078.王都出立前 9


「――……で、あれどう思う?」


 遠く。その場所で、女性は隣にいる男性へと声をかけた。

 彼女達の目の前に拡がる平原には、渓谷のような谷もあれば、高みを見渡せる崖もある。


 遠く。

 その遠くの崖の上から。

 膝を抱えるように座り、ゴブリンに囲まれて戦う自身の知り合い達を指しながら男性へと声をかけた女性は、反応の鈍い男性をみるために顔を男性へと向けた。


「……いや、まあ……覗き見みたいな趣味はないからね」

「覗き見ぃ? どこがよ」

「いや、ピンチになってるであろう知り合いを遠くから見てるとか。助けにいかないのかい? 僕の知り合いではないけども」


 ぼーっと同じくその場を見ていた男性をみて、女性はそのキツネのような細い目でここから見えるのだろうかと、聞いておきながら失礼なことを考える。


「……いや、一応見えてるからね?」

「その細い目で?」

「細いのは生まれつき――というか、別に目が細いからって見えないとかじゃないんだから」


 風に弄ばれるように揺れる青髪のポニーテール。その髪を押えながら、細いキツネ目のような男性は苦笑いする。

 だが、普通の人が見える距離ではないことは確かであり、


「僕よりもさ、あなたのほうが見えているのか不思議だけどね?」


 自分にそう聞いて来る女性は、キツネのお面をかぶっているのだから、そちらのほうが見えないのではないだろうかと思わなくもない。


「まー。このお面、なんだかんだで、私から見てみたらつけてないようなもんだからね。私からはシースルーよ」

「面白い機構だね」

「まあね。……で、あれは大丈夫そうにみえる?」

「んー……まあ、大丈夫ではあるんだけどね」


 改めてキツネ面の女性――ソラは指で平原で戦いを繰り広げる一団を指差した。

 いっとき、一団は、魔物をトレインしてきた男によって奇しくも初心者と熟練者に分断されてしまっていた。だけども、初心者側が意外と優秀だったようで、ゴブリンは少しずつ倒されて数を減らしている。

 熟練者達も、初心者達を助けるためにいつも以上に力を発揮して殲滅速度があがっているので、戦いが終わるのも時間の問題ではあった。


 それをみてソラは、「シレちゃん効果かしら」とくふふっと笑った。


「それよりもキツネさんはここにいたままでよかったのかな?」

「【封樹の森】の向こう側の世界について情勢を知っておくほうが重要だからねー。【ノヴェル】のほうの情勢は教えてもらって理解できたから、まあ今からこっからびゅーんって飛んでいって助けにいってもいいんだけどもねー」

