086.馬車にゆられてゆらゆらと 6(シレ視点)


 アズちゃんとヤンスさんが見張り番をした次の日。

 今度は私がジンジャーさんと見張り番することになった。


 もちろん途中で騎士団の人たちと交代するけども、しばらくはジンジャーさんと二人っきりで暗闇の中過ごすことになる。


 季節で言うと、今は夏に該当するそう。

 蒸し暑いかと思ったけども、この世界は前の世界と違って日中帯もちょっと暑いかな程度の暑さ。

 からっとした気候なのか、風が吹けば涼しくて気持ちいい風で、過ごしやすい気候なので、私のような異世界人からしてみると、これが夏?っていう気持ちが湧き上がってくる。


 で、そんな夏なんだから、夜は一気に冷える。

 今も焚火の前にいてちょうどいいくらいの寒さ。芯まで冷えるみたいな寒さではないけども、でも見張りとしてじっとしているならぶるっと寒さがきちゃいそうな寒さ。


 ずるっと、あったかい飲み物を飲みながら遠くを見ると、黒のようにも黒っぽい青にも見える夜空に、きらきらと宝石のように白い光が散りばめられていて。

 まさかまさかと空を見上げると、全方位満天の星空。

 向こうの世界の山奥に旅行とかで行って、そこでキャンプしたりして見上げる空も綺麗だなぁって思ったけども。


 それに比べても綺麗な星空。

 むしろこんな平野部で同じかそれ以上の星空って、どれだけ空が、空気が澄んでいるのだろうかと思っちゃう。



「なぁシレよぅ……ほんとに俺と一緒に見張り番でよかったのかぁ?」


 私が焚火の前で座って、ぼーっと空を見上げていたら、ジンジャーさんがどかっと荒々しく隣に座って、言いづらそうに私にそんなことをいった。

 座ったジンジャーさんを見てみると、ちょっと寂しそうにしてて。体がいつもよりちっちゃく見えた。


「ジンジャーさん。何をそこまで気にしてるんですか?」

「だってよぅ。ほれ、アズとかと夜営の話してるときに、驚いてたからよぅ……。ほんとは気心知れたハナとかキッカとかのほうがよかったんじゃねぇかぁ?」


 この人は、図体は大きいのに、どうしてそんなことを気にしているのかと思う。

 むしろ、ハナちゃんやキッカちゃんには悪いけど、キャンプに慣れてなくて、警戒の任務みたいな夜営なんて私もしたことないんだから、したことない人同士で組んだら、本当になにか起きた時にとっさの判断なんてできないと思うんだけど。


 でも、そんなことを普段だったら考えて発言するジンジャーさんが、こうまで頭が回らなくなってるっていうのも、ちょっと面白いな、なんて。

 おっきな熊さんがしょ気てるみたいで、可愛くて。

 なまじ、ジンジャーさんの服装が毛皮が多いからそう見えるのかもしれない。


「あの時も言いましたけど、ジンジャーさんと一緒にできたほうが嬉しいですよ?」

「ほんとかぁ?」

「ほんともなにも、ハナちゃん達と一緒に見張りしてたら、危ないですよ」

「だったらセシルとかの三人とでも――」

「あーもぅ! ジンジャーさんと一緒が私は一番いいんですっ!」


 流石にずっと言い続けられるのも、逆にジンジャーさんが私と一緒は嫌だって本気で思ってるみたいに聞こえてきて、思わずジンジャーさんにずいっと近づいた。

 あまりにも勢いよく近づいたせいで、目の前にジンジャーさんの毛皮の服が至近距離に。

 いっそのこと抱きついちゃえと抱きついてみると、本当におっきな熊のぬいぐるみを抱きしめてるみたいでふわふわした。


「ぅおお?! シレなにしてんだ!?」

「じ、ジンジャーさんがいつまでもうじうじ言ってるからですっ!」

「い、いやだってよぅ」

「もうその話はおしまい! ジンジャーさんって、領都に来る前は何をしてたんですか!」


 ちょっと肌寒い夜に、ジンジャーさんの毛皮はあったかい。毛皮だけじゃなくてジンジャーさんがあったかいんだろうなって思うと、もうちょっとだけ近づいた。近づくと、少しだけ考え込んで「はぁ」とため息ついたジンジャーさんが私をぐいっと抱き寄せた。普段ジンジャーさんが着ている服装が世紀末みたいな服装だから、胸元の肌の露出がすごいから、私の顔が胸元にぴとっとくっついて一気に顔が赤くなる。


 流石に恥ずかしかったので話題を変えて紛らわせようとしたけど、どんどん熱は上がっていく。

 自分で近づいておきながら、なんともまあ、勢いに任せすぎたなぁと思ったけど、あったかいからこのままでいようと思う。


 あー、こっちの夜って、少し肌寒いんじゃなかったかしら……。



「ん~? 俺かぁ? 王都でヤンスと一緒に冒険者やってたってのは知ってるんだっけかぁ?」


 寒そうに見えたのか、ジンジャーさんは私を覆うように優しく抱きしめて、その上から薄い毛布を掛けてくれる。


「冒険者になろうと思ったきっかけってあるんですか?」


 これだとジンジャーさんが寒そうに思えたので、私は毛布を一度ジンジャーさんにかけなおすと、体勢を少し変えてジンジャーさんの前に座ってもたれかかるように背中を預けた。

 これで毛布をかけたジンジャーさんも覆われて、私もジンジャーさんに守られて寒くない。


 ……でも、これ、とっさのなにかが起きたらすぐに動けるかしら。


「あー。まあ……話していいもんかわかんねぇけど。俺は元々ヤンスのとこの木材ご用達の商人なんだよなぁ」

「え。商人?」


 ジンジャーさんが商人???

 この服装で商人って……。失礼だけど、物品をよく売れたなぁっていう印象が最初に出てきた。


「おい、シレ。今絶対失礼なこと考えただろ」

「ぜ、全然っ! ジンジャーさんが売り子しても絶対売れないですよねっ」

「……そのまんま言っちゃってるぞ」


 とか言って、「まぁ正解だぁ」と笑うジンジャーさん。

 豪快に笑うジンジャーさんを見ていると、こっちも面白くなって一緒に笑うことにした。


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