084.馬車にゆられてゆらゆらと 4(アズ視点)


 ぱちっと、時折弾けては辺りに火の粉を散らす、焚火。

 その焚火が辺りを照らす夜。

 空を見上げてみると満点の星空に照らされた夜。元いた世界では見たことなんてめったになかった満点の星空に、思わず小さく声をあげてしまう。


 そんな私の目線に、すっと出される木製のコップ。


「アズはん。今日は夜空も綺麗でヤンスね」

「は、はい。今日だけじゃなくて、毎日綺麗です」


 焚火の周りを、暗めのテントで囲んで、今はキャンプ中。

 それぞれのテントには、今は夜番ではないキッカやハナさん達が、次の交代の時間まで仮眠をとっている。


 冒険者は、長距離移動の時はこうやって交代して夜を過ごして旅をするんだって。


 今は領都ヴィランから離れた野営地。


 私たちが陣取った場所は、見晴らしのいい草原地帯で、踏み固められてできた、草木の生えなくなった人為的な道のそば。

 人が往来する場所だから魔物が襲ってくる心配もさほどないみたいだけども、それでも全員が睡眠するっていうのも危険だからこうやってペアで居残りしている。


 私のペアはヤンスさん。


 見張りをする私たちの背後には、乗ってきたおっきな馬車と護衛の人たちの馬が静かに寝ている。ヴィラン王爵の紋章入りのその馬車は、十人くらい入っても大丈夫なくらいの大きな馬車。多分幌の部分に百人載っても大丈夫かもしれない。……載れないだろうけど。

 大きいから奇襲を受けてもすぐに壊されることもないし、いざとなったら壁としても使うことができるけど、普通の馬車は対面式で四人がぎゅうぎゅうで入るのが普通みたい。その倍近い王爵馬車は、王爵っていう王国唯一の爵位持ちだから、見栄もあって大きいんだって教えてもらった。


「アズはん?」

「は、はいっ!」

「な、なんでさっきから緊張してるでヤンスか?」


 ヤンスさんにそういわれるけど、そりゃそうでしょう!って思いっきり叫んでやりたい気分。


「い、いえ、緊張なんかしてませんでヤンスよってからに!」

「変な話し方になってるでヤンスよ?」


 そう言って笑うヤンスさん。


 ……ヤンスさん。

 こんな隣に座りながら会話しているときは、顔を隠してもらえると嬉しいです……。


 後、正直に言えば。ヤンスさんに変な話し方だって言われるのは、少し心外です……。


 そんなことを思う私は、焚火の火でほのかに色づくヤンスさんの顔が見れずに、ただただ慌てることしかできない。


 ヤンスさん。

 なんでそんなに、イケメンなんですか……。

 普段はフードを口元だけが見えるくらいの深めに被って表情を隠しているヤンスさんなのに。


 どうして私と夜番するときに、フードを外してそばにきたんでヤンスか……?