「彼女達が今育ててる子かい?」

「そうなのよー」

「前の子達は?」

「とっくに独り立ちしてるわよー」

「……あれだけ慕われてて? 離れてもらえたのかな?」

「……は、離れてくれた、……わ、よ?」


 青髪の男性はソラの傍にまだ彼女達がいるのだろうと理解して頷きにこやかに笑う。


「あの人、僕と正反対の髪色してるんだね」


 そんな会話をしている間にも、平原の戦いは進んでいる。

 熟練者の一群からがアクロバティックに初心者の一群へと辿り着いた一人が、今丁度ゴブリンに切り裂かれそうになっていた女性を助け出していた。


「私も知らなかったわ。いつもどこぞの彼みたいに顔隠してたから」

「あー……そう言えば彼も帽子で顔隠してたね。仕事の時は」

「あの子、元気だった?」

「僕、この世界に来てから向こうに帰れないんだけど?」


 ソラが「あ、そっか!」と驚いたように男性の言葉に返す。

 それはあたかも、自分は行き来で来ているからのようにも聞こえて、だったら自分も帰れるようにして欲しいと思う男性である。


「まあ……いいんだけどね」

「ごめんねー。今度見てきてあげる」

「できれば弟の近況も教えて欲しいかな」


 お互いに察するような会話をして、また意識を平原の戦いへと向ける。


「あら、一掃したわね。頑張った頑張ったー。帰ったら美味しいのたくさん用意しておいてあげようではないか。ラーナが」


 あっさりと残ったゴブリンを互いが一掃して、思い思いの休憩をしだしたのを確認すると、ソラは立ち上がってぱんぱんっと着ている巫女装についた埃を払って背伸びをする。


「でも、まだ脇は甘いよね」

「ああー、まあそうねー。でもあれは仕方ないんじゃない? とにかく助かったわ。また色々教えてもらえると助かるわー」

「いえいえ、どういたしまして。……とりあえず、あれ処理しておくよ?」

「よろしくー。私は数日ぶりに家帰ってのんびりするわー」


 男性は去っていくソラの背中を、にこやかに笑みを絶やさず見つめ。


「僕と同じくここに辿り着いた君たちに。今回だけの手助けだ。共に同じ世界の仲間同士、頑張ろうじゃないか」


 おもむろに、銃に見立てた手を平原へと向ける――





























「……ちょっと、待って……」

「ありえない……」


 平原。

 セシルとリディアは、その光景に、唖然とした。


「たすけてくれーっ!」


 こちらに走ってくるカイン。

 その後には、砂煙が上がっている。それは先のトレインと同じような光景であった。

 違いがあるとすれば、今度はカインが助けを求めていることくらいであろうか。

 違いはある。だけども、その違いより、またトレインしてきたという事実に、肉体的に疲弊していた誰もが、精神的にも疲れを感じてしまう。


「おぃおぃ! あいつはいなくなったと思ったら何をしてきたんだぁ!?」

「……バカインっ!」

「アズさん、もうカインさんのことはヤットコと同じ部類になってるんですね……」


 ごくりと、その砂煙に緊張の喉を鳴らすハナが、アズの怒りに苦笑いしながらぐっと自分の持つメイスと丸盾に力を籠めた。


「みんな怪我してない? 怪我してたら今のうちに回復するよっ」

「大丈夫でヤンス! 今度はみんなで固まっているでヤンスよっ!」


 ヤンスの声に、皆が一塊となった。今度は分断されないように構える。

 正面をジンジャー、セシル、キッカとハナで陣取り、そのすぐ後ろに後衛のリディア、ローザ、アズ、シレが、砂煙に向かって遠距離攻撃の準備をする。


「カイン様、てっきり一部の敵を連れて逃げたのかと……」

「数体連れて行ったから分担したと思ってた」

「……あれ、さっきよりも多くない?」


 近づくにつれてカインが必死の形相で走っていることが分かる。冗談などではなく、本当に命の危険を感じていることがわかるのだが、その後ろでカインを追いかけている団体が、いったい何なのかとまだ見えてこない。


「……ゴブリン……ね」

「ゴブリン、ですね……」


 どこかに巣でもあるのかと思うほどに今日はゴブリンとよく会う。

 そんな想いを誰もが思う。

 魔物の中でも最弱の部類に入るゴブリンとはいえ、数が多ければそれだけ戦いも危険なものになることは誰もが理解していた。先ほどは六十体程のゴブリンの数であり、多いには多いが、これだけの人数がいるのでまだなんとかなったのであるが……


 その数が。



「ねえ、あれ……百はいそうじゃない……?」


 先ほどより、桁が一つ多ければ。それ以上の数でなければ。

 それこそここにいる面子では耐えられないくらいの量でなければ、である。



 カインがどんどん近づいてくる。

 その緑の波のようなゴブリンの群れも近づいてくる。

 近づけば近づくだけ、その異様な数に圧倒される。




 絶望が、そこにはあった。














         ぱんっ

















 だけども。




 そのゴブリン達は、辿り着くことは、なかった。






 ゴブリン達が一斉に立ち止まる。

 いや、中には勢いを押し殺せずに、倒れこんだものもいた。

 どのゴブリンも、一斉に。

 力なく、動かなくなる。




 そこに。




 華が咲いていた。

 ゴブリンという体を使った華である。

 内側から、音を立てて破裂した、ゴブリンたちの華である。


 肉が織り成す華。百以上の華が、そこに咲きほこる。

 内部から噴水のように噴き出す紫の液体は、肉というピンクの内容物で出来た華をより怪しく彩っていた。



 まさに、華。

 大地という浄土に、肉という紅蓮の華が咲く。




        【紅蓮浄土】




 その華に。


 アズたちは一斉に。

 人を電子レンジにいれて破裂させたかのようなモニュメントの残虐さと気持ち悪さに、胃の中のものを、吐き出すしか、なかった。

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