079.王都出立前 10(カイン視点)
「おや、これは将来有望と噂のカイン様ではないですか」
そう言って領都で声をかけてきたのは、伯爵領でよく出入りしていた青いローブを着た魔術師だった。
その声も聞き覚えがある。以前から僕がちょうどほしいと思ういいアイテムを用意してくれて、それで僕も夜にいい思いをさせてもらっていた。
「本当なことは言うもんじゃないさ。なんだい? 今日も何かくれるのかい?」
だから今回も、それが今僕が欲しいものであるのだろうと、それを使ってシレと仲良くなれるのならと思い、いつも通りにそのアイテムを受け取った。
それは、魔物寄せ。
それほど効能があるわけでもないものだが、もっているだけで魔物が引き寄せられるというポプリだった。
いつもは女性と僕の夜を喜ばせるようなアイテムだったから、なにを渡されたのかと思った。
「これを使えば弱い魔物が勝手に近づいてきますよ」
「これを僕に渡してどうするのかな?」
そんなことはわかっている。
お金に困っているわけでもないのだけども、稼いでいいモノを買えということなのかもしれない。
これはこれで受け取りはするが、シレと仲良くなるためのなにかが欲しかったなと、がっかりした。
「気になっている女性が冒険者になったと聞きましてね。はじめて魔物に怖い思いをしたときに颯爽と現れる相手に惚れやすい、と聞きまして。この領都の外の森にゴブリンの巣穴ができていたのを耳に挟んだのでちょうどよいかと」
「ああー……なるほどっ!」
それを聞いてぴんときた。
なるほど。シレと僕にちょうどいいアイテムではないか、と。
ゴブリンなんぞ、僕の敵ではない。
シレはまだ冒険者になりたてで、戦ったりが苦手だ。ピンチになったときに颯爽と現れて、かっこよく助けに入れば、確実にシレは僕になびく。安直だけども素晴らしい計画ではないか。
そう思ったらいてもたってもいられず、セシルたちから、今日は話があるからと言われて待ち合わせるはずのその場所から離れて、領都の外へと向かっていた。
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「は……はは……」
僕は、何をやっているのだろうか。
好いた女性にいいところを見せようとして、ゴブリンを招き、自分が活躍しているところを見せて惚れさせようとしたけど、それも空振り。
おまけに危険にさらしてしまって、その上自分が助けてもらうという始末。
さすがにあの何百匹と追いかけまわされたときは死を覚悟した。不可思議な力で全部吹き飛ばされて助かったのは奇跡だろう。
あの数のゴブリンに追い掛け回されたのは初めてだった。
ゴブリンの巣が近くにあったとはいえ、そこに近づいただけで巣穴からほとんどのゴブリンが出てくるとは。
先日領都で偶然出会った、伯爵領にいた時から懇意にしている魔術師にもらった魔物寄せのポプリがあまりにも強力すぎた。
「バカイン。アズ達はつい先日まで一般市民と同じまったく変わらない女の子たちだったってわかってる?」
リディアが何か言っているが、だからこそ危険な場面に出くわして、颯爽と敵を倒す僕にシレが惚れ直すって寸法なのが分からないのだろうか。見ただろう? 僕の華麗な蹴り技で慌てふためくゴブリンたちを。
シレをちらりと見てみると、まだ気持ち悪いのか、にっくきジンジャーに寄り添って背中をさすってもらっている。
あれを見たら誰だって気持ち悪くなる。
僕は自分の背後に咲いた、百以上の肉の華を見て青ざめる。
不可思議な現象で助かったとはいえ、あれがもし自分にもあたっていたと思うと、ぞっとする。
あんなのを見させられたから、よりシレのそばにいて温めてやらなくてはならないというのに、セシルたちが邪魔をしてシレに近づけない。
しかし、リディアの隣にいるローザの服装がきわどい。今日はシレもいろんなことがあって大変だろう。ローザにお相手してもらうのもありかもしれないな。
だが。こんなトラブルがあったにも関わらず、あんな不可思議な現象が起きて守られたのは、きっと偶然ではない。
やはり、僕は、選ばれた人間なのだ。あの魔術師が言っていたように。
「わかってるさ」
分かっている。
僕が選ばれた人間だということは。
だから、ゴブリンをけしかけても、僕の家がもみ消してくれる。
「だけど無事だったじゃないか、みんな。僕がいる限り、誰かが痛い思いなんてしないさ」
「……あー……何も言う気がおきないわ」
セシルもリディアも、少し驚くようなことがあったただけで、そこまで騒ぐことはないだろう?
