080.王都出立前 11(カイン視点)
数日後。
僕は冒険者ギルドから冒険者証の剥奪と、領都への出入り禁止を言い渡された。
まさか、あのキツネという冒険者が働きかけるだけで、こんなことが起きるとは思ってもいなかった。
理不尽な扱いに、僕は憤慨して自領へと戻った。
領都ヴィランから王国の反対側に位置する西の選帝侯寄子、伯爵領【ヤッターラ】にいる父。ナゲル・ケル・ヤッターラに抗議してもらって、剥奪をなかったことにしてもらうためだ。
「カインといい、タイといい……。お前らはなにをしてくれてるんだ……」
「は?」
「よりにもよって、大公と大公の庇護下の者に迷惑かけるとは。何代にもかけて王国へと潜入してこの地位を手に入れたのに、お前らは帝国と王国を両方とも敵に回したいのかっ!」
伯爵家の慣れ親しんだ玄関ホールで何度も投げ飛ばされて蹴られて罵倒され。
何をしたのかといわれても、ただ懇意にしていた魔術師からもらった魔物寄せのポプリを使って、意中の相手の気を引こうといつも通り森へ入ったはいいけど、下手こいただけだ。
伯爵家はインテンス帝国とつながっている。元々は帝国の貴族であって、王国に潜入している工作員の一族だ。
だから領都の状況も家に渡してもいたし、あの魔術師にも情報を提供していた。
今回で言うなら、あの魔術師のせいではないかと、なぜ僕が怒られているのか理解できない。
「ファン男爵家のセシル嬢、ナル子爵家のリディア嬢、教会のファイ司教の娘のローザ嬢からも、各家を巻き込んでの連名で苦情がきておるわっ! 我が伯爵家は選帝侯タジー公爵から𠮟責され、ヴィラン選帝侯から圧力をかけられてお前らを放逐しなければ廃爵だ! 放逐したとて国王から直々に命が下って男爵家に降格されることとなった! 二度と顔を見せるなっ! バカ息子めっ!」
ぼろぼろになった僕を投げ捨てて外へと放り投げた父は、選ばれし僕を伯爵家から廃して放逐することにしたらしい。
目の前の見知った執事に、手切れ金とも言うべきか、ぼすりと冒険者バックを渡される。中には携帯食料と金貨が数十枚入っていた。手切れ金にしてはかなり多い。これはしばらく遊んで暮らせるくらいの金額だった。
それを見て若干の喜びもあったが、冒険者としても、家からも追放されたのだと理解した。多めに金貨が入っていたのは、父も僕を手放すことはしたくなかったのだろうと解釈した。父の苦悩が分かって、それでも優秀な僕を放逐しなければならなかった苦渋の決断を理解して立ち上がり、もう戻ることはない伯爵家を後にした。
アテもなく歩き、もうすぐこの伯爵領も別の上位貴族が治めることになると思うと、この領内をもっと散策してみればよかったなと思えた。
伯爵家の敷地から項垂れながら離れて、伯爵領内の町で宿をとって考えた。
明日には領内から出ていかないと、領民からもなにされるかわかったもんじゃない。僕ら貴族は領民を守る名目で税をもらって暮らしている。冒険者となって離れたとはいえ恩恵は多々あった。領民から搾り取った税を使いながら伯爵を男爵に降格させる不祥事を知られたらきっとひどい目に会うだろう。今も降格に伴い追い出された伯爵家の元兵士や侍従たちが、僕に復讐しようと血眼になって探している可能性もある。
父の言っていたことが確かなら、寄親である西の選帝侯タジー公爵からお叱りを受け、さらに王国から刑罰を受けたことになるのだろう。公爵もなにかしら処罰を受けた可能性もある。
どれだけ大事になっているのかと驚く。たかがゴブリンを連れてきて知り合いにぶつけた程度のことでなぜこんな大事にされなくてはならないのかと。僕と一緒にいたから助かったんだし、仲間なんだから笑って済ませられる話じゃないか。
考えれば考えるほど、怒りはふつふつと沸き上がる。安宿だから大きな声で騒ぐこともできなければ、女を呼んで慰むこともできない。ただただ今の状況に怒りが沸くばかりだ。
……なぜ。僕が。
ただ、いい女がいたから、いいところを見せようとして、手に入れようして失敗しただけではないか。貴族のお手付きになるのだから平民だって喜ぶのが普通だろう?