 私がどうしてヤンスさんと一緒に夜番をすることになったかという理由を話すには、ほんの少し時間を遡る必要がある。


「アズ、いい加減泣き止む」

「うぅ……ユウ君が泣きそうな顔してるのが辛くて辛くて」

「優君、オキナさんとオウナさんが動けないから残るって言ってたから……二人とも大丈夫かしら」


 王都へと向かう馬車の中。

 ナッティン・ヴィラン王爵令嬢こと、私たちと友人になってくれたナッティさんとともに王都へ向かう馬車の中。


 領都の第四騎士団五名と、B級冒険者のジンジャーさんとヤンスさん、それにセシルさん達を道中の護衛に連れて進む馬車。

 私たちも、ナッティさんの専属護衛も兼ねて一緒の馬車に乗り込んでいるけども、私は、領都でのお別れに涙が止まらない。


 また会える。そうは思うけど、やっぱり一緒にこの世界に来て、一緒にキツネさんに助けてもらった仲間だから、これからも一緒にいるって思ってた節もあって。


 でも、ユウ君の祖父母――オキナさんとオウナさんの体調が思わしくなくて、領都で療養することを選んだ二人と、共に残ることを決めたユウ君との別れ。

 別れの間際に寂しそうにぎゅっと抱き着いてきてくれたちっちゃなユウ君が可愛くて、でも一緒にいられないから寂しくて。


「ううぅぅ……」


 もう、涙が止まらない。


「キッカさん、アズさんって……」

「感情の起伏がすごい。だから泣くとしばらく止まらない」


 キッカはあきれたように私の背中を優しく撫でながら、でも、「ほっといたらそのうち立ち直るからほおっておくといい」と、私の取扱をみんなに説明している。

 キッカは相変わらずの、私のラノベ脳であり私のことをよくわかっている親友だ。つかず離れず、でもどっぷりそばにいてくれる、いい人だ。


「アズは、ユウのことを、本当に大切にしているのですね」

「当たり前じゃないですかぁ……」


 ぐずぐずと、鼻声で正面にいるエルフのメイドさんに返答する。


「ユウ君、ちっちゃいのにオキナさん達と頑張ってるじゃないですか。ミィさん、ユウ君のこと心配じゃないんですか?」

「……まあ私たちも皆さまと一緒に王都に向かうことになりましたから、あの屋敷で三人で住むというのも難しいでしょうし」


 ミィさん。

 マイさんとラーナさんも、一緒に王都に向かうことになり、今は同じ馬車に揺られている。

 ラーナさんはごろりと猫のように椅子の上に丸まっていて、ラーナさんの膝枕で気持ちよさそう。


「あのお屋敷、広いですから。でも、私たちがいない間は、ヴィラン城に住むことになると聞いていますし、大丈夫だと思いますよ」

「でも、オキナさん達が心配ですね」


 キツネさん曰く。

 オキナさんとオウナさんは、異世界転移に巻き込まれた時点で体がボロボロだったそう。

 最近は体調も悪いみたいで、本当に心配だった。

 それもこれも、高齢の体が転移の力に耐えられなかった、ということみたい。


「どれだけ持つか、という話でしたか。できる限りヴィランのほうでも長生きしていただけるよう善処させていただきますよ」


 馬車の持ち主、ナッティさんがそう言ってくれる。できる限り二人には長生きしてほしいなと思いながら、馬車はゆっくりと王都への道へ進んでいく。




 馬車で一日進むと、次の宿場町があって、そこで一泊してまた進む日々。

 王都まではおおよそ二週間。宿場町も大きいものがあれば小さいものもあって。でもいずれも一緒についてきてくれたヴィランの第四騎士団の騎士の人達やセシルさん達冒険者の人たちが護衛してくれているからとても安心できた。


 自分たちもナッティさんの護衛として雇われてはいるけども、所詮はお飾りなんだなって、思うくらいには。


 そんな中。


「……夜営? 野宿ですか?」


 昼時。

 みんなで広い草原を進み、昼休憩をとっているときに、冒険者の代表ともなるジンジャーさんが言った。


「まぁなぁ……これから三日間程度、町や村がなくてなぁ」

「野宿っていうとキャンプ?」

「キャンプでヤンス」

「ヤンスでヤンスかぁ……」


 食料などは後方の幌馬車に積んでいるので心配はない。心配なのは、野宿。


「交代交代で見張りをします」


 ローザさんから言われて、私たちもその中に組み込まれていることを理解する。

 この中で組み込まれないのは、ナッティさんだけ。

 そりゃそうだ。ナッティさん、私たちの雇い主だからね。


「んじゃ、ペアを決めるけども。もうすでに決定しているペアがいるので、それは変えません」


 セシルさんが「にひひっ」と笑いながら私のことをみた。


「アズは、ヤンスとペアで夜を過ごすこと」

「え、えええええ!?」


 よりにもよってヤンスさんと。

 セシルさんとリディアさん、そしてキッカが同じような笑顔を浮かべていて、ちょっと腹がたつ。


 ヤンスさんを見ると「?」と不思議そうな顔をしているように見えるけど、どうやらみんなして私とヤンスさんに何かしらあるって思っているみたい。

 きょろきょろと見ていたら、騎士団の皆さんもなんだからなんだかよくわからない笑顔を向けている。


 これは、きっと。


「キッカ」

「私じゃない。シレさん」

「わっ。キッカちゃん裏切り!?」

「じゃ、じゃあ、シレさんもジンジャーさんとペアで監視してくださいっ!」

「ええっ!? アズちゃん、私を道連れに……っ!」

「シレ。俺と一緒にやるのが嫌ならほかに頼むけどよぅ……」

「あ、いえ。違います! むしろびっくりしちゃっただけで! どっちかと言うとウェルカムです!」

「う、うぇるかむ??」


 ジンジャーさんがシレさんの驚きに自分と組むのが嫌だと思ってしょぼくれたけど、そんなこともあって、シレさんの逃げ道がなくなった。


 逃がしませんよシレさん。

 この機会にシレさんはジンジャーさんといい感じになってくださいねっ!

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