そこまでして僕に興味をもってもらいたいのか、と、逆に僕が驚く。
「なあ、お前ら。本当にキツネに言ってこいつの処分をお願いするかぁ? こんなことを繰り返すようなやつなら俺からも抗議させてもらうんだが……」
キツネ?
……ああ、あの時の。僕とシレの邪魔をした、あの奇妙なエロい恰好した冒険者か。
あのキツネという冒険者に、なにができるというのか。
ジンジャーを見るたびにそばにいるシレが視界にはいる。そのシレがジンジャーに抱き寄せられていることがひどく不愉快で、ジンジャーの言っていることがより不快に思えた。
「カイン様、別に何度もこんなことをやってるわけではないのでなんとも……」
「そうなんだがなぁ……さすがに反省してなけりゃ同じことやりそうだろぅ? 今回のはゴブリンとはいえかなり危なかったからなぁ……ゴブリンとはいえ小さな
「トレインをしてこっちをピンチにしたことは許せない」
「トレイン?」
「私たちのとこではさっきみたいなのをトレインって呼ぶんです」
こいつらはどうしてそこまで大事にしたいのか。
ただゴブリンが大量に現れて、それを撃退しただけだろう? むしろ巣を特定してその巣の中のゴブリンを撃退できたのだから誉められることだろう? シレは別としても、一般人がどれだけそれで犠牲になろうが、貴族がそれを救って町が守られればいいのだ。一般人はその壁として使われたことに喜ぶべきではないのか。
「とりあえず。戦利品を集めて、報酬に変えてしまおう。これだけあれば少しは金になるだろうからね」
「あんたが言うことじゃないわよ、バカイン」
「カイン様。もしかしてこの数のゴブリンの戦利品を自分ももらえると思ってましたか?」
ローザの驚いた声に僕も驚いた。
僕がここにこれだけの数のゴブリンを連れてきたのだから、取り分が僕が一番もらえるに決まっている。
「……これは、本当に考えたほうがいいかも」
シレの仲間の一人がそんなことを言ってため息を吐いた。
一般人が僕にそんな態度をとってくることに苛立ったが、ここで怒りをぶちまければシレが僕のことを怖がってしまうから耐えることにした。
「ああ、そうだ。カイン。私たちもうあんたとパーティ解散してるから」
「……は?」
「こんなことしたり、周りに迷惑かけたり。ちょっと最近シレに付きまといすぎだし、もう面倒見切れないのよ、あんた」
セシルが言うと、ローザとリディアも頷いて自分たちの作業に戻っていく。
……まあ、いい。
伯爵領から連れてきて、そのうち手を出して楽しもうと思っていた相手なだけだ。あれくらいの器量の女なら領都にたくさんいるのだから、固執する必要はない。
明日からまたパーティを募集して、僕だけを慕うハーレムでも作って自慢してやろう。
その時になって、嫉妬して僕のハーレムに加わりたいと言っても入れてはやらないさ。後悔するさまを笑ってみてやるさ。
シレもそのうち僕のハーレムに加えてやる。と、いまだジンジャーのそばでぐったりしているシレを見て、その時を楽しみに思いながら僕は近くのゴブリンから戦利品を採取した。
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