今までも失敗したことはある。今までは父の力を使って揉み消したりしたけど、なぜ今回に限ってこんなことが起きる。
懇意にしていた魔術師がいつもより効果のある魔物寄せのポプリを渡してきたから? さすがにあの敵の量は全滅の可能性があったが、選ばれし俺がいたのだから助かった。助かったら問題ないじゃないか。
「……あいつが、悪いんだ……あいつが、僕を唆さなければ……いや違う。あの女。あの女だ」
キツネ。
あのキツネの女。
あいつが僕に関わったから、僕はこんなことになったんだ。
どうして僕にこんな仕打ちをする。あいつはそんなに偉いのか。
あいつ、まさか僕の気を引くためにこんなことをしたんじゃないだろうな。
シレに声をかける僕に嫉妬してこんなことをしたんだろう。
そうに違いない。あの体ならいくらでもいい夢みさせてやったのに。
「痛い目をみさせてやる。思う存分楽しんだ後は売って奴隷落ちにさせてやる……」
怒りに任せて妄想する。これからあのキツネに何をしてやろうかと想像するだけで気持ちが昂る。
父は許す。なんだったら、僕が偉くなった暁には僕の庇護下においてやろうとさえ思う。このもらった金貨は、これから復讐に使うための支度金だと思えばこそだ。
もしかしたら、これを機に父は僕に手伝いを求めている可能性もある。
ついに、父は王国の諜報を終了させて帝国を招き入れることにしたのかもしれない。
帝国も、王国と帝国の間にあった小国、フレイ王国を併合して国力も上がっているから、準備もできている。
「今、歴史が動くのか。だから選ばれし僕は……」
キツネ。あれが諸悪。
王や選帝侯をその体で誑かす悪女。国を傾けるほどの美女がいて、いくつかの国が滅んだと歴史書でみたことがあるが、あれがそうなのではないだろうか。
それを討伐するために僕は選ばれた。そうでなければこんな仕打ちがされるわけがない。ここから僕は這い上がってあれを這いつくばらせるのだ。きっとそうに違いない。
ならば、あのキツネに復讐するなら、準備がいる。
何か、今すぐにでも有益なことはないかと考える。
「……ヤッターラ伯爵家に出入りしていた、魔術師」
そういえばあの魔術師。魔物寄せを渡したとき、ひどく焦っていたな。数日後には帝国に戻るといって配合馬の馬車に乗って逃げるように去っていった。あの中に、シレの仲間たちと同じ年頃の若者がいたが、あれはなんだったんだ。
「あいつらは、確か……インテンス帝国の騎士達だったな。ああ、あの魔術師もそういえば帝国の魔術師だ。タイ兄上も確か……」
兄もキツネに手を出して、ヴィラン選帝侯の怒りを買った。廃嫡の上放逐されてインテンス帝国に消えていったと聞いている。
……そうだ。まずは兄と合流して、魔術師に会い、インテンス帝国に取り入ろう。
なあに。僕は選ばれた奇跡の男だ。
兄よりも優秀な僕は帝国で一気に花咲くことだろう。
取り入った後は、この王国を。
そして、ジンジャーからシレを助け出し、目の前でキツネをいたぶってやろう。
僕は、どんどんと脳内で構築されていくキツネへの報復計画とシレ救出計画に、笑いながら伯爵領から出て、インテンス帝国へと向かう。
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