丈夫なんですかっ?」


 見上げて余計なことを知ってしまったと抗議しておく。

 ……したんだけども、私に抗議されたはずのジンジャーさんはぽけっとした顔をして、私をじーっと見てくる。

 しばらくして、はっと、我に返ったかのようにジンジャーさんはわざとらしく咳ばらいを一度して頬をぽりっとかきだした。


「いや、その、な? さっきも言ったけど、ヤンス自体はすでに廃嫡されてるから偉いわけでもなくてな?」

「だからって、どう考えても元お偉い家の人ってことですよね?」

「そうなんだけどなぁ……ヤンスもそこまで隠してないっていうか」

「でも、それ、アズちゃんに言うときは気を付けないと」

「んぁ? なんでだぁ?」


 ジンジャーさんが心の底から「なんでだ?」って顔をしていて、ちょっと呆れてしまう。


 ジンジャーさん……私たち、短い時間ではあるけども、一緒に、結構濃厚な貴族様達を見てきたと思うんですけどもっ!

 貴族の人達にいろいろ言われてきたし、横暴な人も経験した。変なのに絡まれるし付けまわられたりで、意外と嫌な思いしてきてると思いますよ、一緒にっ!


「アズちゃん、私たちの中でいっちばんの貴族嫌いですよ」

「あー……おー?……それ、廃嫡してるやつでもなのかぁ?」

「貴族ってだけでもいやぁな気分ですよ。私たちそういう身分制度に免疫ないですから」

「そ、そういうもんかぁ?」


 キツネさんっていうおっきな存在がバックにいるからなんとかなっただけであって、本当は貴族の権力振りかざされたら言うこと聞くしかないんですから。

 それを目の当たりにしてきた私たちからしてみたら恐怖の対象でしかないわけです。


 アズちゃんがヤンスさんが貴族の出だって知った時にどんな反応になるか心配になってくる。

 アズちゃん、権力みたいなのを持ってる横暴な人、本当に嫌いみたいだから。


「あーもぅ……ジンジャーさんも、なんで私にそんなこと急に言ったんですか」

「いや、そりゃシレが聞きたいって聞くからだろぅ?」

「そ、そうですけど! あー、もう……どうしよう。私黙っていられる自信ないですよ。もー……なんでそんなどでかい話をさらっと言っちゃうんですか」

「いやまあ……そりゃあ、シレだから、だろ?」

「……え」



 凄い話を聞いてしまった私がため息ついてたら、頭上からジンジャーさんがそういった。

 思わず。ちょっと間をおいて見上げてしまう。


 そこには、顔を真っ赤にしたジンジャーさんの顔があって。

 私が見上げたことに、ジンジャーさんも驚いた顔をしてる。


「……あ」


 近い。

 でも、ジンジャーさんの顔を見上げることを、やめられそうにない。



「……」

「……あの、な、なんで、私だから、なんですか……?」



 ダメ。

 聞いたら。

 それを聞いたらきっと。


「そりゃ、シレにはもっと知ってほしいから」

「な、何を……」

「ヤンスは俺の仲間だから、もっと仲良くなってほしいし。それに……」



 少しずつ、ジンジャーさんの顔が近づいてきている気がする。

 ……ううん。

 違う。



「俺のこと、な……そりゃ、知ってほしいから」



 近づいているのは、きっと——



「じゃあ、今度は……ジンジャーさんのこと、おしえて、くれますか……?」



 ——私のほうだ。

























 数時間後。

 交代にきた騎士団の人たちに、私たちが仲良く焚火の前で座っているところを見て、「その抱きしめてる体勢、不慮の事態に対応できるのか?」と、笑われたのは、後々にも、言われることになるのだけど。


 ジンジャーさんと仲良くなれたのは、きっと、悪いことじゃなかったかな、って。

 ちょっとこの夜営には感謝してるのは、私の心の中だけの秘密。

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